新刊絵本『イチからつくる カレーライス』の編集・デザインを担当していただいたのは、栗山淳さん。これまで農文恊さんの絵本を中心に、百数十册のお仕事をこなしてこられたプロフェショナルです。ご多分に洩れず、農文協さんの『そだててあそぼう』シリーズで、私は以前からそのお名前を存じていました。個性豊かな絵本作家が作画を担当されており、目を惹かれずにいられなかったからです。栗山さんは編集ワーク以前に、各絵本のテーマに合った画家を選び、依頼・調整・制作までを担っておられるわけで、絵本の世界へ参入を考えている絵本作家志望者は、その名前を知らなければモグリだと、私はかつて業界関係者に言われた事があります。


栗山さんに初めてお会いしたのは2009年の暮れでした。私が東京で個展をやった際に、絵本作家の山本孝さんがちょうど同時期に近しい場所で個展をされており、彼のオープニングパーティに呼んでいただいた折に、栗山さんにお目にかかりました。これはいい機会だと思って売り込んだものの、即お仕事をいただけたわけでもなく、2年が過ぎて2011年に再び東京青山で個展をした際に見に来ていただきました。誠実な方であることと、大の音楽好きでいらっしゃることが記憶に残っています。それから6年が経って、今回のお仕事で声をかけていただきました。正直に申しまして「まだ私のことを憶えていて下さったのか…」がオファーをいただいたときの感想です(笑)。


16年前に私は解放出版社さんから『太鼓』という学習絵本で、初めて出版物の絵を手掛けました。その制作に入る前に担当編集者さんが語ったのは、農文協さんの『そだててあそぼう』シリーズでした。既に多くの絵本が出ていたかのシリーズをモデルにして、解放出版社さんから出た『太鼓』『かわと小物』『くつ』『初めての和太鼓演奏』『学習ガイドブック』の5冊に、私は幸運にも関わることができました。とても大きな経験でした。そして内心では、早く農文協さんからのお仕事の依頼が来ないかなと、都合の良い機会を心待ちにしていたわけです。が、待てど暮らせど声はかからず(笑)。気がついたときには、自分で文も絵も担当する自作絵本の生産サイクルが始動していました。


とはいえ、栗山さんのお仕事は横目でチラチラ見ていたのです。2013年に同じ農文協さんから出た『うちは精肉店』(文・写真 本橋誠一)は冷や水を浴びたようなショックを受けました。巻末のクレジットで栗山さんの名前を見た時、「やられた!」と思った。そしてうれしかった。栗山さんの手による絵本は、作家さんへの信頼があり、作り手としての意識が高い。あやふやなところがない。端で見ていて勉強になるなあと思ったものです。そしてこのたび、念願かなってようやく御一緒させてもらったのです。電話で声を聞いた時、ああ、栗山さんだ!と感激しました。子機を持つ手が熱かった。


それはそれはうれしかった。栗山さんとのコラボで、名だたる超一流の絵本作家たちが絵本を発表しているわけだし、その末席に立ち見でもいいから加えていただけるのであれば、こんな光栄なことはありません。と同時に、解放出版社でのシリーズものに臨む前に、農文協さんの『そだててあそぼう』シリーズを羨ましく思って見ていたことを思い出しました。もしあの時の自分に何か言ってやれるなら、こう言いたいです。「目の前の坂を登れ。登ったら、新しい坂がそこにある。」


新刊絵本『イチからつくる カレーライス』は本日発売です。どうぞよろしくお願いいたします。三回連載でお送りした新刊紹介はこれにて終了です。さあ、目の前の坂を登ろうか!


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今から17年前のこと。2000年の暮れに『インサイド・ストーリー』という名の個展をしました。当時私は会社勤めをしながら絵を描く日々を送っており、作品発表の場といえばコンペに応募するか、個展をするぐらいしかありませんでした。そのぶんだけ個展に対する集中力は高かった。物量も根気も今の3倍ぐらいはあったに違いないと過大評価しています(笑)。『インサイド・ストーリー』はそのピークで行った個展だったと思う。国立民族学博物館にどっぷり浸かり、プリミティヴ絵画から多くの影響を受けていたこの時期、制作をする上で大きな影響を受けた極めつけが、関野吉晴さんが行ったグレート・ジャーニーなる試みでした。


関野吉晴さんの途方もない旅路であるグレートジャーニーについては下記のサイトが詳しいので参照下さい。ttps://www.1101.com/ikirubasho/talk/sekino/2015-05-19.html

関野さんが10年の歳月をかけて、南米の最南端から、人類発祥の地と言われるアフリカ・タンザニアのラエトリ遺跡までをたどった道程。それを数回に分けてテレビ放送で見た時、私は自分のルーツとはいったいどこにあって、それはどこから来てどこへ行ったのかを沈思黙考する機会を得ました。明けても暮れてもそのことばかりずっと考えていました。人類が世界各地に拡散した道のりを逆のルートで、それも人力だけを便りにして辿って行った関野さんから私が多大な影響をうけたことは言うまでもありません。そのグレートジャーニーを私なりに解釈して画面やオブジェや文字にして表現したのが『インサイド・ストーリー』でした。


これまで多くの個展をやってきましたが、私にとって『インサイド・ストーリー』を越える展示は今もできていません。丸々一年間それ以外他に何もやっていなかった。それぐらい熱を帯びていたし、関野さんのテーゼに影響を受けて我流に置き換えることで、個展作品の制作を通じて自分の核のようなものに出会った体験でした。あの個展をやっていなかったら、みんぱくやプリミティヴ・アートや、土着文化の荒々しい影響下から抜け出ることができたかどうか…。17年前に極私的なターニングポイントがあったわけです。


そして昨年の8月に関野さんと初めてお逢いすることがきました。映画『カレーライスを一から作る』の上映後のサイン会でした。直前まで何とも思わなかったのに、関野さんの姿を目にしたら、本当に心臓が舌の根元あたりまで上がってきて、卒倒しそうになりました。『イチからつくる カレーライス』の制作について二言三言お話をさせていただいただけですが、17年前骨の髄まで関野さんにイカれていた私が、本人さんと話しをする今の私を見たら、間違いなく失神しているだろうな(笑)。


17年前、飽きることなどなく、来る日も来る日もシャーマニズムの文様のような絵を描いていた時から随分長い時間が経ちました。その間、意欲や意気込みだけが先走りして、空回りや上滑りばかりの日々だったと思う。目の前に目的地の影すら現れないこともしばしばでした。創造上の影響も、良いものも良くないものも、たくさん浴びた。無駄なことばかりやっていた気もするし、何一つ無駄はなかった気もする。何が正解で何が近道なのかさっぱりわからない、価値観なんて一晩寝たらコロッと変わっていた。私は一体誰なんだろうと、知りたくて知りたくて…。


この絵本『イチからつくる カレーライス』の絵を描いている時、私の生きている時間の周囲を、縁が不規則な軌道で廻り廻っていることを、ずっと感じていました。あと4日で私は57才になります。この本は絵描きの神様が、滅茶苦茶ばかりやっている私にくれた誕生日プレゼントなんでしょう、きっと。絵を描くと、いいことがたくさんあります。絵は描かないと損だと思います。本当に。


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この人からいただいた恩恵は、言葉では到底言い表せない。
出版でご一緒させてもらうなんて、想像したこともなかった。



















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新春早々に新刊絵本が出版されることになりました。『イチからつくる カレーライス』というタイトルで、農山漁村文化協会(農文協)から1月10日に発売になります。言われる前に言っておくと、AB版という判型の36ページもので、お値段は税込み¥2,700と少々お高めです。昨年10月に出版された『はしをわたってしらないまちへ』がペーパーバッグ価格で税込み¥420で、コーヒー一杯分だったのと比べると、今回は高級レストランのランチぐらいのお値段ですが、お財布と相談せずに是非買って下さい(笑)。何卒よろしくお願いいたします。


『イチからつくる カレーライス』と聞いて、思い当たる方もいらっしゃるかもしれません。2016年に公開された『カレーライスを一から作る』(前田亜紀監督 製作・配給ネツゲン)というドキュメンタリー映画がありました。関西では昨年夏に公開され、全国で上映が続いている作品です。武蔵野美術大学の教授である探検家・関野吉晴さんが、課外ゼミで学生に向けて呼びかけた「カレーライスを一から作る」というテーマを追った映画で、野菜・米・塩作りや家畜の飼育などを学生が中心となって行い、約9ヶ月間かけて一杯のカレーライスを作るという、なんとも興味深い作品です。


絵本ではこの映画を下敷きにして、絵本ならではの視点や展開で同じテーマをよりワイドに再考しています。編は関野吉晴さんで、絵を私が担当しました。作品の性質上、文字と作画に加え、写真や映画のスチール画像が数多く盛り込まれており、本としての全体像は知識絵本の領域に近いものかもしれません。学生達が挑む原始的?カレーライスだけでなく、普段私たちが口にしているカレーライスの分析も掲載されており、映画を見られた方もまだの方もこの新刊絵本手に取っていただければ、私たちが生きている日常が何を犠牲にして成り立っているのかを感じていただけると思います。


発売は1月10日の予定なので、ちょっとフライング気味ですが、当ブログで今回より3回連続で新刊にまつわる内容を取り上げます。そしてこれも言われる前に言っておくと、毎回新刊本が出るたびに「どの本屋へ行っても、お前の新刊絵本はなかったぞ!」との苦情をよくお聞きします。配本等まで対処するのが絵本作家の仕事の範疇なのかどうか大いに悩むところですが(笑)、ネット上では書影も出ておりますので(実は1月7日現在私の元にも、まだ刷り本が届いていないのですよ💦 )、是非チェックしてみて下さい。どうぞよろしくお願いいたします。    

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新年明けましておめでとうございます。本年も私中川洋典と当ブログを、どうぞよろしくお願いいたします。

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元旦の天皇杯をご覧になった方も多いと思います。愛しのセレッソ大阪が延長で横浜マリノスをかわし、2−1のスコアで見事勝利!昨年秋のルヴァンカップに次いで天皇杯も奪取しました。2017シーズンはJリーグ三冠のうち二冠をセレッソが取るなんて、去年の今頃は誰も思っていなかったことです。もちろん私も。なぜならセレッソは一昨年はまだJ2でプレーしており、一昨年末のJ2年間順位で際どくプレーオフに回って、なんとか昨年J1へ戻って来れた有様だったからです。正直に言うと、再び降格していてもおかしくなかった。それがユン・ジョン・ファン監督にの手管によって飛躍的にチーム力が向上した。(選手の面子がほぼ変わらないところをみると、一昨年の大熊前監督の戦術がいかにチームをダメにしていたかが証明されたとも言えます。)そして二つのタイトルをチームにもたらしたのです。素晴らしい。こんな晴れ晴れした気持ちで新年を迎えられるなんて、うれしい限り。ほんまにありがたやありがたや(笑)。

セレッソの覇気ある姿を見て、私もええ感じで気張りたいと思いました!




















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待てない性格のわりに、私は待つ生活をしていると思う。自分から他者へ向かってあれこれ急いた注文をすることもあるけれど、むしろ身の回りに準備を怠りたくないタイプです。仕事の場合は特にそうだと思う。保身の意味も含めて、体勢を万全に整えてこそ、迎え入れる、迎え撃つメンタルが生まれるように感じてきました。間違いがあるとは思いませんが、徐々に変化する心持ちも生まれてきており、わずかではありますが待つことを優先する生活が減ってきたと分析しています。


年を取って、時間が足りないことが多くなってきました。この5年ほどは、待ちをお付き合いすることで時間を失う機会が目立って仕方なかった。もちろんそれを善しとして私は行ってきたわけです。しかし待たない生活を選びたくなる心境がすぐそこまでやってきた。待つとは、一方的に他者に待たされるばかりではなく、自主的に選び取る待機も意味しています。それは活かしたい。その上で、私が待たされることでしか成立しなかった事案は、待たないことで改めていこうと思います。


待たない生活と書くと、アクションを起こして周囲に提議する姿勢を連想しますが、むしろ待ちに付随する隙間時間を放置しないことだと考えています。待ち主体の生活に少しの亀裂を入れることで、それまで整っていたバランスが崩れます。私を内包する待ちシステムの円環を歪めて、もの作り生活を活性化したいです。以前のままで全てやるとしたら、きっと飽きてくる。飽きたら、私は終わる。他のことならいいですが、もの作りに関しては、そんな終わり方は許せない。待たないことから始めよう。


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