882 <つぶやき音楽録Vol.5>

私は音楽は好きでも聴くばかり。自分で演奏したり歌ったりしない人である。楽器はなにもできないし、歌といえば風呂でがなるぐらい。知り合いにミュージシャンが多く、彼ら彼女らが音楽で会話する様を目にすると、羨ましいのを通り越して不思議な光景を見ている気になる。よくもまあ、人前であんな難しい意思疎通ができるものだ。そしていつも思う。音楽家が音楽を奏でるように絵を描きたいと。どうやったらいいのかもわからない。とりあえず、まずは鼻歌かな(笑)。久々のつぶやき音楽録はVol.5です。

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f0201561_19494330.jpgシリータ『シリータ』
先日見たフランス映画『サンバ』での「トゥ・ノウ・ユー・イズ・トゥ・ラヴ・ユー」に心が燃えて、思わずCDを引っ張り出した。全編スティーヴィー・ワンダー主導で、1972年作『心の詩』と表裏をなす内容。初婚の相手シリータの、小鳥のようなか細い声はいかにもスティーヴィー好みで(デニス・ラサールしかり、ミリー・リパートンしかり)、スモーキーやビートルズのカヴァーもいいが、やはりソウルフルな「トゥ・ノウ~」のイントロのエレピが最も痺れる。彼は何故この曲を自分のアルバムで演らなかったのか?おそらく『インナーヴィジョンズ』の「神の子供たち」に姿を変えたのではないかと思われる。


f0201561_19502633.jpgバッドフィンガー『WISH YOU WERE HERE 』
マネージャーやレコード会社との不幸なトラブルや、リリース後のピート・ハムの自殺と共に語られることが多いアルバムだが、最高級の音楽が目一杯詰まっている傑作。どの曲もメロディラインが芳醇で美しく、何度聴いても胸に突き刺さってくる。いい状態で創作をさせてあげたかったバンドの筆頭。あれからもう40年も経ったのか…






f0201561_1950431.jpg島田歌穂『MALACCA』
誘う力が相当に強いトータルアルバム。その理由は、プロデューサーの久保田麻琴が、精通したアジアン&ブラジリアン・テイストの世界を丁寧にこしらえているからだと思う。島田歌穂も余裕を持って唄い遊んでいる。彼女の歌唱表現には、迷いとか逃げるような小細工が一切ない。長いキャリアからくる自信なのだろう。どの曲も高水準で安定感があって、とても落ち着く。ライナーを読まなかったら、18年前の作品だとは到底思えない。





f0201561_19505959.jpgディー・ディー・シャープ『ハッピー・アバウト・ザ・ホール・シング』
この人は唄が滅茶苦茶に上手い。曲は旦那のケニー・ギャンブルの肝入りだけに、コクがあって聴き応え充分。編曲といえば全盛期のフィリーに外れはない。まさにゴージャスなムードに包まれたベストな一品。ここまで売れる要素の揃った作品が大衆に受け入れられなかったのは、一体どこに計算違いがあったのだろうか。ポピュラー音楽の難しさ、不可思議さを感ぜずにはいられない。





f0201561_19511527.jpgネヴィル・ブラザーズ『ブラザーズ・キーパー』
1990年作。リアルタイムで聴いた時も今も、変わることのない出来映えに唸る。次作からシリルの露出が増え始め、アートは年齢的に大人しくなってゆくだけに、兄弟四頭体制の好バランスがもたらす安定感が心地いい。ゲストの好演も素晴らしい。「サンズ・アンド・ドーターズ」はリプライズとともに、ソウルフルで鳥肌もの。当時「バード・オン・ワイヤー」を売れ線狙いと書いた評論家がいたが、誰だったかも忘れた。生きてゆくのは作品であって、冷やかし言葉ではない。




f0201561_19512634.jpgリトル・フィート『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』
ベスト盤。無視されがちな1stからも2曲のみしっかり収められていて好印象。ただ、半数以上の選曲が重なるライブ盤『ウェイティング・フォー・コロンバス』との聴き比べで、スタジオ録音ではいかに曲の魅力が伝わっていなかったかが、どうしてもはっきりと出てしまう。曲はいいのだが、演奏のダイナミズムがこじんまりと小さくまとまった印象がしてもったいない。逆にライブになると、音の活きの良さとか、ノリ、曲のスケールが豹変してしまい、全く別物になってしまうバンドだった。お客を前にすることが、それだけの劇薬になっていた証だと思う。



f0201561_19514267.jpgジェイムズ・ブラウン『Get on the Good Foot』
先月今月と、ほんまによぉ聴いたわ、このCD。今年の夏のヘヴィローテNo.1やで。72年のJB初のスタ録オンリーの2枚組アルバム。構成が練りに練られとる。JB’Sも面子演奏ともに脂のノリが凄いし、ゲストもバーナード・パーディやらブレッカー・ブラザーズやら豪華やで。ええ曲多いし、バラード最高やわ、再録ナイスやわ、ユーモア抜群やわ、JB流の娯楽が一杯詰まっとる。そこにJBのあの声と唄や。ギターのカッティングだけであんだけ唄えるシンガーて、他におるんかな。こんなよおでけた作品を「2枚組LPの意味ない」とか言うてた評論家が昔おったけど、あいつ何聴いてたんやろか?



f0201561_19515758.jpgイ・プー『ARESSANDRA』  
CBSシュガー移籍後2枚目のアルバム。前作録音終了後に、ドラムス担当のヴァレリオ・ネグリーニが作詞に専念するために、グループを脱退しました。後任はステファーノ・ドラッツォ。彼の加入がもたらしたドラミングはプ-の歌を核とするサウンドに大きく寄与しており、本作が前作から一段高いところへ到達できた要因になっています。その他のメンバーやスタッフに変化はなくリード・ヴォーカル&ベースがリッカルド・フォッリ、ヴォーカル&キーボードがロビー・ファッキネッティ、ヴォーカル&ギターがドディ・バッタリア、プロデューサーにジャンカルロ・ルカリエッロ、アレンジャーにジャン・フランコ・モナルディ、エンジニアがグァルティエロ・ベルレンティーニ、アシスタント・エンジニアにフランコ・サンタマリア、といったところです。アルバム・タイトルにもなっている、ロビーの愛娘アレッサンドラを配した有名なジャケット・フォトはエギズィーオ・ファブリッチ。メンバー・チェンジに負けないくらい大きな変化に、ム-グ・シンセサイザーの導入が挙げられます。当時のポップ・ミュージック・シーンの革新的な楽器だったム-グをいち早く取り込んだことで、本作のプ-の(特にロビーの)表現力が飛躍的に向上したことは、2曲目の「愛のルネッサンス」を聴けばよくわかります。ここではまだ小手先程度でしかないこの楽器ですが、後のプ-にとって最大の武器となっていきます。ム-グがデジタル系につながる新生面だとすれば、アナログ系の新生面は32人編成のオーケストラの起用だと言えるでしょう。前作でもオーケストレーションはふんだんに盛り込まれてはいましたが、今回のアルバムの裏ジャケットや見開きに写った大編成の弦楽器隊+管楽器隊は、「オペラ・プリマ」以上の質が明らかで、プ-とオーケストラ・メンバーとの共演作といっても間違っていないのでは。そのブリッジにフランコ・モナルディの存在価値があったのでしょう。録音は1972年春~夏~秋で、11月に発売され、その発表コンサートが12月11日ミラノのマンゾーニ劇場で40人の大編成オーケストラをバックに華々しく行われました。翌73年1月からなんと11月までアルバム・チャートにランクされ最終的に20万枚を超える大ヒット・アルバムになって、投資からしっかり元をとったわけです!またこの間、コンサート・ツアーとしては異例のミラノのスカラ座やリリーコ、バリのペトルテェリ、ローマのシスティーナ礼拝堂!、ナポリのメディテラネオなどでオーケストラとの共演をして話題を呼んでいます。
LATO A
1.ロマンの世代/LA NOSTRA ETA’DIFFICILE
まずは耳に入ってくる弦楽器の柔軟性、ピアノのクリアーな音が前作の比ではない!このイントロだけで本作の音品質はISO基準を十分満たしていると言えるでしょう。前作「オペラ・プリマ」のドサッと段ボール箱に音を詰め込んだような未整理感が消えて、 楽器と楽器の音間が適正に整理された印象を受けます。これはたぶん、前作の音質に不満を持っていた現場のレコーディング関係者が意識的に改善したものだと考えられます(レコーディング場所、エンジニア等は前作と変わっていない)。ステファーノの控えめながら歌を活かしたドラミングが素晴らしく、リッカルドを含めたリズム・セクションの向上が伺えます。ヴォーカルはいきなりリッカルド&ロビーのツイン・リードで、ロビーの発声が彼本来のものになっています。個人的に大好きなオープニングで、初めてイタリア語の歌詞を憶えた曲です(今もソラで歌える!)。
2.愛のルネッサンス/NOI DUE NEL MONDO E NELL'ANIMA
このアルバムの邦題には、ほとんど叶姉妹!みたいなのが多くて昔友達に笑われた記憶がありますが、この曲も凄いな。アルバム先行シングルでチャート2位(年間チャート8位)を記録した大ヒット曲です。ミニ・ム-グがこれでもかと使われていて、オーケストラと対をハッていますが、フランコ・モナルディのアレンジ力がなんといっても卓越しおり、素材としてのメロディーのパワーを飛躍的に拡大させています。録音は72年4月~5月。日本の全てのプー・ラヴァーにとって最も重要な作品といってもよいかもしれません。74年にCBSからプーの日本での初めてのシングルとして発売されたからです(「ミラノの映像」とのカップリング)。その頃のポップス・ファンはどう思っていたのでしょうか?今聴いてもさほど古いとは感じさせない、一種の普遍性がこの曲には宿っています。
3.青春の哀しみ/MIO PADRE UNA SERA
イントロのアコースティク・ギタ-の使い方が前作にはなかったパターンで、75年のアルバム「ロマン組曲」に収められている「地中海の伝説」はこの曲から発想を得たのではないでしょうか?そのくらい酷似しています。と同時にロビーの独壇場と言える仕上がりになっています。ム-グの遊び具合や伸びやかに舞い上がってゆく彼のリード・ヴォーカルは、本アルバムではバンドとしての新生面ですが、のちのプ-本来のプロトタイプになっていく要素です。リズムのパンチもやはり「オペラ・プリマ」とはかなり差がありますね。
4.初めての恋人/NASCERO CON TE
このアルバム中最もお気に入りかなぁ。72年4月の録音でステファーノが加わって初めて録音された曲です(「愛のルネッサンス」のB面に収録)。第二小節へ向かう際のハイハットはどう考えてもヴァレリオにはなかったもので、ドラミングのキレの良さがクリアーな音質と相まって実に効果的。テナーをリッカルド、ソプラノ~ハイ・トーンはコーラスというヴォーカル編成ですが、メロディーが素晴らしい!(凝ったことはそんなにやっていないのに密度の濃いこと!)またアルバム全編に言えることですが、ストリングスによるフェイド・アウトで閉めるエンディングがほとんどで、まるで映画の余韻を一曲ずつ味わうかのような錯覚に陥ります。曲の終わりまでを惜しむように聴いたものです。アレンジャーというより音楽監督というほうがモナルディには合っています。そうそう、82年のライブ・アルバム「パラスポルト」のD面での懐かしのメドレーでこの曲を演ってくれた時は本当にうれしかった!あの感激は今も忘れられません。
5.大人の遊び/IO IN UNA STORIA
また出た!叶姉妹的邦題(笑)。ドディが作曲を手がけた初めての作品(作詞はもちろんヴァレリオ・ネグリーニ)。ヴォーカルもドディがとっています。派手さはありませんが、2台のアコースティック・ギターと1台のエレクトリック・ギターのコンビネーションは安定感があり、たぶんドディがレコーディングの主導権を握っていたとおもわれます。ドディの作品はロビーとはまた違ったポップなメロディーを持っていて、大作よりも小品で力を発揮する傾向が後々明らかになりますが、ここでの佇まいもひっそり収められているといった印象ですね。当時のイタリアで流行していたカンタウトーレたちに影響力があったであろうCSN&Yの音作りが垣間見える曲で、ニュー・トロルスなんかにも似たようなギター・アレンジメントをしたナンバーありました。
6.風のコンチェルト/COL TEMPO,CON L'ETA'E NEL VENTO
重厚なイントロですがリッカルドの表現に抑制が効いているうえ、フルートが曲の体温を下げているので暑苦しくならない、前作と本作との違いが顕著にわかる曲です。陽光を表現したホーンとフルート、ピアノの一音一音の艶やかさ、控えめながら歌を生かすサポートに徹したリズム・セクション、全てが上手いの一言です。「オペラ・プリマ」でもそうでしたが、アナログ・レコードのA面ラストということでB面へのつなぎを十分配慮したエンディングも素晴らしい!リッカルドのビブラート唱法から続く力強いコーラス(ステファーノもきっと歌っている)、そして4人の声と重なりながら引き継ぐようにオーケストラのスケールの大きいサウンドがどんどん高みに上ってゆくこの終わり方はジャン・フランコ・モナルディのアレンジの傑作と言えます。
LATO B
7.季節の終わり/SIGNORA
歌詞の内容が結構意味深いロビー、ドディー、ヴァレリオによる初めての3者共作品。この曲に限らず、アルバム全体に過ちに対する後悔の念が支配する精神状態をテーマにした詩が目立つヴァレリオ・ネグリーニでした。何かあったのでしょうか!?イントロのフルートはアナログB面の新しい展開を予感させ、冴え渡るコーラスが決めを作るところはもうイ・プーの定番の趣さえあります。定型のロック・バンドなんかの場合、ギター・ソロがクライマックスでよく割り込んできてブレイクさせることがありますが、このアルバムのプーの場合それがコーラスで代用されています。自信あったんだろうなぁ、ユニゾンなんて軽い軽いとか…。
8.青春に目覚めた頃/COSA SI PUO'DIRE DI TE?
先行シングル第2弾でチャート7位まで上がりました。ロビーがリード・ヴォーカルをとる曲がやっとシングルで出てきました。やっぱりヴァレリオの歌詞に実際に曲をつける(もしくはその逆)人が歌うだけに、メロディにのる歌詞の表現が絶妙ですね、ホントに。これにステファーノのゆるやかで撫でるような太鼓と、モナルディ的なロマンティシズム解釈が加わるわけで、この公式を誰より早く見抜いていたであろうプロデューサー、ルカリエッロはさぞかしご満悦だったことでしょう。余談ですが、同年にツアーした南米で買った4本のギターがここでは使われているとか。ふ~ん。(また御多分に洩れずこの曲もスペイン語ヴァージョンが制作されています。)
9.夜を終わらせないで/VIA LEI,VIA
「オペラ・プリマ」に少しだけあったビート・グループの匂いがこの曲にも少々残っています。ドディが本当は弾きたかったであろうロック然としたギターも顔をのぞかせています。ピアノ+アコースティック・ギターのコラボレーションがお見事です。また楽器でいえばリッカルドのベース・プレイはこの曲がベストではないでしょうか?ベースの音がよく拾えているので彼も弾きがいがありますよね。ベーシストとしてだけでも十分やっていけるような気がしますが、どんなもんでしょう?
10.愛の後に美しく燃える君/DONNA AL BUIO,BAMBINA AL SOLE
叶姉妹風邦題第三弾!しっかしいったいどこの誰がこんなタイトルを付けたんでしょうな?曲風から感じ取れるイマジネーションの貧困さを露呈していますよね。イ・プーにまつわる偏見の一端を業界関係者が演出していたとしか考えらない犯罪的な邦題だと僕は思います(激怒)。オペラ・プリマ的誇張アレンジが少し耳につきますが、そこはなんといってもリッカルド十八番の囁きヴォーカル・ナンバー。彼の持つアイドル性を生かすような起伏のある構成が曲のアクセントになっています。実に自然な転調とリズム・チェンジ、ムードといいドラマ性といい、前作の流れを丁重に洗練させた作品です。リッカルドを中心とした、グループとしての声が武器であることをモナルディーも十分わかっていたのでしょう、ここで聴かれる高音のハーモニーとピアノそれにストリングスが奏でる柔らかさとやさしさ。こんなサビは何分聴いても飽きが来ないものです。人をどこかへ連れていってしまう力、どこかで見た情景を引っ張りだしてくる力が曲にあるからでしょう。もしリッカルドが脱退せずにいたら、こういったリッカルド色の強い曲をいつまでも演り続けていたかどうか?と問われたらあなたはどう答えますか?
11.想い出の部屋/QUANDO UNA LEI VA VIA
87年に出たライブ・アルバム「good-bye」での再演で改めてこの曲の良さ、特に不滅のメロディー・ラインの底力に感服した人も多かったのではないでしょうか?プ-としては珍しい構成とリズム・パターンを持った作品で、再びリッカルドのTU~という囁くような一音で始まります。コーラスが前作と比べ格段に洗練されて上手くなっていますね。やはりどこかアメリカナイズされた印象が大。エンディングはオーケストラの洪水でフェイド・アウト。こんな曲ってどうやって作るのでしょう?どうやってリズムの落し所をバンドとオーケストラとで合わせるのでしょうか?たぶん凄く手の込んだ作業だったのではないでしょうか。それだけの成果は、今なおこの曲が生き続けているという事実に証明されていると思います。後のベスト・アルバムにも収録された隠れた名曲です。
12.ミラノの映像(愛のイマージュ)/ARESSANDRA
こちらは表だった名曲です。7分弱の長尺バラード・ナンバーですが、聴かせ所が多く長さを少しも感じさせません。流れとテンポにおおらかさというか余裕があって、聴いていてとても落ち着きます。娘の名前をタイトルにしたまでの愛情が全編に憎いまでに溢れかえっていて、その上から豊穣なアレンジが施されている、ある意味で完成型の作品でしょう。こういった美意識を茶化す人もいるんだろうけれど、本当にいいものはいいのだから仕方ないのです。「オペラ・プリマ」の場合もそうでしたがアルバム・タイトルにしてラスト・ナンバーという締め方と、ドラマチックな幕の降ろし方はもうイ・プ-の専売特許。レコードを買って得した気分になったものでした。この演出がファンにとってはたまらないのでは。ホーンの絡みも美しいサビが繰り返され、残念ながらアルバム終了となります。


f0201561_19522581.jpgマーヴィン・ゲイ『M.P.G.』
1969年作。ソロ&デュエットで、大ヒットシングルを量産していた時期の作品。前年のメガヒット「悲しい噂」で知れ渡った三種類の声を駆使した歌唱法が、ここでは完成形になっている。アルバムとしては典型的な60年代ソウルの作りで、ヒットした3曲以外はちょっと苦しい。マーヴィン・ゲイにとって、モータウンのベルトコンベア式生産体制の乗っかった最後のアルバム。その後しばしの隠遁を経て、二年後に『What's Going On』で帰還することに。この二枚の落差たるや、なんと大きいことか。




f0201561_19523785.jpgV.A 『 ニュー・オーリンズR&Bヒット・パレード  ガンボ・ヤ・ヤ』
アラン・トゥーサン旅先にて死す。昨日のニュースは世界中を駆け巡り、多くのニューオーリンズR&Bファンを悲しませたことだろう。1987年だったか88年に、こいつを手に入れて、繰り返し聴いたなあ。盤のライティング・クレジットを見たら、片っ端からアラン・トウサンと書いてある。なんていい曲を書く人なんだと痺れたものだ。トウサンではなく、トゥーサンと呼ぶのだと、中古レコード屋のオヤジに教えてもらった、阿呆な私だった。よき伝統を受け継いで、新しい時代への扉を開いてみせた音楽家よ、貴方の人生は長かったのか、それとも短かったのか?、最高の夢を見させてくれて、ありがとよ。少しだけ 寂しいぜよ。



f0201561_2053714.jpgキンクス『did ya』
1993年の来日記念5曲入りシングルCD。タイトル曲は91年作で、かつての大ヒット作「サニー・アフタヌーン」をなぞるコーラスが、ファンの間でだけほんのちょっと話題になった。レイ・デイヴィスの表情豊かなヴォーカル七変化が味わえる一曲。三曲目は68年のシングル「Days」のリメイク。新曲ありきのキンクスにしては珍しい。96年のレイのソロ来日時にはステージ進行の流れから「Daze」と皮肉って表現されていた。五曲目の「Look Through Any Doorway」はデイヴ・デイヴィス久々のナイスなメロディが詰まった一品で、抑圧感や閉塞感が満載だった93年作『フォビア』に収められなかった理由が知りたい。作風が違うからだろうか。問題は四曲目「New World」。たぶん89年「U.K. ジャイヴ」の「アグリヴェーション」を膨らませた曲で、キンクスでは初めて聴く打ち込みサウンド。パソコンで作ったのではないだろうか。驚くのは歌詞内容だ。
朝目をさまし、通りを見下ろすと
重大な事態が起こっていた
決して偶然じゃない
戦争は終わった
だが戦いは始まったばかり
これからも続いていくだろう
なぜなんだ
大量の移民の群れ
リトアニア、アストニア、チェコスロヴァキア
ポーランド、欧州大陸の各地から難民が流出する
すべてが自由の地アメリカへと向かう
すべてがアメリカの大都市へと向かう
都会の暮らしが僕を圧迫し始めた
みんなが押し合いへし合い
そこらじゅうで事態は悪くなるばかり
酷くなるばかり
見てみなよ
ああベイビー
どこまでいくんだ
どこまで悪くなるんだ
それは50年前に
 50年前のある時
 この事態は始まった
 そして今も続いている
1993年(もしくは1989年)時点での難民問題を取り上げ、EUへの懸念を歌っている。社会の閉塞感は今と酷似する。レイ・デイヴィスのジャーナリスティックな視点はそれまでにも評価・指摘をされていたが、2015年の今となっては、彼の想像を遥かに越えて世界の政情不安が悪化していると言わざるを得ない。曲中のカウンドダウンがドイツ語という段になると、あまりの読みの鋭さに呆気にとられる。5曲で18分26秒とお手軽でも、的は外さず毒抜かず。つまらん大手新聞以上に中味の濃いキンクス版号外。


f0201561_19532535.jpgV.A.『チャンプルー・シングルズVol.2~平和の願い(戦争と移民)』
バラエティに富んだ内容で娯楽色の強かったVol.1に対し、本作は沖縄の大戦と社会事情を直視した選曲で占められている。16曲を通しで聴くとかなりヘヴィだが当然だろう。沖縄芸能の唄者たちが歴史の語り部となって、悲劇を後世に伝えようとしたドーナツ盤のオムニバス集なのだから。特に金城実の「PW無情」の物悲しさには言葉を失う。発売当時はまだ現役バリバリだった唄者たちの多くが鬼籍に入ってしまった。辺野古闘争が燃え盛る今、耳を傾ける意味と重さを持つ一枚だと思う。




f0201561_19535915.jpgスティーブン・スティルス『マナサス』
このアルバム、大好きで素晴らしいのだが、更に良くなっていたはずだという気がしてならない。これまでのグループやトリオ、カルテットでの、曲数などの制限付きの制作とは違い、やりたいことをやりたいメンバーで思いっきりやってしまった結果、妙に解放され過ぎて、本来はコンパクトにまとまっていたはずの曲の魅力が、冗長に流れ真空パックされ損なった感がある。もったいない…。当時の彼は、自分の持ち味を、徹底的に吐き出さなければならなかったのだろう。そう考えると、スティーブン・スティルスの音楽性にどっぷり浸れる作品であることには間違いない。
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by ekakimushi | 2016-03-05 20:00 | 音楽えかきむし | Trackback | Comments(0)
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