536 <ビリー・ジョエルを越えて(下)>

おっ?と思ったのは86年の『ブリッジ』が出た時だった。なにか今までのビリー・ジョエルと違う肌触りがあるレコードだった。彼らしいキャッチーでメロディアスな曲があるにはあるが、パサついたパンのような単調なリズムの曲や、メロディに不似合いなハードエッジなギターが邪魔で、後年それが作曲方法の変化によるものだったとわかったが、どうにも受け入れがたかった。これまでの良さを捨てて、妙に産業ロック風のアプローチが増えたアルバムだったから。本作発表後に大規模なワールド・ツアーに出た彼とバンドは、87年に当時のソ連でのライブ『コンツェルト-ライヴ・イン・U.S.S.R.』をリリースした。


これがまた困ったもんで…(笑)。なんでソ連なの?という気持ちで聴いたせいか、終始映画『ロッキー4』のスタローン的なドンキホーテのイメージが拭えなかった。アルバムに社会的なメッセージを込めたい気持ちはよくわかるのだが…。選曲にもサービスが足りないんじゃないのかなあ。何より荒れた声にビリーの摩耗が隠せなかった。決定打は1989年の『ストーム・フロント』。プロデューサーがフォーリナーのミック・ジョーンズと聞いて、こりゃもうダメだと観念して買った記憶がある。アルバム全体にマッカーシズムの嵐を受けて育った世代感が横溢しているが、如何せん、産業ロック路線がこうも強化されては、私がついてゆくことは厳しいレコードだった。いい曲も3〜4つあるのだが…


4年のブランクを置いて発表された『リバー・オブ・ドリームス』はそんなビリー・ジョエルが遂に自爆したような作品だった。一通り聴いて、そう何回も聴ける類いのアルバムではないな、と感じたものだ。ただし言っておくと、内容は芳しくないながら、『ストーム~』も『リバー~』もチャートでは1位を獲得し大ヒットしている。シングルの「ハートにファイア」や「リヴァー・オブ・ドリームス」も同様なのだ。大衆性は充分保たれていた。ただ私の好みから大きく逸脱していただけだ。力みに力んだがなり声で歌い上げるビリー・ジョエルに、若い頃のような豊かな美声で朗々とした節回しを期待してはいけない。曲も随分凡庸なものが多く、良くない脂肪が付いて動きが鈍くなる不快感に近いものを感じてしまうのだ。


ビリー・ジョエルはなにか、もったいない気がしてならない。セルフイメージに迷いが多過ぎた。社会派然としたシンガーソングライターであったり、無理矢理なロックンローラーであったり、オピニオンリーダーであったり。そういうのを全部うっちゃって、純粋にポップスを書くことだけに専念していたら、希代のメロディメーカーたる彼はきっと今も素晴らしい仕事をしていたに違いないと思うから。彼はポール・マッカートニーであらねばならず、ブルース・スプリングスティーンになろうとして、ボブ・ディランのように歌で発言しようとし、ポール・サイモンのように愛されねばならないと考えていたのだろうか。結局ビリー・ジョエルは自分自身を越えようとして、バラバラになってしまった。


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老けたな、さすがに。しかし近年はレコーディング・アーチストであり続けるプレッシャーから解放されたせいか、妙に生き生きしているような(笑)。まあ、元気でやってくれれば、それでいいか!
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by ekakimushi | 2012-10-05 13:03 | 音楽えかきむし | Trackback | Comments(2)
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Commented by brunakai at 2012-10-06 08:58 x
83年の「イノセント・マン」からの浅い付き合いなので、ビリー・ジョエルについて語るほどの愛情も知識も持ち合わせてないのですが、83年以降、ビリーの曲から感じられた「ある種の魔法」が消えてしまったのは残念です。ポール・マッカトニーでさえ、ポール・マッカトニーであるのが困難だった90年代以降、ビリー・ジョエルがポール・マッカトニーであれるはずもなく、全米を吹き荒れたグランジとヒップホップの嵐の中で自分の位置を見失ったのかと思われます。ただビリーの船はまだ沈んでないのかなと思ってます。ボロボロになりながらも航海中で、また「ピアノ・マン」のような曲をひっさげて登場してくるような予感もあります……ま、どうでしょうね〜(笑)
Commented by ekakimushi at 2012-10-08 22:23
ビリー・ジョエルの再登場ですか…。あるとうれしいですが、年齢的にも私生活の荒れっぷりを考えてみても、少し難しいのではないでしょうか。
やっぱり舵の取り間違いが、その後の作品の質を大きく変えてしまったのが決定的で、魔法を自ら放棄したとしか思えません。
オリジナル作品活動にカムバックする可能性として一番高いのは、バラードのみのアルバムを作ることです。それならまだファンは付いてくると思えます。ちょうどアイズレー・ブラザーズが『ミッション・トゥ・プリーズ』でやったように。それを彼がやるかどうかはわかりませんが、私は聴いてみたい。