カテゴリ:私のお気に入り( 47 )

いつもこのブログでは、馬鹿の一つ憶えみたいに、絵に関することばかりを書いています。絵のことと、自分のことを文字にすると、素朴な息抜きになるからです。とは言ってもそればかりでは読んでいただく方も退屈だと思うので、今日は珍しく今夜の晩ご飯の画像を載っけます。って、たまたま写真に撮り甲斐のある大皿料理だったので、これは映さねばと思っただけなんですが(笑)。

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この量。若い頃なら一気に食べられたかもしれませんが、今晩は2/5ほど余りました。よって明日のお昼は天とじ丼です。それにしてもよく食べたなあ。天ぷらが御馳走だと実感するようになったのは、30代の半ばです。それまでは単なる揚げ物の一種に過ぎませんでした。天ぷらの魅力を教えてもらったのです。その人の言うようになぞるように味わうと、確かに美味しい。ああ、天ぷら。胸やけするけど、やっぱり天ぷら。


えび、いんげん、レンコン、にんじん、さつまいも、かぼちゃ、玉ねぎ、大葉、なすび。野菜がほとんどですが、天ぷらを狙って買いためていたわけでもないのに、冷蔵庫によくこれだけ上手く素材が揃っていたものです。極めつけが一昨日さんまを食べた時の、残り物の大根とスダチ。もうこれで決まり!役者が一気に集まっての天ぷら大会でした。旨かったなあ~。たまにはこんな投稿もいいもんだなあ〜(笑)。


明日の朝起きたら、きっと油で顔面テカテカですよ💦




















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なんでも書けば良いというものではないのですが、一度は書いてみたかった天下一品のラーメン。その説明をしたところで、結局は食べてみなはれ!というところに落ち着くので、天下一品(以下天一)についてみなさんがご存知であるということを前提に話を進めさせていただきます。 間違っても巷でよく見かける食レポではございませんので(笑)。

ネットで頻繁にラーメン屋さんのランキングをやっていますが、ずっと以前に見た地域別ラーメンランキングで、天一は京都府で堂々2位に入っていました。問題はそのコメント。絶賛激賞する人がいたかと思うと、5点満点で平気で1点を選ぶ人もいる。天一が病みつきになっているという人の隣に、とてもじゃないが食べれたものではないというコメントがある。この落差!これこそが天一のラーメンなのです。

私は30数年来の病みつき派です。食べる、インターバルをおいて、また無性に食べたくなる、そんな体になってしまいました。若い頃も、56歳になった今も。ところがそんな私も、以前風邪をこじらせた折に、精をつけようとでも考えたか、天一へ行ってこってりラーメンの大盛りを食べてしまい、帰宅してからモドすわクダすわで回復が大幅に遅れた時は、もう二度と食べたくないと思ったものでした。

20代の頃には、会社の上司と京都の吉祥院の天一へよく通いました。その人はやせ形のクダし易い体質で、天一へ行った翌日は必ず下痢で遅刻。課長さんから「あいつは腸が弱いんだから、行くならお前一人で行け!」とよくお目玉を食らったものです。遅刻の理由が天一にあると決めつけられるというのも凄い話です(笑)。体質的にあのスープを受け入れられない人もいるのですね。

ラーメンメインのチェーン展開をする量販店でありながら、未だにどこか得体に知れない闇ナベっぽいゲテモノ扱いを受ける天一(失礼!)。私はそこに、何でも見た目に洗練され、きれいに消毒されたものしか受け入れられない社会とは逆流する嗜好を見てしまいます。グロテスク、結構じゃないですか。ゲテモノ、大いにありです。キワモノ、なければおもしろくもなんともないじゃないですか。って、天一はごく普通のラーメン屋なんですが。

そんな天一ですから、伝説めいた話を幾つか聞いたことがあります。「こってり」の上をゆく「超こってり」なるメニューがあるとか(ネットで調べると、本当にあるそうです)、ラーメン鉢が転げてもスープがこぼれなかったとか(それに近いのを昔、物集女店で食べたことがあります)、スープの作り方を盗もうとして天一の本店のゴミを全部持って帰る輩がいたとか。

天一のラーメンを食べに行く時、ファンは「天一を食べに行く」と言います。間違っても「ラーメンを食べに行く」とは言わない。天一とはチェーン店名ではなく、もはや天一という食べ物を意味しています。そしてあのこってりスープ。「天一のスープは噛める」とは、ある有名な天一ジャンキーが発した名言です。天一の近くに引っ越して、毎晩寝る前に食べていたら、ひと月で7kg太って、医者からドクターストップがかかったというブログの主もいました。 全くどいつもこいつも、愛しいじゃないか!

吉野屋の牛丼も王将のギョーザもそうですが、かような食べ物には、お客を一種の慢性中毒症状に陥らせることを計算している節があります。時々メチャクチャに食べたくなる。そういうサイクルにお客を誘い込んでからが商売の始まりなのでしょう。独身時代が長かった私のような男は、まさに餌食に打ってつけです。

全然天一を褒めていないまま終ってしまいそうですが、私は今も北白川という言葉を見たり聞いたりすると、発作的に天一が食べたくなります。あのラーメン鉢に似た配色のお鉢を見ると、あたかもこってりスープが入っているような錯覚陥ります。本店がまだ野暮ったい店だった頃、真冬に並んで食べたあの味。洗練なんかどうでもいい。デオドラント?どっか余所へ行ってくれ!ああ、こんな文字を並べていると、近場の天一へ駆けつけたくなります。さ、それでは禁断症状が出ないうちに、今日あたり、ボチボチ食べに行くか。


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NHKの連続テレビ小説『ひよっこ』を見ています。1960年代の東京を舞台に、集団就職で上京した“金の卵” ヒロイン・谷田部みね子の成長物語です。とあるコラムに泣き所満載のドラマと書いてありましたが、この二日は評価通り泣きました(笑)。「どこに泣くところなんかあるんだ?」と思う人もいるでしょう。私にとってのキーワードは<社員寮>です。


高度経済成長期の活力ある市井の人々を核に据え、健気な生活を追うドラマは平成の世に受け入れられやすいのか、連ドラでも映画でもよく引っかかるネタです。『ひよっこ』はまさにそのもの。懐かしさ一杯に見ている人もいるでしょうが、私がターン・オンしたのは親元を離れて就職に出て社員寮に入るという設定です。


時代は違えど、私も大学を出て就職したときの住まいは会社の寮でした。入った当時は70人ぐらいいたと思う。5年までは在寮できたのですが、なぜか6年目を過ぎた人もいました。右も左もわからず世慣れしていない男は、職場でも寮でも戸惑ってばかりでした。テレビの中のみね子の波打つ心情は、まるで昨日の自分のようです。


会社の上司は「寮住まいは半人前」だとか「出稼ぎ労働者の格安ドヤ」だとかもう言いたい放題でしたが(笑)、実際のところ寮生活は楽しかったのです。会社で嫌なことあっても、毎日同じような環境の仲間と話せることで、随分救われたものです。休みの日も一緒に出かけたりして、ほとんどドラマと同じようなものでした。


若い人が親元から職場に通うのと、寮生活を送るのとでは、過ごした時間の根っこに残るものが多少違うと思う。私が過ごした5年間の寮生活が、そのまま自宅での生活に入れ替わっていたら、『ひよっこ』を見ていて、今こんなに胸がいっぱいになりはしないでしょう。寮での毎日には、喜怒哀楽や感情の起伏が目一杯詰まっていましたから。


そういえば去年の個展に、当時の同期入社した友人が来てくれました。彼も寮の仲間で、今や勤続三十数年のベテラン社員になっていました。もう数年経てば定年なんですね。びっくりしてしまいます。なんでもこの春に同期の出世頭が、遂に会社役員になったそうです。話しを聞いて懐かしいのを通り越して、ちょっとしたSF映画のストーリーを追いかけているような気持ちでしたよ。


『ひよっこ』のみね子が寮を出るとき、彼女はどんな気持ちでいるのか、今から楽しみです。そのとき、私はきっと自分が寮を出たときの春の情景を想い出すんだろうな。   

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先日の日曜日は、大阪の伝統芸能である人形浄瑠璃、文楽を堪能した一日となりました。私は文楽に詳しいものではないのですが、観に行くと楽しいので、たまに国立文楽劇場へ足を運びます。これまでは一部(午前開始の部)か、二部(夕方開始の部)のどちらかを観てきましたが、今回は初めて一日で両方共を観る「通し」というのを体験しました。


始まりは午前11時。幕間の休憩が30分と、今回の呼び物である豊竹英太夫さんの第六代豊竹呂太夫襲名披露口上前に10分休憩があって、終わったのがだいたい午後3時半。二部の開始は午後4時。一部と同様に幕間休憩が30分あって、終わったのが午後8時半ぐらいだったかなあ。おおよそ8時間弱の間、ずっと演目を観ていたことになります!


文楽は人形のお芝居を観、三味線の音色を楽しみ、太夫の義太夫節に聞き惚れる総合芸術なので、見所が多いと感じます。8時間弱の間じっとしていられるのは、きっとそのおかげです。しかし席が一部二部とも、舞台に向かって左端だったので、同じ方向に首を曲げていたため、最後はちょっと首が痛くなりましたよ(笑)。


文楽の魅力を語れるといいのですが、私は奥の深さまでとても忍び寄れない上っ面のファンなので、以前読んだ新聞記事を紹介させてもらって、勘弁してもらいますね(笑)。何年ほど前だったか、道頓堀のくいだおれ太郎がお役御免になったとき、その存在は一躍脚光を浴びました。まさに人間以上の扱いでした。


同じ頃の話しです。1985年の阪神タイガース優勝のどんちゃん騒ぎの中、悪ふざけをしたファンがケンタッキーフライドチキンのカーネル・サンダースの人形を道頓堀川に放り投げた事がありましたが、その人形が引き上げられたことが、ちょっとした事件として扱われました。憶えておられる方も多いでしょう。


この二つは出来事には共通点があります。どちらも人形が主役である事。そしてどちらも道頓堀界隈の出来事であること。これを偶然と片付けるなかれ、と新聞記事は伝えていました。二つの出来事の根っこには、人形浄瑠璃文楽の伝統がこの地域に深く根ざしていることと、決して無関係ではないと。千日前を歩くと、いつもあの新聞記事の斬新な視点を想い出すのです。


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『人生フルーツ』という映画を観ました。新聞で記事を読んで面白そうだなと思ったのですが、たぶん観に行かないだろうなという気がしました。(そういう類いの映画が私にはあるのです。)ところが先日友人がこの映画に出会って、以前からいろいろ考えていたことと合致する内容が多かった旨をメールで送ってくれました。是非観るべきであると。読んでいるとどうしても観たくなってきて、唐突に出かけたわけです。友人は映画関係者ではないのですが、こちらの気持ちを湧き立たせるに充分な情報を与えてくれたのですね。こんないいサポーターを持ったなんて、『人生フルーツ』は幸運な映画です。


以下は『人生フルーツ』の公式サイト(http://life-is-fruity.com/)の作品解説からです。


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愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウンの一隅。雑木林に囲まれた一軒の平屋。それは建築家の津端修一さんが、師であるアントニン・レーモンドの自邸に倣って建てた家。四季折々、キッチンガーデンを彩る70種の野菜と50種の果実が、妻・英子さんの手で美味しいごちそうに変わります。刺繍や編み物から機織りまで、何でもこなす英子さん。ふたりは、たがいの名を「さん付け」で呼び合います。長年連れ添った夫婦の暮らしは、細やかな気遣いと工夫に満ちていました。そう、「家は、暮らしの宝石箱でなくてはいけない」とは、モダニズムの巨匠ル・コルビュジエの言葉です。


かつて日本住宅公団のエースだった修一さんは、阿佐ヶ谷住宅や多摩平団地などの都市計画に携わってきました。1960年代、風の通り道となる雑木林を残し、自然との共生を目指したニュータウンを計画。けれど、経済優先の時代はそれを許さず、完成したのは理想とはほど遠い無機質な大規模団地。修一さんは、それまでの仕事から距離を置き、自ら手がけたニュータウンに土地を買い、家を建て、雑木林を育てはじめましたーー。あれから50年、ふたりはコツコツ、ゆっくりと時をためてきました。そして、90歳になった修一さんに新たな仕事の依頼がやってきます。


 本作は東海テレビドキュメンタリー劇場第10弾。ナレーションをつとめるのは女優・樹木希林。ふたりの来し方と暮らしから、この国がある時代に諦めてしまった本当の豊かさへの深い思索の旅が、ゆっくりとはじまります。

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お二人の生き方が丁寧だと思いました。そしてできれば私も、そのようにありたいと感じる生活です。共感する人はきっと多いでしょう。『人生フルーツ』は単館ロードショーながら、ヒット中とのことです。関西では十三の第七藝術劇場で上映中です。興味のある方は是非どうぞ。


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1991年3月から1997年4月までの6年間を、私は尼崎市で暮らしました。その間には例に漏れず1995年1月の阪神淡路大震災にも遭い、当時住んでいたボロ屋は見事に大破しました。今もその頃の暮らしを、懐かしく思い出すことがあります。私が住んでいた塚口から王中のある立花までは、距離にして約3kmほど、自転車で20分もあれば通えるところにありました。当時の王中は、今の場所から3軒ほど北にあって、厨房周りのカウンター席がメインでした。まだネットが充分に流通していない頃に、3kmも離れたこのお店を何故知っていたかというと、王中のすぐ近くに、知る人ぞ知るアーティストたちの共同アトリエがあったからです。

一度そのアトリエを覗きに行った際に、そのまま王中へ連れて行ってもらいました。その頃私は、会社に通いながら、夜や休日を絵に費やす生活をしていました。正直に言うと、創作活動という意味に置いては、かなり狭い人付き合いしかなかった。一線で活動する創り手たちと同席して話しを聞くだけで、私の枯渇した心にどれほどの潤いがあったことか。そんな作家たちの身勝手な会話を、厨房の中からニコニコしながら聞いていたのが、店主の中島さんでした。ああ、ここはいいお店だなあと、素直に思えました。

その後、音楽バンドの活動をしている友人繋がりで、再び王中の名前が耳に入ってきました。彼らは生まれも育ちも尼崎、まさにネイティブのアマガサキンチューで、十代の頃から音楽活動をやってきた人たちでした。裏日本の寂れた港街から出てきた根無し草のような私とは全く違う、地元と付かず離れずの人間関係を、ずっと継続してきた人たちでした。そんな彼らから名前の出るお店が王中だったのです。同じ地元で音楽活動をし、人生の先輩として少し先を生きている中島さんを、彼らはどこか憧れを持って見ている気配が感じられたものです。まるで、野球部の中学生が、甲子園に出ている高校生を見るような眼差しでした。

2008年の秋に、とあるライブの打ち上げに加えてもらって、私は王中にいました。その日も例の如く、夜な夜な宴会が繰り広げられていたわけです。そのとき何かの話題の拍子で、厨房の中島さんから「俺も絵に描いてほしい」という言葉が飛び出しました。そのことが私の耳にずっと残っていました。実は以前王中のH.P.に、お店の絵が掲載されていました。誰が描いたものかは知らなかったですが、とてもいい絵でした。それを見て「あ、俺も描きたい」と思っていたのです。もう10年以上も前の話しです。意は合致した!描くぞ、そう思ってから更に何年も経ちました。

結局絵が出来上ったのは、2014年の6月。随分遅くなりましたが、中島さんと、奥さんのみゆきさんは、たいそう喜んでくださいました。いろんな創り手がいた、あの共同アトリエはもう今はありません。私が一人で悶々と絵を描いていた塚口のボロ屋は、駐車場に変わりました。尼崎でバンド活動をしていた若手は今や50代後半、いろんなところへ散らばってゆきました。しかし王中へ行けば、全ては元のまま戻ってくる気がするのです。王中の席につくと、知らない過去の話しも、ついこのあいだの出来事のように共有されます。お客さんたちは、広東料理と一緒に、自分の見た夢を注文するのです。だから、出来あがった料理は、あんなに美味しいのです。

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JR神戸線の立花駅下車、線路沿い南側の道を大阪方面へ向かって8分ほど歩くと、七松線通りの踏切に。そこを右に(南に)20m下ると、広東名菜「王中」があります。手作り感を強く主張している外観は、お世辞にもスカ〜ッとしたセンスとは申しません(笑…すんません、中島さん!)。何やら曲者風、マニアック、わかる人にだけわかる、そんな言葉が浮かんできます。が、それはあくまで見た目だけの話し。気にせず扉を開けて中へ入ると、実に居心地のよい店内が貴方を迎えてくれます。

王中はこの6月10日でめでたく開店20周年を迎えた中華の名店です。このところ連日お祝いの酒盛りが続くこの中華料理店へ、私も先日お邪魔をしました。いや~、本当に楽しかった!貸し切りの宴会だったとはいえ、普通にお酒を飲むだけ、料理を味わうだけの人などほとんどいないのです。ギターにベース、簡易ドラムスに、パーカッション、アコーディオン(の原型の楽器)などを持参した人が、当たり前のように楽器を演奏し、唄とくれば、ジャンルも全く関係なしで、店内のお客さんが次から次へと持ち歌を唄う。もしもいちげんさんが入ってきたら、何の店かと思っただろうな(笑)。

実はこんな様は、王中ではそう珍しいことではなくて、夜になるとギター片手にいい気持ちで唄っている人が結構います。日によっては、お客さんのミュージシャン率が異様に高いこともあります。そのわけは、店主の中島庸斗さんからしてミュージシャンだからです。その昔、ナッツベリーファームという人気バンドのフロントマンとして鳴らした方で、私がお邪魔した日も、かつてのメンバーと共に数曲を演奏してくれました。なんでも、唄いたくて仕方がなかったとか!

このブログを読まれて興味を持たれた方、悪いことは申しません、迷わず王中を訪れて下さい。あ、れっきとした中華料理店なので、ちゃんと注文をお願いしますよ!ライブハウスではないので(笑)。と、ここまでが王中のベタな紹介です。次回は私が感じるところの、王中の真なる魅力について、熱く語りたいと思います。もうすでに熱いかもしれませんね。


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どうです?この店構え。やっぱり一癖も二癖もありますよね。看板や暖簾の書体が、実に私好みなんです。
また中華料理店にして、この配色は異端であり冒険だと思う。イエローがない!ムム、おぬし、やるな!
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恒例、でもないか(笑)。第三回午前十時の映画会が先日より始まりました。古い洋画邦画が好きな人には堪らないこの企画も、今年度で三回目を迎えました。過去のラインナップと比べると、今回は少々刺激薄という気がしないでもありません。マンネリもあるでしょうし、定番を揃え過ぎた感もあります。しかし、古典作を筆頭にした上映作品の数々は、今の新作にはない密度や気品、匂いに満ちています。行く行かないは、それぞれの人の都合に任せて、ここはひとつ、オールドファンの感傷の趣で、古き良き銀幕の世界を懐古してみて下さい。
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リトル・ダンサー
【 出演 】ジェイミー・ベル ジュリー・ウォルターズ ゲイリー・ルイス【 監督 】スティーヴン・ダルドリー 
「見たいと思っていて見逃し続けている作品。すぐに逃げてしまうので、どこかで狙って捕まえよう!」


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小さな恋のメロディ
【 出演 】 マーク・レスター、トレーシー・ハイド、ジャック・ワイルド【 監督 】 ワリス・フセイン
「子どもはいつまでも子どもではいられず、大人はいつまで経っても大人になりきれない。ジャック・ワイルド、死んじまったなあ。」


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ローマの休日
【 出演 】 オードリー・ヘップバーン、グレゴリー・ペック
【 監督 】 ウィリアム・ワイラー 
「ヘップバーンはもちろんだが、グレゴリー・ペックの渋い若さがとても眩しい。ああ、ローマは永遠なり。」


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ニュー・シネマ・パラダイス
【 出演 】 フィリップ・ノワレ、ジャック・ペラン
【 監督 】 ジュゼッペ・トルナトーレ
「何度か見ているので今回はパス。行けば、わかっていても、必ず泣くだろうし。」


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ひまわり
【 出演 】ソフィア・ローレン マルチェロ・マストロヤンニ リュドミラ・サベリーエワ 
【 監督 】ヴィットリオ・デ・シーカ
「日本では特に人気がある映画のひとつだが、今回はパス。ソフィア・ローレンものなら、『ふたりの女』を希望。」


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シェルブールの雨傘
【 出演 】カトリーヌ・ドヌ―ヴ ニーノ・カステルヌオーヴォ マルク・ミシェル 
【 監督 】ジャック・ドゥミ
「ここ数年で三回見た。男女のちょっとしたすれ違いで、お互いの人生が大きく変わってゆく。ちょっと『ひまわり』に似ているな。」


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風と共に去りぬ
【 出演 】ヴィヴィアン・リー クラーク・ゲーブル レスリー・ハワード【 監督 】ヴィクター・フレミング
「正直言って、昔からどうしても!という魅力を感じていない。超が付く巨編なのだが。今回はたぶん行かない。」


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ライアンの娘
【 出演 】ロバート・ミッチャム サラ・マイルズ トレヴァー・ハワード【 監督 】デヴィッド・リーン
「待ってました!大好きなデヴィッド・リーンの秀作。こういうのを選んでくれて嬉しい。3時間越えながら、すぐに終わった印象有り。楽しみ。」


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アフリカの女王
【 出演 】ハンブリー・ボガート キャサリン・ヘプバーン
【 監督 】ジョン・ヒューストン
「これ、まだ見たことがない。私的には今回の目玉。ジョン・ヒューストンか…ラストに悲惨な結末が待っていなければいいのだが。」



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カサブランカ
【 出演 】ハンフリー・ボガート イングリッド・バーグマン ポール・ヘンリード 
【 監督 】マイケル・カーティス
「まさに古典。画面の構図やセリフなど、まさしく古典独特の美学に満ちている。さあ、どうしよう、行くか行かないか、それが問題だ。」


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八月の鯨
【 出演 】ベティ・デイヴィス リリアン・ギッシュ ヴィンセント・プライス 
【 監督 】リンゼイ・アンダーソン
「昨年劇場で見た。初見が一番感動したなあ。主演女優二人が生きていたときに見たんだよなあ。その上ヴィンセント・プライスまで出演していたとはね。」

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恋におちたシェイクスピア
【 出演 】グウィネス・パルトロー ジョセフ・ファインズ 
【 監督 】ジョン・マッデン
「まだ見ていないのだが、今ひとつその気にならない。時代背景か、キャストが古典っぽくないからか、安いタイトルか、単に食わず嫌いか。」


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メリー・ポピンズ
【 出演 】ジュリー・アンドリュース ディック・ヴァン・ダイク デヴィッド・トムリンソン 
【 監督 】ロバート・スティーヴンソン
「ミュージカル黄金時代の作品。随分昔に大阪で見て、帰りに中古レコード屋でサントラをゲットした。このパターン、意外に多し。」


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王様と私
【 出演 】ユル・ブリンナー デボラ・カー リタ・モレノ 
【 監督 】ウォルター・ラング
「30年近く前にリバイバルで見たが、客席はガラガラだった。ユル・ブリンナーのコメディの才と立ち姿が印象に残って、この作品も帰る途中にサントラを買った。」


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ショーシャンクの空に
【 出演 】ティム・ロビンズ モーガン・フリーマン ウィリアム・サドラー 
【 監督 】フランク・ダラボン
「昔名画座で見たものの、どうもパッとしなくて。ティム・ロビンズも亡くなったことだし、もう一度トライしてみるか。しかし自力だけでは自信がないぞ…」


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エデンの東
【 出演 】ジェームズ・ディーン ジュリー・ハリス レイモンド・マッセイ 
【 監督 】エリア・カザン
「以前見たときは、ちょうど原作小説を読み終えたばかりで、スタインベックの世界とカザンの世界との違いに戸惑ったものだった。パス!」


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赤ひげ
【 出演 】三船敏郎 加山雄三 二木てるみ
【 監督 】黒澤 明
「3時間を越える作品だけに、午前十時から気合いを入れて見に行く良い機会になります。黒澤作品の中ではナイスな選択だと思う。」


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さらば友よ
【 出演 】アラン・ドロン チャールズ・ブロンソン ブリジット・フォッセー 
【 監督 】ジャン・エルマン
「これは懐かしい!アラン・ドロンが日本で全盛の頃に見たな。ブロンソンもなかなかの無骨者で、独特のダンディズムの匂い放っていた。う〜ん、マンダム。」

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駅 STATION
【 出演 】高倉健 倍賞千恵子 いしだあゆみ 
【 監督 】降旗康男
「見てないんすよ。今回は健さん追悼で選ばれたか。1981年作で出演者がまだ若く、画面だけで楽しめそうだ。」


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新幹線大爆破
【 出演 】高倉健 山本圭 宇津井健 
【 監督 】佐藤純弥
「公開当時は邦画が好きではなくて、完全にスルーしていた。今なら健さんの悪役に惹かれもするが。」


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宋家の三姉妹
【 出演 】マギー・チャン ミシェル・ヨー ヴィヴィアン・ウー 
【 監督 】メイベル・チャン
「よく知らない映画。内容も評判も。今回見るとしたら、先入観無しで見れる唯一の作品かもしれない。」


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ラストエンペラー
【 出演 】ジョン・ローン ジョアン・チェン ピーター・オトゥール 
【 監督 】ベルナルド・ベルトルッチ 
「この作品でさえも、もう古典の部類にはいるのか。ついこのあいだ、ロードショーで見た気がするのだが。ジョン・ローン、今どこで何をしているのか…」


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アパートの鍵貸します
【 出演 】 ジャック・レモン、シャーリー・マクレーン
【 監督 】 ビリー・ワイルダー
「ビリー・ワイルダーなら何でもO.K.。特にこの作品はまた見ると思う。ユーモアと洒落っ気と脚本が素晴らしい。これぞ我が心の鉄板。」



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素晴らしき哉、人生!
【 出演 】ジェームズ・スチュワート  ドナ・リード  ライオネル・バリモア 
【 監督 】フランク・キャプラ
「見ていない作品。今回の必修科目になるだろう。アメリカの良心と言われたジョームズ・スチュアートをじっくり味わってみたい。」


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グレン・ミラー物語
【 出演 】ジェームズ・スチュワート ジューン・アリソン ルイ・アームストロング 
【 監督 】アンソニー・マン
「恥ずかしい話しですが、これも見ていないのですよ。父親がサントラのレコードを持っていた。本物のジャズミュージシャンも登場するらしいので、大いに興味あり。」


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慕情
【 出演 】ジェニファー・ジョーンズ ウィリアム・ホールデン イソベル・エルソム 
【 監督 】ヘンリー・キング
「スマートだが設定に無理を感じるのと、東洋人の描き方が気になる。私だったら名画の部類には入れない。撮影当時の香港の情緒は充分に味わえる。」


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オリエント急行殺人事件
【 出演 】アルバート・フィ二ー ジャクリーン・ビセット アンソニー・パーキンス 
【 監督 】シドニー・ルメット
「中三のロードショー公開当時に拝観。この作品で初めてシドニー・ルメットの名を知った。小説とどっこいどっこいの面白さだった。野村萬斎のポワロ役の原型がここに!」

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死刑台のエレベーター
【 出演 】モーリス・ロネ ジャンヌ・モロー ジョルジュ・プージュリイ【 監督 】ルイ・マル
「幼い頃に母とテレビで見て、スリルとサスペンスに釘付け、あまりの格好良さにエラいショックを受けた。たったの1時間半の映画だったのか…。サントラのレコードは滅茶苦茶よく聴いたな。」


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東京物語
【 出演 】笠智衆 原節子 東山千栄子 
【 監督 】小津安二郎
「これも何度か見たが、やっぱり見たい。昨年尾道を歩いたので、また違った印象が生まれるかもしれない。」


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秋刀魚の味
【 出演 】岩下志麻 笠智衆 佐田啓二 
【 監督 】小津安二郎
「今見ると、昔の大人の所作の、美しいところと醜いところ両方が映し出されているのを感じる。岩下志麻の美しさには言葉を失う。」
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陳舜臣の小説を読んで影響を受けたことが幾つかあります。最大のそれは、神戸という街の魅力を吹き込まれたことです。神戸在住ということで、徹頭徹尾神戸ものの攻めが多くて(笑)、すっかり私も神戸の虜になってしまったほど。小説の場面場面で登場する市街地を歩いて回ったのは懐かしい想い出です。81年のポートピア博覧会の折には、氏の娘さんがコンパニーをされていると知って、会場で追っかけをしてしまったのは恥ずかしい想い出です?? 95年の阪神淡路大震災の時には、いち早く神戸復興へのメッセージを発し、私自身が被災していたこともあって、読んで涙がぼろぼろ出たものです。冷静な生気をいただいた気になりました。

陳舜臣の作品ジャンルで推理小説と並ぶのが歴史ものです。こちらは大作が多くて、分量情報量ともにもの凄い。『阿片戦争』『秘本三国志』『琉球の風』などが特に好きでした。作家としての力量がないと、長編歴史絵巻ものはまず手がけられないでしょうが、氏の場合はそれプラス歴史学者としての見地と知識が備わっているので、文章の創作に迷いが全く見受けられないのが素晴らしい。時間軸と世界地図とが常に頭の中で同時進行しているようなわかり易さで文章が構成されているのです。しかも賢人としての視座が極自然と作品に備わっている。オツムの足りない今の政治家たちには、氏の歴史作品を読んで少しは勉強してもらいたものです。知恵と工夫と忍耐を学ぶために。

エッセイにも見るべきものが多くて、文学や歴史の見識を持って今を語った、実に奥深い随筆が幾つもあります。表立って政治的な発言をしてこなかった氏ですが、折々の機会には鋭い政治論評の一端が伺えることもありました。1989年の天安門事件には大きく失望したようで、自らの国籍を日本籍に変更したほどでした。自身の戦争体験から、氏の根底には平和への理想追求が流れており、それは作品にも大きく反映されています。育った生い立ちから受けた差別や迫害にも目をそらすことなく、全てを受けて立って生きてきた気概が言葉に宿っていると思うのです。似合わない表現かもしれないですが、陳舜臣は気骨の作家です。

今の日本の、改憲に流れる不安定な政情を見るにつけ、作家陳舜臣が願った近隣諸国との友好な関係を取り戻してほしいと思わずにいられません。人間愛を最優先に掲げたその作品群は、今だからこそ訴えかけるものが多いと思います。人は死んだ後でも評価を受けます。陳舜臣は、少なくとも日本では相当に過小評価されていると、私は感じています。氏の評価が上がるとき、それはもしかしたら、この国が地の底に沈んで、過ちに気付いたときなのかもしれない。しかしそれでは遅い。それでは同じことの繰り返しです。そんなことをこの穏健派の作家は言いたかったに違いないと思うのです。

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31年前に福建省を訪問したときの一枚。まだ若い。後ろには盟友司馬遼太郎の姿も。私が最も陳舜臣文学にのめり込んでいた頃だ。思えばこの時分の中国は鄧小平の時代で、まだ国自体が資本主義に毒される前だ。日本はこの数年後に、空前の偽好景気へと突入していった。もう随分と昔の出来事だ。
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陳舜臣逝去の一報は、珍しく新聞で知りました。朝一番のお知らせは、あまりに突然でした。穏やかな人柄ながら、旺盛な創作活動を続けていた氏も、このところはすっかり隠居状態だったので、きっと健康状態がよろしくないのだろうなあと思ったのが、さて、もう何年も前のことだったような。今から35年ほど前に作品に出会ったのが始まりで、その間ずっと新作を発表し続けてくれた現役バリバリの作家さんだったので、本当に寂しくなるのはこれからなのかもしれません。随分たくさんの本を読ませてもらいました。私が持ってる書籍を作家別で分けたら、一番多いのがたぶんこの人だと思う。長い間どうもありがとうございました。

大学へ入った頃、司馬遼太郎の『項羽と劉邦』が新刊で発売になって、大ヒットを記録していました。流行本が好きだった私は、学校の生協で上下刊を買って、更になにかもう一冊を、と物色していたときに、当時角川文庫から出ていた『崑崙の河』という名の文庫本が目に入って、背文字買い&ついで買いとして一緒に精算をしたのです。『項羽と劉邦』は歴史人物が魅力的で、物語が流れるように展開してゆく読み易さもあって面白かった。ただ、私という読者を釣りあげることには成功したけれど、強い引っかかりを感じることはなかったのでした。今もう一度読み直したら、また感想は変わるかもしれませんが。それに比べて『崑崙の河』は、私の体内に異様な空気感を運んでしまったとでもいうか…。

『崑崙の河』は、いわゆる歴史推理ミステリー小説なのですが、当時シルクロードに憧れを持っていた私にジャストミートしてしまったのです。悠久の文明や人物像、不穏な物語を語る作者の文章の柔らかい上手さに、一発で陳舜臣ワールドへ引きずり込まれてしまいました。そしてこの一册から長いおつきあいが始まったのです。考えてみれば司馬遼太郎をメインで買ったにもかかわらず、私は陳舜臣の水路に入り込んだわけで、この2人は大阪外語大の一学年違いの盟友で、作品のジャンル・舞台も重なっています。お互いに敬意を持った仲の良い2人が、私の中で一瞬の間、道を交えて、別れていったのです。私もまだ青い青い十代でした。1980年の春のことです。

その後推理小説を中心に、陳舜臣と名のつくものなら、何でもかんでも買っては読んでいました。とにかくおもしろい。刺激だけを求めるのなら、別な作家が必要でしょうが、この作家の作品に仕組まれた人物描写や語りのスタイル、舞台設定の多様さに見られる魅力は、汲めども尽きぬ泉の如しでした。出版点数も多かったので、活字の食い盛りにもってこいの作家さんだったと思います。20代前半の私にとっては、三島由紀夫と陳舜臣の2人は、まさに生活の必需品になっていたと思います。そのくらい手元には、明けても暮れても陳舜臣本が定席を占めていました。氏の魅力を語り合える人が、周囲に誰一人としていなかったことも、案外私好みだったのかもしれません(笑)。

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この優しげな笑顔が失われたのかと思うと、胸に隙間風が吹くようだ。テレビで初めて動く姿を見たときは、思いっきり興奮した。その割にサイン会へは一度も行かなかったな。きっと文庫本や中古本を狙って買っていたからだろうな。
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