633 <還ってきた長谷川集平 (下)>
2006年に突然『ホームランを打ったことのない君に』が出ました。長谷川集平が絵本のメインストリームから離れて既に10年近くの時間が経っていました。私は正直言って、大きな波紋の広がる予感がしませんでした。しかしそれは間違っていました。じっくり時間をかけて作られた本作は見事第12回日本絵本賞に輝き、第三期集平黄金時代の到来を告げる作品となったのです。それは予期せぬ喜びでした。10年間も離れていただけに、その復活はじわじわと沁み入るようにやってきました。まさにホームラン!
続いて『大きな大きな船』『トリゴラスの逆襲』『小さなよっつの雪だるま』『れおくんのへんなかお』と作品が発表され、長谷川集平は完全に今新作が読める絵本作家として還ってきました。『大きな大きな船』の美しく危ない白、誰もが望んだあの作品の続編『トリゴラスの逆襲』あたりは、読めるだけで幸福感でいっぱいです。そしてこの4月に出版されたのが最新刊『およぐひと』です。長谷川集平が切り取った東日本大震災の断面が、読者に向けてパックリと傷口を開いている。元来社会派な人だけに、その訴えは相当に、痛い。でもこれを待っていたのです、私は。
第三期集平黄金時代において、2006〜2007年に長崎で開催された『サルコーデ・ナガサキ』というタブローの連作展は非常に大きな意味を持っていると思います。展示用に48枚もの新作を長谷川集平が描くというのは、おそらく初めてではないでしょうか。残念ながら私は実物を見に行けなかったのですが、画像を拝見すると移住当初では描けなかったであろう長崎が現れてきます。実に穏やかで絶えず孤独な女性のような長崎を感じます。ここから水彩画の手法も絵本世界にフィードバックされたのではないでしょうか。
ある意味で絵本は商業出版が最終形の一つなので、長谷川集平クラスのビッグネームは、新作が世に出ていないとまるで隠遁でもしているかのように思われがちです。しかし彼は絶えずもの作りを試み続けていました。決してのんびりしていたわけではないのです。少なくとも商業作品として流通しているもので、売れているものいないもの、支持のあるものなかったもの、どの作品でも極めて高い成功率を維持させてきた希有な作家です。真摯でタフでちょいとひねくれ屋で、ある種の人にとっては、いつまで経ってもあのはせがわくんで。
この日記を読んで長谷川集平に興味を持った人に告げます。決して長谷川集平から目を離さないように。ちょっとよそ見をしていると、集平はどこかへ消えて見失ってしまいます。でもね、本当はちがうんです。どこにも行かないし、消えたり隠れたりしない。長谷川集平は変わってゆく同じものなのです。どこかへ行っていなくなってしまうのは誰のことなんでしょうね?