2017年 04月 11日 ( 1 )

先日の日曜日は、大阪の伝統芸能である人形浄瑠璃、文楽を堪能した一日となりました。私は文楽に詳しいものではないのですが、観に行くと楽しいので、たまに国立文楽劇場へ足を運びます。これまでは一部(午前開始の部)か、二部(夕方開始の部)のどちらかを観てきましたが、今回は初めて一日で両方共を観る「通し」というのを体験しました。


始まりは午前11時。幕間の休憩が30分と、今回の呼び物である豊竹英太夫さんの第六代豊竹呂太夫襲名披露口上前に10分休憩があって、終わったのがだいたい午後3時半。二部の開始は午後4時。一部と同様に幕間休憩が30分あって、終わったのが午後8時半ぐらいだったかなあ。おおよそ8時間弱の間、ずっと演目を観ていたことになります!


文楽は人形のお芝居を観、三味線の音色を楽しみ、太夫の義太夫節に聞き惚れる総合芸術なので、見所が多いと感じます。8時間弱の間じっとしていられるのは、きっとそのおかげです。しかし席が一部二部とも、舞台に向かって左端だったので、同じ方向に首を曲げていたため、最後はちょっと首が痛くなりましたよ(笑)。


文楽の魅力を語れるといいのですが、私は奥の深さまでとても忍び寄れない上っ面のファンなので、以前読んだ新聞記事を紹介させてもらって、勘弁してもらいますね(笑)。何年ほど前だったか、道頓堀のくいだおれ太郎がお役御免になったとき、その存在は一躍脚光を浴びました。まさに人間以上の扱いでした。


同じ頃の話しです。1985年の阪神タイガース優勝のどんちゃん騒ぎの中、悪ふざけをしたファンがケンタッキーフライドチキンのカーネル・サンダースの人形を道頓堀川に放り投げた事がありましたが、その人形が引き上げられたことが、ちょっとした事件として扱われました。憶えておられる方も多いでしょう。


この二つは出来事には共通点があります。どちらも人形が主役である事。そしてどちらも道頓堀界隈の出来事であること。これを偶然と片付けるなかれ、と新聞記事は伝えていました。二つの出来事の根っこには、人形浄瑠璃文楽の伝統がこの地域に深く根ざしていることと、決して無関係ではないと。千日前を歩くと、いつもあの新聞記事の斬新な視点を想い出すのです。


f0201561_20163635.jpg




















[PR]