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1991年3月から1997年4月までの6年間を、私は尼崎市で暮らしました。その間には例に漏れず1995年1月の阪神淡路大震災にも遭い、当時住んでいたボロ屋は見事に大破しました。今もその頃の暮らしを、懐かしく思い出すことがあります。私が住んでいた塚口から王中のある立花までは、距離にして約3kmほど、自転車で20分もあれば通えるところにありました。当時の王中は、今の場所から3軒ほど北にあって、厨房周りのカウンター席がメインでした。まだネットが充分に流通していない頃に、3kmも離れたこのお店を何故知っていたかというと、王中のすぐ近くに、知る人ぞ知るアーティストたちの共同アトリエがあったからです。

一度そのアトリエを覗きに行った際に、そのまま王中へ連れて行ってもらいました。その頃私は、会社に通いながら、夜や休日を絵に費やす生活をしていました。正直に言うと、創作活動という意味に置いては、かなり狭い人付き合いしかなかった。一線で活動する創り手たちと同席して話しを聞くだけで、私の枯渇した心にどれほどの潤いがあったことか。そんな作家たちの身勝手な会話を、厨房の中からニコニコしながら聞いていたのが、店主の中島さんでした。ああ、ここはいいお店だなあと、素直に思えました。

その後、音楽バンドの活動をしている友人繋がりで、再び王中の名前が耳に入ってきました。彼らは生まれも育ちも尼崎、まさにネイティブのアマガサキンチューで、十代の頃から音楽活動をやってきた人たちでした。裏日本の寂れた港街から出てきた根無し草のような私とは全く違う、地元と付かず離れずの人間関係を、ずっと継続してきた人たちでした。そんな彼らから名前の出るお店が王中だったのです。同じ地元で音楽活動をし、人生の先輩として少し先を生きている中島さんを、彼らはどこか憧れを持って見ている気配が感じられたものです。まるで、野球部の中学生が、甲子園に出ている高校生を見るような眼差しでした。

2008年の秋に、とあるライブの打ち上げに加えてもらって、私は王中にいました。その日も例の如く、夜な夜な宴会が繰り広げられていたわけです。そのとき何かの話題の拍子で、厨房の中島さんから「俺も絵に描いてほしい」という言葉が飛び出しました。そのことが私の耳にずっと残っていました。実は以前王中のH.P.に、お店の絵が掲載されていました。誰が描いたものかは知らなかったですが、とてもいい絵でした。それを見て「あ、俺も描きたい」と思っていたのです。もう10年以上も前の話しです。意は合致した!描くぞ、そう思ってから更に何年も経ちました。

結局絵が出来上ったのは、2014年の6月。随分遅くなりましたが、中島さんと、奥さんのみゆきさんは、たいそう喜んでくださいました。いろんな創り手がいた、あの共同アトリエはもう今はありません。私が一人で悶々と絵を描いていた塚口のボロ屋は、駐車場に変わりました。尼崎でバンド活動をしていた若手は今や50代後半、いろんなところへ散らばってゆきました。しかし王中へ行けば、全ては元のまま戻ってくる気がするのです。王中の席につくと、知らない過去の話しも、ついこのあいだの出来事のように共有されます。お客さんたちは、広東料理と一緒に、自分の見た夢を注文するのです。だから、出来あがった料理は、あんなに美味しいのです。

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JR神戸線の立花駅下車、線路沿い南側の道を大阪方面へ向かって8分ほど歩くと、七松線通りの踏切に。そこを右に(南に)20m下ると、広東名菜「王中」があります。手作り感を強く主張している外観は、お世辞にもスカ〜ッとしたセンスとは申しません(笑…すんません、中島さん!)。何やら曲者風、マニアック、わかる人にだけわかる、そんな言葉が浮かんできます。が、それはあくまで見た目だけの話し。気にせず扉を開けて中へ入ると、実に居心地のよい店内が貴方を迎えてくれます。

王中はこの6月10日でめでたく開店20周年を迎えた中華の名店です。このところ連日お祝いの酒盛りが続くこの中華料理店へ、私も先日お邪魔をしました。いや~、本当に楽しかった!貸し切りの宴会だったとはいえ、普通にお酒を飲むだけ、料理を味わうだけの人などほとんどいないのです。ギターにベース、簡易ドラムスに、パーカッション、アコーディオン(の原型の楽器)などを持参した人が、当たり前のように楽器を演奏し、唄とくれば、ジャンルも全く関係なしで、店内のお客さんが次から次へと持ち歌を唄う。もしもいちげんさんが入ってきたら、何の店かと思っただろうな(笑)。

実はこんな様は、王中ではそう珍しいことではなくて、夜になるとギター片手にいい気持ちで唄っている人が結構います。日によっては、お客さんのミュージシャン率が異様に高いこともあります。そのわけは、店主の中島庸斗さんからしてミュージシャンだからです。その昔、ナッツベリーファームという人気バンドのフロントマンとして鳴らした方で、私がお邪魔した日も、かつてのメンバーと共に数曲を演奏してくれました。なんでも、唄いたくて仕方がなかったとか!

このブログを読まれて興味を持たれた方、悪いことは申しません、迷わず王中を訪れて下さい。あ、れっきとした中華料理店なので、ちゃんと注文をお願いしますよ!ライブハウスではないので(笑)。と、ここまでが王中のベタな紹介です。次回は私が感じるところの、王中の真なる魅力について、熱く語りたいと思います。もうすでに熱いかもしれませんね。


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どうです?この店構え。やっぱり一癖も二癖もありますよね。看板や暖簾の書体が、実に私好みなんです。
また中華料理店にして、この配色は異端であり冒険だと思う。イエローがない!ムム、おぬし、やるな!
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恒例、でもないか(笑)。第三回午前十時の映画会が先日より始まりました。古い洋画邦画が好きな人には堪らないこの企画も、今年度で三回目を迎えました。過去のラインナップと比べると、今回は少々刺激薄という気がしないでもありません。マンネリもあるでしょうし、定番を揃え過ぎた感もあります。しかし、古典作を筆頭にした上映作品の数々は、今の新作にはない密度や気品、匂いに満ちています。行く行かないは、それぞれの人の都合に任せて、ここはひとつ、オールドファンの感傷の趣で、古き良き銀幕の世界を懐古してみて下さい。
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リトル・ダンサー
【 出演 】ジェイミー・ベル ジュリー・ウォルターズ ゲイリー・ルイス【 監督 】スティーヴン・ダルドリー 
「見たいと思っていて見逃し続けている作品。すぐに逃げてしまうので、どこかで狙って捕まえよう!」


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小さな恋のメロディ
【 出演 】 マーク・レスター、トレーシー・ハイド、ジャック・ワイルド【 監督 】 ワリス・フセイン
「子どもはいつまでも子どもではいられず、大人はいつまで経っても大人になりきれない。ジャック・ワイルド、死んじまったなあ。」


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ローマの休日
【 出演 】 オードリー・ヘップバーン、グレゴリー・ペック
【 監督 】 ウィリアム・ワイラー 
「ヘップバーンはもちろんだが、グレゴリー・ペックの渋い若さがとても眩しい。ああ、ローマは永遠なり。」


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ニュー・シネマ・パラダイス
【 出演 】 フィリップ・ノワレ、ジャック・ペラン
【 監督 】 ジュゼッペ・トルナトーレ
「何度か見ているので今回はパス。行けば、わかっていても、必ず泣くだろうし。」


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ひまわり
【 出演 】ソフィア・ローレン マルチェロ・マストロヤンニ リュドミラ・サベリーエワ 
【 監督 】ヴィットリオ・デ・シーカ
「日本では特に人気がある映画のひとつだが、今回はパス。ソフィア・ローレンものなら、『ふたりの女』を希望。」


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シェルブールの雨傘
【 出演 】カトリーヌ・ドヌ―ヴ ニーノ・カステルヌオーヴォ マルク・ミシェル 
【 監督 】ジャック・ドゥミ
「ここ数年で三回見た。男女のちょっとしたすれ違いで、お互いの人生が大きく変わってゆく。ちょっと『ひまわり』に似ているな。」


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風と共に去りぬ
【 出演 】ヴィヴィアン・リー クラーク・ゲーブル レスリー・ハワード【 監督 】ヴィクター・フレミング
「正直言って、昔からどうしても!という魅力を感じていない。超が付く巨編なのだが。今回はたぶん行かない。」


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ライアンの娘
【 出演 】ロバート・ミッチャム サラ・マイルズ トレヴァー・ハワード【 監督 】デヴィッド・リーン
「待ってました!大好きなデヴィッド・リーンの秀作。こういうのを選んでくれて嬉しい。3時間越えながら、すぐに終わった印象有り。楽しみ。」


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アフリカの女王
【 出演 】ハンブリー・ボガート キャサリン・ヘプバーン
【 監督 】ジョン・ヒューストン
「これ、まだ見たことがない。私的には今回の目玉。ジョン・ヒューストンか…ラストに悲惨な結末が待っていなければいいのだが。」



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カサブランカ
【 出演 】ハンフリー・ボガート イングリッド・バーグマン ポール・ヘンリード 
【 監督 】マイケル・カーティス
「まさに古典。画面の構図やセリフなど、まさしく古典独特の美学に満ちている。さあ、どうしよう、行くか行かないか、それが問題だ。」


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八月の鯨
【 出演 】ベティ・デイヴィス リリアン・ギッシュ ヴィンセント・プライス 
【 監督 】リンゼイ・アンダーソン
「昨年劇場で見た。初見が一番感動したなあ。主演女優二人が生きていたときに見たんだよなあ。その上ヴィンセント・プライスまで出演していたとはね。」

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恋におちたシェイクスピア
【 出演 】グウィネス・パルトロー ジョセフ・ファインズ 
【 監督 】ジョン・マッデン
「まだ見ていないのだが、今ひとつその気にならない。時代背景か、キャストが古典っぽくないからか、安いタイトルか、単に食わず嫌いか。」


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メリー・ポピンズ
【 出演 】ジュリー・アンドリュース ディック・ヴァン・ダイク デヴィッド・トムリンソン 
【 監督 】ロバート・スティーヴンソン
「ミュージカル黄金時代の作品。随分昔に大阪で見て、帰りに中古レコード屋でサントラをゲットした。このパターン、意外に多し。」


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王様と私
【 出演 】ユル・ブリンナー デボラ・カー リタ・モレノ 
【 監督 】ウォルター・ラング
「30年近く前にリバイバルで見たが、客席はガラガラだった。ユル・ブリンナーのコメディの才と立ち姿が印象に残って、この作品も帰る途中にサントラを買った。」


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ショーシャンクの空に
【 出演 】ティム・ロビンズ モーガン・フリーマン ウィリアム・サドラー 
【 監督 】フランク・ダラボン
「昔名画座で見たものの、どうもパッとしなくて。ティム・ロビンズも亡くなったことだし、もう一度トライしてみるか。しかし自力だけでは自信がないぞ…」


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エデンの東
【 出演 】ジェームズ・ディーン ジュリー・ハリス レイモンド・マッセイ 
【 監督 】エリア・カザン
「以前見たときは、ちょうど原作小説を読み終えたばかりで、スタインベックの世界とカザンの世界との違いに戸惑ったものだった。パス!」


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赤ひげ
【 出演 】三船敏郎 加山雄三 二木てるみ
【 監督 】黒澤 明
「3時間を越える作品だけに、午前十時から気合いを入れて見に行く良い機会になります。黒澤作品の中ではナイスな選択だと思う。」


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さらば友よ
【 出演 】アラン・ドロン チャールズ・ブロンソン ブリジット・フォッセー 
【 監督 】ジャン・エルマン
「これは懐かしい!アラン・ドロンが日本で全盛の頃に見たな。ブロンソンもなかなかの無骨者で、独特のダンディズムの匂い放っていた。う〜ん、マンダム。」

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駅 STATION
【 出演 】高倉健 倍賞千恵子 いしだあゆみ 
【 監督 】降旗康男
「見てないんすよ。今回は健さん追悼で選ばれたか。1981年作で出演者がまだ若く、画面だけで楽しめそうだ。」


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新幹線大爆破
【 出演 】高倉健 山本圭 宇津井健 
【 監督 】佐藤純弥
「公開当時は邦画が好きではなくて、完全にスルーしていた。今なら健さんの悪役に惹かれもするが。」


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宋家の三姉妹
【 出演 】マギー・チャン ミシェル・ヨー ヴィヴィアン・ウー 
【 監督 】メイベル・チャン
「よく知らない映画。内容も評判も。今回見るとしたら、先入観無しで見れる唯一の作品かもしれない。」


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ラストエンペラー
【 出演 】ジョン・ローン ジョアン・チェン ピーター・オトゥール 
【 監督 】ベルナルド・ベルトルッチ 
「この作品でさえも、もう古典の部類にはいるのか。ついこのあいだ、ロードショーで見た気がするのだが。ジョン・ローン、今どこで何をしているのか…」


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アパートの鍵貸します
【 出演 】 ジャック・レモン、シャーリー・マクレーン
【 監督 】 ビリー・ワイルダー
「ビリー・ワイルダーなら何でもO.K.。特にこの作品はまた見ると思う。ユーモアと洒落っ気と脚本が素晴らしい。これぞ我が心の鉄板。」



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素晴らしき哉、人生!
【 出演 】ジェームズ・スチュワート  ドナ・リード  ライオネル・バリモア 
【 監督 】フランク・キャプラ
「見ていない作品。今回の必修科目になるだろう。アメリカの良心と言われたジョームズ・スチュアートをじっくり味わってみたい。」


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グレン・ミラー物語
【 出演 】ジェームズ・スチュワート ジューン・アリソン ルイ・アームストロング 
【 監督 】アンソニー・マン
「恥ずかしい話しですが、これも見ていないのですよ。父親がサントラのレコードを持っていた。本物のジャズミュージシャンも登場するらしいので、大いに興味あり。」


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慕情
【 出演 】ジェニファー・ジョーンズ ウィリアム・ホールデン イソベル・エルソム 
【 監督 】ヘンリー・キング
「スマートだが設定に無理を感じるのと、東洋人の描き方が気になる。私だったら名画の部類には入れない。撮影当時の香港の情緒は充分に味わえる。」


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オリエント急行殺人事件
【 出演 】アルバート・フィ二ー ジャクリーン・ビセット アンソニー・パーキンス 
【 監督 】シドニー・ルメット
「中三のロードショー公開当時に拝観。この作品で初めてシドニー・ルメットの名を知った。小説とどっこいどっこいの面白さだった。野村萬斎のポワロ役の原型がここに!」

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死刑台のエレベーター
【 出演 】モーリス・ロネ ジャンヌ・モロー ジョルジュ・プージュリイ【 監督 】ルイ・マル
「幼い頃に母とテレビで見て、スリルとサスペンスに釘付け、あまりの格好良さにエラいショックを受けた。たったの1時間半の映画だったのか…。サントラのレコードは滅茶苦茶よく聴いたな。」


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東京物語
【 出演 】笠智衆 原節子 東山千栄子 
【 監督 】小津安二郎
「これも何度か見たが、やっぱり見たい。昨年尾道を歩いたので、また違った印象が生まれるかもしれない。」


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秋刀魚の味
【 出演 】岩下志麻 笠智衆 佐田啓二 
【 監督 】小津安二郎
「今見ると、昔の大人の所作の、美しいところと醜いところ両方が映し出されているのを感じる。岩下志麻の美しさには言葉を失う。」
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陳舜臣の小説を読んで影響を受けたことが幾つかあります。最大のそれは、神戸という街の魅力を吹き込まれたことです。神戸在住ということで、徹頭徹尾神戸ものの攻めが多くて(笑)、すっかり私も神戸の虜になってしまったほど。小説の場面場面で登場する市街地を歩いて回ったのは懐かしい想い出です。81年のポートピア博覧会の折には、氏の娘さんがコンパニーをされていると知って、会場で追っかけをしてしまったのは恥ずかしい想い出です?? 95年の阪神淡路大震災の時には、いち早く神戸復興へのメッセージを発し、私自身が被災していたこともあって、読んで涙がぼろぼろ出たものです。冷静な生気をいただいた気になりました。

陳舜臣の作品ジャンルで推理小説と並ぶのが歴史ものです。こちらは大作が多くて、分量情報量ともにもの凄い。『阿片戦争』『秘本三国志』『琉球の風』などが特に好きでした。作家としての力量がないと、長編歴史絵巻ものはまず手がけられないでしょうが、氏の場合はそれプラス歴史学者としての見地と知識が備わっているので、文章の創作に迷いが全く見受けられないのが素晴らしい。時間軸と世界地図とが常に頭の中で同時進行しているようなわかり易さで文章が構成されているのです。しかも賢人としての視座が極自然と作品に備わっている。オツムの足りない今の政治家たちには、氏の歴史作品を読んで少しは勉強してもらいたものです。知恵と工夫と忍耐を学ぶために。

エッセイにも見るべきものが多くて、文学や歴史の見識を持って今を語った、実に奥深い随筆が幾つもあります。表立って政治的な発言をしてこなかった氏ですが、折々の機会には鋭い政治論評の一端が伺えることもありました。1989年の天安門事件には大きく失望したようで、自らの国籍を日本籍に変更したほどでした。自身の戦争体験から、氏の根底には平和への理想追求が流れており、それは作品にも大きく反映されています。育った生い立ちから受けた差別や迫害にも目をそらすことなく、全てを受けて立って生きてきた気概が言葉に宿っていると思うのです。似合わない表現かもしれないですが、陳舜臣は気骨の作家です。

今の日本の、改憲に流れる不安定な政情を見るにつけ、作家陳舜臣が願った近隣諸国との友好な関係を取り戻してほしいと思わずにいられません。人間愛を最優先に掲げたその作品群は、今だからこそ訴えかけるものが多いと思います。人は死んだ後でも評価を受けます。陳舜臣は、少なくとも日本では相当に過小評価されていると、私は感じています。氏の評価が上がるとき、それはもしかしたら、この国が地の底に沈んで、過ちに気付いたときなのかもしれない。しかしそれでは遅い。それでは同じことの繰り返しです。そんなことをこの穏健派の作家は言いたかったに違いないと思うのです。

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31年前に福建省を訪問したときの一枚。まだ若い。後ろには盟友司馬遼太郎の姿も。私が最も陳舜臣文学にのめり込んでいた頃だ。思えばこの時分の中国は鄧小平の時代で、まだ国自体が資本主義に毒される前だ。日本はこの数年後に、空前の偽好景気へと突入していった。もう随分と昔の出来事だ。
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陳舜臣逝去の一報は、珍しく新聞で知りました。朝一番のお知らせは、あまりに突然でした。穏やかな人柄ながら、旺盛な創作活動を続けていた氏も、このところはすっかり隠居状態だったので、きっと健康状態がよろしくないのだろうなあと思ったのが、さて、もう何年も前のことだったような。今から35年ほど前に作品に出会ったのが始まりで、その間ずっと新作を発表し続けてくれた現役バリバリの作家さんだったので、本当に寂しくなるのはこれからなのかもしれません。随分たくさんの本を読ませてもらいました。私が持ってる書籍を作家別で分けたら、一番多いのがたぶんこの人だと思う。長い間どうもありがとうございました。

大学へ入った頃、司馬遼太郎の『項羽と劉邦』が新刊で発売になって、大ヒットを記録していました。流行本が好きだった私は、学校の生協で上下刊を買って、更になにかもう一冊を、と物色していたときに、当時角川文庫から出ていた『崑崙の河』という名の文庫本が目に入って、背文字買い&ついで買いとして一緒に精算をしたのです。『項羽と劉邦』は歴史人物が魅力的で、物語が流れるように展開してゆく読み易さもあって面白かった。ただ、私という読者を釣りあげることには成功したけれど、強い引っかかりを感じることはなかったのでした。今もう一度読み直したら、また感想は変わるかもしれませんが。それに比べて『崑崙の河』は、私の体内に異様な空気感を運んでしまったとでもいうか…。

『崑崙の河』は、いわゆる歴史推理ミステリー小説なのですが、当時シルクロードに憧れを持っていた私にジャストミートしてしまったのです。悠久の文明や人物像、不穏な物語を語る作者の文章の柔らかい上手さに、一発で陳舜臣ワールドへ引きずり込まれてしまいました。そしてこの一册から長いおつきあいが始まったのです。考えてみれば司馬遼太郎をメインで買ったにもかかわらず、私は陳舜臣の水路に入り込んだわけで、この2人は大阪外語大の一学年違いの盟友で、作品のジャンル・舞台も重なっています。お互いに敬意を持った仲の良い2人が、私の中で一瞬の間、道を交えて、別れていったのです。私もまだ青い青い十代でした。1980年の春のことです。

その後推理小説を中心に、陳舜臣と名のつくものなら、何でもかんでも買っては読んでいました。とにかくおもしろい。刺激だけを求めるのなら、別な作家が必要でしょうが、この作家の作品に仕組まれた人物描写や語りのスタイル、舞台設定の多様さに見られる魅力は、汲めども尽きぬ泉の如しでした。出版点数も多かったので、活字の食い盛りにもってこいの作家さんだったと思います。20代前半の私にとっては、三島由紀夫と陳舜臣の2人は、まさに生活の必需品になっていたと思います。そのくらい手元には、明けても暮れても陳舜臣本が定席を占めていました。氏の魅力を語り合える人が、周囲に誰一人としていなかったことも、案外私好みだったのかもしれません(笑)。

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この優しげな笑顔が失われたのかと思うと、胸に隙間風が吹くようだ。テレビで初めて動く姿を見たときは、思いっきり興奮した。その割にサイン会へは一度も行かなかったな。きっと文庫本や中古本を狙って買っていたからだろうな。
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『甘い生活』でのアニタが、自分の持てる資質を全て生かした初めての作品だったとしたら、1956年の『熱砂の嵐』はペラペラのハリウッドB級お色気女優の路線。いかにもテレンス・ヤング好みの世界です。スウェーデンからアメリカ映画界での成功を求めてやってきた彼女の、初めての主演作だったのですが、中味は残念な結果でした。しかしこんなチープな作品だからこそ、彼女の豊かな金髪と肉体と美貌の力だけで、一本の映画ができてしまう証明になっていると、私は大いに勘違いをしています。まだ贅肉がつく前の、しなやかなアニタの踊りが嘘臭くて最高に痺れます。1970年の『フェリーニの道化師』は、、、別にアニタでなくてもよかったかも。

ファンといいつつ、見た目の素晴らしさしかアニタに求めていない私ですが、似たようなことを横尾忠則も昔対談の中で申しておりました。美しい金髪碧眼の白人女性は、その希少性からしても、種の保存を考えた方がよいというような発言を、氏がされていたことを憶えています。そのとき具体的に挙がったのがアニタだったのです。私は膝を叩きました。結局アニタは女優ではあっても、造形美のみを求められた存在だったのです。『甘い生活』の頃の完璧な美しさや、長い手足の八頭身プロポーション像は、女性とか俳優としてというよりも、生きてある最高の美術作品として、心に訴えるものがあったと思うのです。もちろん人によってはそうは感じないかもしれませんが。

しかし人は年を取る。1987年の『インテルビスタ』では、御大フェリーニとともにアニタが登場。御歳55〜56歳ながら、すっかり老け肥え太った姿に変わり果てていました。しかも、映画の中で『甘い生活』の頃の、若い自分の姿を見て泣くシーンまであるのです。それをグロテスクと評した人もいましたが、私は白い鯨のように膨張したアニタを可憐だと思いました。ゆるやかに老い、失われた美貌を実感してもなお、演技などに頼らず存在していました。何の同情も感じさせずに、ただ乾いた涙を流す彼女。映画は残酷です。若さが失われれば、いつかは舞台を去らねばならない。なのに、自分をそのままさらけ出して、アニタは戻ってきました。言葉がありませんでした。

晩年のアニタは足の故障で、満足に出歩くことができなかったそうです。女優として評価されたとは決して言えなかった人生ですが、作品に燃え上がるような美しさを留めたまま、そして老い衰えることも生に書き換えて、永遠に姿を消しました。彼女もまた、セルロイドのヒロインだったのです。

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この十年のほど、いや、もっと長い間、ずっと思い当たることなのですが、私が心を寄せていた画家や作家や音楽家、俳優といった人たちが、どんどん亡くなってゆき、彼ら彼女らの逝去に際して、何か気の利いたことを当ブログで書きたいと思っている間に、ただ時間だけが過ぎてゆくのです。今年に入って、その流れを少しは堰き止めたい気持ちもあって、今日から六回連続で、最近亡くなられたマイ・フェイバリット・パーソンについて書きたいと思います。(日記の更新が途絶えがちなので、これをいい景気付けにしたいという思いも大いにありますが…笑。)今日はこの1月11日に亡くなったアニタ・エグバーグのことを。

アニタ・エグバーグという女優さんを、名優だ演技派だと評価する映画ファンは、そうはいないだろうと思います。むしろ、大根役者に近かったかもしれない。しかしそんじょそこらの大根役者ではない。大きなスクリーンで、人の持つ美しさを目一杯に強調してお客に訴えるのが映画というメディアの一つのあり方だとしたら、アニタ・エグバーグはその虚構の世界で最高に輝いた女優でした。彼女ほどの美しさと肉体に恵まれた女優は、そうは出て来ないと思う。映画女優ながら、彼女は演技という仕事にさほど執着していなかったのではないでしょうか。そのせいで見た目の強さがなおさら引き立った人でした。

私が初めてアニタを見たのは、テレビで深夜の時間帯にイタリアのオムニバス映画『ボッカチオ’70』の中の「アントニオ博士の誘惑」でした。フェリーニの大女趣味満載のとんでもないナンセンス映画でしたが、なんといっても巨大な人間になって暴れまくるアニタのお色気がショッキングでした。顔面の超ドアップも多く、目元の皺や化粧乗りの悪さも見て取れますが、十代の私はアニタ・エグバーグの魅力に惚れ込んでしまいました。何とふくよかで美しい女優なんだろうと。そしてその数年後に映画館で見た『甘い生活』が決定打でした。よくぞあの時期のアニタを、あんなに美しく撮ってくれたと、フェリーニと、カメラのオテッロ・マルテッリに感謝したいくらい。

『甘い生活』撮影時にはアニタはたぶん28~29歳。その美貌は絶頂期にあったと思う。とにかくめちゃくちゃに美しい。パパラッチが群がる中を、ハリウッド女優役の彼女が飛行機のタラップを降りてくるシーンは、猥雑なのに神々しいのです。アニタが演じるシルヴィアがマスコミを上から目線で軽蔑して、目一杯不機嫌そうに振る舞う姿がはまりにはまっています。有名なトレビの泉のシーンや、サングラスをかけて塔から下界を眺めるシーンは、たとえどんな演技力のある名女優にも任せられない。大根役者が一世一代のはまり役にソートされたとき、フェリーニにしか表現できない堕落した美意識の世界観がニョキッと顔を覗かせた!

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この美しさ!まさにスクリーンのアイコン。奇跡のワンショットだと思う。アニタがいなければ、果たしてフェリーニ映画はあり得ただろうか。フェリーニがいなければ、アニタはいなかったに等しいが…
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私は朝からテレビをつけるのが大っ嫌いで(静かに新聞を読みたいのです)、NHKの朝の連続テレビ小説(以下朝ドラ)は全く見ていませんでした。録画という方法もありますが、そうまでして見たいと思うわけでもなく、早い話しが全然ターン・オンしてこなかったわけです。唯一見たのは14歳ぐらいのときに放映された『水色の時』だけです。それが何を思ったか、2年前の『梅ちゃん先生』を突然見始めてからというもの、毎日録画予約をしては夜に見るサイクルを確立してしまい、今の『花子とアン』まで続けて見ています。それだけでなく、BSで再放送されている作品も同時進行で見ているので、このところ朝ドラ二本立て鑑賞の日々が続いています。変われば変わるものですね。


私が見た数少ない朝ドラは『純情きらり』『ちりとてちん』『おひさま』『梅ちゃん先生』『純と愛』『あまちゃん』『ごちそうさん』の7本、現在進行形なのが『カーネーション』と『花子とアン』の2本です。トータルしてたった9本で、作品の好みや出来不出来などもありますが、『カーネーション』は突出している印象があります。とにかく脚本が素晴らしい(特にセリフに力がある)のと、尾野真千子の演技が強力。『ちりとてちん』も最初は乗れなかったのですが、途中からグイグイ引き込まれました。『あまちゃん』はシリアスなのに荒唐無稽に近いシナリオを、破壊的なキャスティングで押し切った作品で大好きでした。


朝ドラに見向きもしなかった私が、なぜ『梅ちゃん先生』に惹かれたのかは、今もって謎です(笑)。制作発表のときから、これは見るべきであると決めていましたから。時代設定や主人公のキャラクターなどは、全く目新しいとは言えないですし、脚本だけなら他にも優れたものがあったと思います。そのときの気分が、なんとはなく、ほのぼのしてみたい、そんな欲求があったのかもしれません。ほとんど朝ドラのビギナーだった私にも、『梅ちゃん先生』は入り易い筋書きで、期待通り毎回ほのぼのさせてもらいました。若くていい役者さんの青田買いをする楽しさも理解できた次第です。主題歌だけはどうにもこうにも受け入れ難く、録画再生ではいつも飛ばしていました。あれはちょっと…。


半年という長丁場を見せるための工夫も、見ていてなるほどと感心します。あくまで15分枠で力を発揮する番組なので、放映終了後によくある総集編ものを見ると、いつも決まってがっかりします。それは仕方ないことで、ショート・ストーリーを幾つ繋いでも、長編小説になったりはしないわけですから。朝ドラとはいうものの、見るのは決まって夜。一日も終わりのほっと一息つく時刻に見る15分ドラマ。こう書くと、なかなか昭和的ですね(笑)。もしかしたら、子どもの頃にテレビの前に家族が集まって、みんなでくつろいだ気持ちを、今取り戻したいと思ったのかもしれません。


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今回の<マイ・フェイバリット・アクトレス 3>の人選をしていて、気になったことがあります。60代70代と銘打ったのはいいのですが、60代の女優さんに多く反応しているのです。明確なライン分けなどはないものの、映画やテレビドラマでの体験数が表れているのではないでしょうか。未だ現役バリバリという人が多く、この世代の女優さんが引退する頃には、きっと私も女優さん全般に、某かの興味が失せてしまうような予感がしてなりません。若くて活きのいい女優さんや、色香が漂ってくる年頃の人も捨て難いですが、長い間目にしてきたベテラン俳優が、ある日映画のスクリーンやテレビの画面から、消えるようにいなくなってしまうのは、自分の年齢を逆光で眺めているみたいで儚いです。


<岩下志麻>
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ひところテレビCMでよく目にしましたが、ここ最近は露出が減っているような印象があります。74歳で、役柄としてドンピシャというものが見当たらないのか。私の勘ぐりですが、『極道の妻たち』シリーズに出演したことで、芸幅が広がったものの、あまりに凄みのあるその役が邪魔をしているのではないでしょうか。凄みといえば『鬼畜』のお梅役は心底恐かった!冷徹な美女がこんなに似合う女優さんもいないから、いろんなタイプの作品に出演しづらくなってしまったのかもしれません。本当ならここ10年~15年の作品数が、もっとあってもいいのですが。先日久しぶりに観た『秋刀魚の味』は小津安二郎監督の遺作ですが、高度経済成長期にも日本には悠々とした時間が流れていたことを感じさせる作品で、岩下志麻が演じる快活な嫁入り前の娘役は、おそらく当時の日本の新しい女性像だったのではないでしょうか。あのときの彼女にしかできない思い切りのよさや躊躇いが溢れていたと思います。


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<酒井和歌子>

この人は変わらない。そう思った最初の女優さんが、酒井和歌子でした。私の初見は、学園もののテレビドラマ『飛び出せ!青春』の先生役でした。今64歳とのことで、当時は22〜23歳だったのですね。何と可愛らしい人だと、一目惚れしたものですが、ウチの母親が横から「この人、昔からいてはるで」と役にも立たない情報を入れてきたので(笑)、かつての出演映画など(若大将シリーズやテレビの青春もの)をチェックしていました。清純派の王道をゆく女優さんで、役柄もおっとりしたお嬢さん風の配役が多かったのではないでしょうか。元気はあるのですがバイタリティまでは感じさせない演技のせいか、どこかスケールの小さいところがあって、映画よりもむしろテレビ向きの役者さんになってしまったのかもしれません。確かに長らく変わらなかったのですが、最近「おばあちゃんはミニ丼ね」というセリフの某牛丼チェーン店のテレビCMに出演していて、あれはやめてほしいと思いました(苦笑)。




<吉永小百合>
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変わらないといえば、まさにこの人!的確な表現ではないのですが、仙人のような、年齢不詳状態のまま御歳69歳!しかもトップ女優、看板女優として50年以上走り続けてきて、今なお主演の新作映画が封切られているのですから、本当に奇跡の女優さんです。あまりに安定した俳優活動が続いているので、吉永小百合が欠落した日本映画界が容易に想像できないほど。今や日本を代表する女優さんであることに異論はありませんが、彼女に大女優の風格が備わり始めたのは、たぶん1980年代中頃の『おはん』『夢千代日記』あたりからではなかったでしょうか。その前の『細雪』ではまだ評価がそこまで達していなかった記憶があります。ということは大女優になってからすでに30年が経過しているわけですか。積み重ねたキャリアは嘘をつかないのですね。2012年の『北のカナリアたち』では、普通に40代の役をこなしていました。そして本当にそう見えることが(あの鼻声も不変!)、吉永小百合という俳優さんの底力・個性・特殊性だと感嘆した次第です。
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思い立ったが書きどきです、かどうかはわかりませんが、久しぶりにマイ・フェイバリット・アクトレスの特集をいってみたいと思います。今回は私が好きな女優さん日本編のパート3です。ついこの前パート2を書いたと思ったら、なんと一昨年の11月なんですね。びっくりしましたよ!(日記No.481、482、549、550を参照して下さい。)さて、今回の特集は60代70代の女優さんを。子どもの頃にテレビでよく見たあの人がいれば、一丁前に映画館で惚れたあの人もいたりで、なかなか難しいセレクションでした。何故あの大女優が入っていない?という声もありましょうが、ここはひとつ、勝手な選者の妄想をお許しいただくとして、見切り発車させていただきます!


<栗原小巻>
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この人、68歳なんですね。「まだ」とみるか、「もう」とみるか。キャリアの長い人ですが、私は子どもの頃から、彼女の笑顔が好きでした。笑みがとても大きい。それで何種類もの笑顔の表現が可能なのだと思う。特に満面の笑みは、大陸的だと感じます。海外での作品が多いのは、あの笑顔によるものが大きいのではないでしょうか。艶かしい役柄、毅然とした役柄、とぼけた役柄など、なんでも来いの役者さんで、冷たい美人役というよりは、女性のまろやかさや温かさ、芯の強さを上手く表現してくれます。幼い頃にテレビで見た木下恵介アワーが初見だったはずですが、まさしく輝いて見えたものです。映画では『サンダカン八番娼館 望郷』『八甲田山』『ひめゆりの塔』が印象深く、国民的女優の呼び声もありました。かつての水曜ロードショーで『風と共に去りぬ』を放映した折には、スカーレット・オハラ(ヴィヴィアン・リー)の吹き替え役をして話題になりました。芸歴が多方面に分散していることもあって、これという代表作を選び難いのが玉に傷か。良い老け役に出会ってほしいものです。


f0201561_17355965.jpg<加賀まりこ>

こちらは、な、なんと70歳ですか…。とてもそうは見えない。彼女は若い頃の作品の小悪魔的なルックスや、尖った言動がセンセーショナルだったせいで、そのキャラクターが随分後にまで影響し、芸の幅を狭めていたと思います。加賀まりこという役者を、無理に役柄に押し込もうとしているように見えた時期もあって、もったいないと感じていました。近年の年相応の役には安定感に加えて、相変わらず可愛らしさもあり、役者としての最終章へベクトルが向かっているように感じます。テレビ・映画に出演作品が多いところを見ると、今も人気が高いのではないのでしょうか。随分後になってですが、『月曜日のユカ』を劇場で見たときのショックが、私は忘れられません。もし彼女があの時期に渡仏して、当時のフランス映画界の俊英らと映画を作っていたら、と思わずにいられませんでした。そのくらいに、可憐でけだるくおしゃれだったのです。ですが、そのままつっぱり小悪魔路線で押し通していたら、たぶん、俳優としては潰れていただろうと思います。普通のおばさん役をこなす今だからこそ、彼女は生き延びたのでしょう。そう割り切った時の心境を聞いてみたい!


<宮本信子>
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一人だけおばあさん役の画像で申し訳ないですが、なんといっても朝の連ドラ『あまちゃん』での夏ばっぱ役が記憶に新しいところなので。ドタバタが多いドラマだったですが、この人の締めの演技が実に効いていました。68歳とのことで、いい感じのおばあさん役に当たったものです。夫の故伊丹十三が映画監督に進出してからの作品しか記憶にないからかもしれないですが、どちらかというと遅咲きの女優さんだと思う。しかし1984年の『お葬式』以降の活躍は、満を持した感があって、役作りに励み、しかも演技を楽しむ姿がスクリーンに溢れていました。伊丹映画に主演をし続け、女優として大輪の華を咲かせただけに、彼のショッキングな死後はかなり厳しいと思いましたが、時間を置いて見事に復活したのだから素晴らしい!夫の死後、役者としてギアチェンジをして老人役へ入っていったのではないでしょうか。バラエティ番組での出演で、天真爛漫な明るい表情と、そのまんまの天然な言動には、随分びっくりさせられましたが(笑)。
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