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687 <ギブスさん>

ギブスさんの話しをしよう。

私がランニング練習で走っている公園で、よく出会うランナーがいる。
2回走れば1回は出会うぐらいだから、すっかり覚えてしまった。
その人は、左手と右足に、薄いクリーム色のギブスをして走っている。
たぶん車の事故に遭ったんじゃないだろうか。
以前は首にもギブスをしていた。
かつてランナーだったのか、それともリハビリでランニングをしているのか、詳しいことはわからない。
ただ、ギブスを付けて走るというのは、見た目に重々しいし痛々しい。
彼が走ると、ギブスのカシャカシャいう音がするので、後方にいてもすぐにわかる。
それで私はその人をギブスさんと名付けたわけだ。

ギブスさんのランニングフォームは格好悪い。
ギブスを付けているせいで、左の肘が張って、極端に右肩が下がる腕の振りする。
足の運びと言えば、これも右足を引きずるように走るので、とてもリズミカルには見えない。
あるとき周回コースで、ギブスさんが私を抜くので、
こんなギブスをしているランナーになんか負けられないと思い、抜き返した。
もうこれでついて来れないだろうと思ったら、なんとギブスさんはまた抜き返してきた。
なんとも負けん気の強いリハビリ野郎だ。
それからギブスさんとすれ違うと、ギブスさんのフォームに、
少しずつ躍動感が出てきていることに気がつき始めた。
回復しているのだろうな。
それでもギブスを装着したまま、相変わらずカシャカシャ音をさせながら、
ギブスさんは格好悪く走っていた。

昨日私は二週間振りに走りに行った。
久しぶりなので、ゆっくり身体のパーツの安全を確かめるように走った。
ランニングコースの樹々のシルエットが鮮やかだ。寒い冬にほんの少し春が混じってきたのを感じる。
誰かが私を抜いてゆく。
この気温の中、短パンの出で立ち。
元気な人だな。
そう思ったその人は、ギブスさんだった。
あのぎこちないフォーム。
間違いない、彼だ。
しかしおかしい。
カシャカシャいう音がしていない。
私は周回路に入り、逆走して確かめようと思った。
向こうから走ってくる人は、やっぱりギブスさんだった。
でも、もうギブスはしていなかった。
外せるようになったんだ!
近づいてくるギブスさんと、すれ違う瞬間に目が合った。
時間にしてコンマ数秒。
それで充分だった。
ギブスさんから離れながら、涙がこぼれ出てきた。

私はギブスさんの名前を知らない。
話したこともない。
知っているのは、彼の負けん気が強いことと、ランニングフォームが格好悪いこと。
私はギブスさんに、言葉なんかかけない。
今度ギブスさんが前を走っていたら、抜いてやる。
もしギブスさんが抜き返して来たら、また抜いてやる。
それがランナーの心意気というもんだろう。

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by ekakimushi | 2014-02-25 07:59 | 逃げ足のはやい詩集 | Trackback | Comments(0)