カテゴリ:絵のこと( 756 )

8年前に お好み焼きの絵本を描きました

食べ物の絵を描くのは得意なので 作業中はとても楽しくて

美味しそうに描くのなら 

食べたい!という気持ちで臨むのが 良いに決まっているので 

お腹を減らせたままで 描くのがベストだと思います

しかし描いている間中 ずっと空きっ腹では堪らない 

ただでさえ空腹には弱くて よく食べる方なので


結局食べ物を描く身体に 100%はなりきれないまま 

お好み焼きの絵本の 作画は終ってしまいました 

それでも途中 あまりの空腹に 手が痺れてきたので

それなりに頑張った方だと思う  

きっと血糖値かなにかが 下がったのでしょう 

もしかしたら あそこからが勝負どころだったのではないか?

という気が しないでもないですが 

勝負してもあっさり 負けてしまったのではないでしょうか

どうも空腹には 勝ち目がないみたいです


そのお好み焼き 

大衆的な食べ物なので アレンジも多彩

知り合いにもお好み焼きにうるさいのが 結構います

食べる時に あれこれ一言あるのです

しかし私は一言どころか 全く執着がない

お好み焼きの定食が 食べられるようになってから

まだ20年も 経っていないと思う

お好み焼きをおかずにして 白ご飯を食べるのは 今も苦手で…

ちょっと濃いパンをおかずにして ご飯を食べているような気がするからです

私は お好み焼きは お好み焼きだけで完結したいです


こんなお好み焼き度の高くない私が 絵を描くのだから 

絵本を描く前は 一応実体験も必要だと思い 

お店へ2回食べに行き 家でも2回作ってもらいました 

旨いな お好み焼きって(笑) 

鰹節を乗せるの いったい誰が考えたのか? 素晴らしいアイデア!

熱で踊る鰹節を見ていると 俄然食い意地も燃え踊る 

お店なら 暖簾とか 鉄板とか 油敷きの汚れているのが好きです

なんでもデオドラント化すれば いいというものではないです


そうだなあ もう何枚か 食べてから描いた方が 良かったのかなぁ… あの絵本


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ブログやf.b.やツイッターでいろいろな情報を発信することは、自分の動向を世に流布することでもあります。先日ある人とお会いした折に、私のドタバタな行動を「大丈夫ですか?」と心配されました。あ、そうか、この人は私が無計画な動き方をしていたことを知っているんだ。両者で共有された情報があって、それを踏まえた上で会話が始まっているから、話しが早い。

常々思うのですが、私らがネット機能を使って恩恵を感じるとき、それは省かれた無駄を見るときであって、時間や手間をかけずに済む効用があったときだと思う。その人との会話にも、一から説明のやりとりをしないでも、感想だけで事足りる、そんな省かれた前提があります。近道を歩くことですんなりわかりあえたのです

近道は私らをどこまで楽に運んでくれるのでしょうね。


「海はチャプチャプ」

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「ソワソワ」

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「ざわめく庭」

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「地図」

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「二人だけのデート」

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「廃線トンネルの中から」

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「感じる下敷き4」

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「清流」

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「 レターセット」

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「バラ園」

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「浴槽」

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「島々清しゃ」

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「チェッカーフラッグ」

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「花の素顔はグロテスク」

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「お花屋さん」 
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先日の日曜日にギャラリーヴィーさんでの『はしをわたってしらないまちへ』原画展が無事終了いたしました。大変遅くなりましたが、来廊くださったみなさまに感謝しております。どうもありがとうございました。いつもの個展でしたらお礼のハガキを書くのですが、今回は時間を都合できずで、このブログにての挨拶で代えさせていただきます。ご了承ください。


絵本の発売に合わせた原画展というのは随分久しぶりです。そのせいか、いろいろ感ずるところがありました。ちょっと並べてみますね。


1.原画の発色と刷り本のそれとの違いを挙げる方。 

〜これは概ね原画の発色が刷り本上では再現されていないとの指摘でした。絵の具の色がそのまま印刷の色になってくれるといいのですが、印刷では基本的にCMYKの4色の掛け合わせで色を作りますから、無制限に色数をつけられる絵の具と違って、再現できない色もあります。思ったようにならない色を印刷屋さんと協議して、できるだけ近づけてゆく色校正でもかなり労力を割いたのですが、今回の絵本はそのあたりが難しかった。本来原画展は原画の良さを味わっていただきたいと思って実施するのですが、その言葉を裏返すと、原画があるがゆえに印刷物への失望に繋がってしまうことにもなると実感しました。


2.参考にと思って陳列したダミー本への関心が高かったこと。

〜何の参考かというと、ギャラリーヴィーさんで行われている絵本塾に通う生徒さんたちの、絵本制作の参考になればと思って。絵本作りをしない一般の読者の方もダミー本への関心は強く、5稿までの各ダミー本での進展に見られる変化に注目されたようです。その中で、編集者(つまり出版社)サイドからの要請に、作者側が付き合わされて描き直しているという見方が多かった。一概にそうとは言えないのです。いろんな条件で変化してできあがったものなので。しかし、ものがそこにあって、何の注釈もなければ、企業が一個人の創造性を圧しているというストーリーになって受け取られてゆくこともあるのだなと思いました。


今後再び原画展をする機会がありましたら、今回感じたことを活かして、更に良いものを目指したいと考えます。お越し下さったみなさま、本当にありがとうございました。


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(ギャラリーヴィーさんのツイッター投稿よりお借りした画像です。)



















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早いもので新刊絵本『はしをわたってしらないまちへ』特集も今日が最終回。となれば、最もお世話になった編集者さんについて語らないわけにはいきません。担当していただいた編集者Iさんとは、2009年に東京の青山にあるギャラリーオーパさんで個展をした際に、初めてお会いしました。実はそのとき、I さんの上司の方が先に見にきて下さり、福音館書店さんの名前とその方の貫禄にビビりっぱなしで、後日I さんが登場されたときは少々腑抜けになっていたのですよ。恥ずかしいなあ。しかしですよ、「福音館書店」というのは、それはもう…


文章を担当した高科さん曰く「ゴホンといえば龍角散 絵本といえば福音館」古いなあ、この人(笑)。しかしそれぐらい、福音館書店さんは、少なくとも私にとっては、超一流の作品を永きに渡って生み出してきた、絵本界の強力な泉なのです。『ぐりとぐら』『おおきなかぶ』『きんぎょがにげた』『ごろごろ にゃーん』『こんとあき』『だいちゃんとうみ』『プンクマインチャ』『やっぱりおおかみ』『エンソくん きしゃにのる』『だくちる だくちる』等々、ちょっと挙げただけでも目眩がしそうなぐらいの、キラ星の如く光り輝く古典・名作の数々!


更に言うと、私にとって福音館書店さんからペーパーバック形式のこどものともが出版になるというのは、1950年代60年代のアメリカ南部のチトリンサーキットでワンナイトスタンドを続けていた黒人ローカルシンガーが、或る日名門アトランティックレコードからシングル盤が出ることになりました、というのに等しいのです。(まさしくジョー・テックス!)え?わからないですか?そうか、、、わかる人にだけしかわからない例えですみません(笑)。そういえば同じことをI さんにも話したのですが、ほとんど意味が伝わっていませんでした💦


そのくらい福音館書店さんは、私にとっては憧れの出版社でした。その会社の編集者I さんと一から作品を創ることができる喜びは、大きなやる気に繋がっていました。幾度となく変更や訂正を提案されても、嫌々引き受けたことは一度もなかったと思う。I さんの穏やかな物言いの力も大きかった。(妙に納得してしまう!)またあくまで編集部での総意として、作品を読み取っての提案が戻ってくるので、創る側にとって外圧のように感じることが少なく、全方位型の絵本を目指して知らない間に福音館書店流ベルトコンベアに乗っかっていた私でした。


もしI さんがこの本を引き受けてくれなかったら、私はエージェンシーとして(笑)今もあちこち売り込みをせねばならなかったかもしれない。原画を描き終えたときよりも、出版物が無事仕上がったときよりも、私はI さんから一緒にやりましょうと電話をもらったときのほうがずっと嬉しかった!(心臓が一瞬不整脈を打った気がしましたもん。)3人で歩いたしまなみ海道の旅は、本当に楽しかったです。打ち合わせで何度も個展に来ていただき、原画の引き取りや返却、色校正の際もお世話になり、本当に頭が上がりません。どうもありがとうございました。感謝いたします。Iさんのおかげで、私は福音館書店さんから絵本を出したつくり手になることができました。これって、遠い昔にみた夢だったんだ…   


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楽しかったなあ。
この絵本を作っている間、ずっと楽しかった気がする。
絵本の世界からご褒美をもらったような時間だった。





















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新刊絵本特集第三回目の今日は、文章を担当された高科正信さんのことを。この人とは長い付き合いです。そう頻繁に会うわけではないですが、付かず離れずでもう28年ぐらいになります。始まりは私が28才で入学した専門学校の絵本科での、文章表現の授業でした。そこで講師として教える側にいたのが高科さんでした。既に職業作家であった彼は、児童文学に関する知識の宝庫でした。国内国外問わず、めちゃくちゃに詳しい。遅蒔きながら、私はこの人からたくさんの名作を教えてもらい、来る日も来る日も読みまくりました。


高科さんは特異な個性があって、話せば必ず愚痴やボヤキが束になって聞き手に降りかかってきます。内容は全て創作に関することです。これは今も変わりません。よく飽きないものだと思うぐらい、次から次へと出てきます。相手が初対面であろうが、児童文学に興味がなかろうが、そんなの一切関係なし。上野瞭さんや灰谷健次郎さん、今江祥智さんといった児童書黄金期を彩った巨星たちに師事したこともあって、作家たるものの斯くあるべしという意識を持った人であることは確かです。それが愚痴やボヤキとどう関係あるのかは謎ですが(笑)。


高科さんのキャリアは長い。30年以上に及ぶ作家生活で、ほぼ毎年童話、児童文学、絵本などの作品を発表し続けています。継続は力なりといいますが、私は端で見ていて、その難しさ厳しさを知ったクチです。積極的にガンガン売り込むタイプの作家さんではないので、新作の発表が大変だとよく聞きます。私には何とも言えない。一人の作り手と、企業である出版社と。その関係性は私も高科さんも同じなわけです。ただ今回は一緒に絵本を作ることになったのだから、できる限りのことはしたかったのです。


最初に「一緒にやろう」と声をかけたのは私ですし、専門学校時代から一度はお手合わせしたいと思っていた作家さんであり、もしかしたら私にとっての何か新しいチャレンジになるかもしれないと、内心期待していた面もありました。このあたりの実情は、商業出版における私利私欲にまみれていて、「純粋な心を持ってこどもの本を作る」などというようなきれいごとは、私の頭の中のどこを捜しても見つからなかったと思う。高科さんとの初めての共作絵本を、どんな形でもいいから、なんとか世に出したかったというのが本心です。


考えてみれば、高科さんからは、職業作家のリアリズムを嫌というほど教えてもらいました。彼のそういうスタンスを揶揄したり、よく言わない人がいるのは知っています。私だって全面的に同意はしません。しかし、誰が何を言おうと、この人は黙々とゼロから作品を生み出し続けてきました。そのことを私は認めています。今回の『はしをわたってしらないまちへ』で、私も高科作品の系譜の末席に加えてもらったのです。出版になってうれしいとか、感激したとかではなく、ひと安心できたと思っています。高科正信さんは、私にとってそういう作家なのです。

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早く絵本の原画を描きたいのに、なかなかラフの完成形が見えてこなくて、待ちきれずに個展で描いた品です。絵本の中によく似た場面があります。こういう先描きのフライング、よくあるんですわ、私には。(添付されている画像の無断転用・使用を禁止いたします。)





















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その日の午後、台所に置いてある小冊子の表紙が目に入りました。大きな橋が海に向かって、グィ~ンと伸びている写真でした。「うわ、これ、かっこええやないか!」と一目惚れした私は、さっそくスケッチブックにちょこちょこ橋の絵を描いて遊んでいました。決して子どもじゃないんですが(笑)、刺激のあるものを見ると、すぐに絵に落とし込みたくなるクセがあります。そのうち、橋にまつわる時間を描いてみたいと思うようになってきて、これは絵本だな、そう感じました。8年前の、2009年のことです。


橋を主軸に据えたストーリーを考えていたのですが、どうしても意識が海へ流れてしまい、橋がメインにならない。困ったな。そんな折に旧知の児童文学作家、高科正信さんと会う機会があり、軽く声をかけたのが『はしをわたってしらないまちへ』の始まりでした。2010年の夏の終わりの頃です。確か約一ヶ月ほど後に高科さんから手紙が届きました。絵本のテキストでした。私は一読して、すぐにダミー本の制作にとりかかった…と書きたいのですが、実際に描き始めたのは1年後です。やる気がなかったのでしょうか?いやいや、そんなことはないのですが💦


翌2011年に、ある絵本作家の夫婦による二人展が京都で開かれました。二人に会うのは久しぶりだったので、いそいそ出かけると、なんと私と入れ違いで高科さんが数分前までギャラリーにいて、「中川君に絵本のテキストを書いて渡したのに、何も返答がない」と言って怒っていたというのです!これはまずい!と思った私は、翌月に広島県の尾道から伸びるしまなみ海道へ、一泊二日の取材旅行に出かけました。レンタルサイクルで30キロを走り、様々なポイントを押さえてダミー本に取りかかったわけです。


ダミー本が出来上がった2012年初頭から、売り込みを開始しました。最初に3社ほど出版社を当ったのですが、どうも反応がよろしくなく、ダミー本の手直しが必要かなと思いました。微調整後に4社目でいい線までいったのですが、やむなき理由で先方が突然途中下車(笑)をしてしまいました。なんとも残念でした。それが2014年2月のことです。困ったなあと思っていた或る日の明け方に、寝床で不意に思いついたのが福音館書店さんのある編集者さんのことでした。その方とは2009年と2011年に、東京での個展でお会いしていました。


さっそくメールで連絡を取って、ダミー本を見てもらうことに。すると幸運にも作品を一緒に創りたいとの返事をいただき、2014年の6月にわざわざ神戸まで来て下さり、JR三ノ宮前にあるニシムラコーヒーの二階で、初めて三人で顔合わせをしました。今だから言いますが、私はこの時「あ、これは絶対上手くいく」と確信しました。この編集者さんが入った3人の距離感をハマったと感じたからです。ただ、ここからが長かった。編集者さんの提案で、3人でしまなみ海道を歩く一泊二日の取材に出ることになったのです。ええっ?また行くの〜?


2014年の10月のしまなみウォークに一日だけ参加した私ら3人は、30数kmを7時間かけて歩きました。完全にグロッキー状態(笑)。自転車でもしんどいのに、歩くのはそんなものではなかったです。おかげで絵本にする材料をたくさん捕獲して帰ることができました。思えばこの取材からちょうど3年が経って、よくやく本が出たわけです。全く気の長い話しですねえ。その間、たくさんの変更や修正をこなして、なんとか出版という形に着地しました。私も高科さんも編集者さんも、誰一人音を上げなかったのは、取材で筋肉痛になった者同士の、熱い連帯感があったからだと私は思っていますよ(笑)。


 

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売り込み用に描いたもの。主人公のプロポーションが、本になったバージョンと微妙に異なる。最初は6〜8才ぐらいの設定年齢でした。(添付されている画像の無断転用・使用を禁止いたします。)



   

















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9月1日に新刊絵本『はしをわたってしらないまちへ』(福音館書店月刊こどものとも5〜6才向け10月号)がめでたく発売になりました。少し出遅れましたが、今日から4回連続で、恒例の新刊絵本の特集を組みたいと思います。もう手にとられた方も、まだの方も、作り手の側からみた新刊絵本のあぶり出しを楽しんで下さいね(笑)。


発売を記念してこの9月5日(火)〜10日(日)まで、神戸のギャラリーヴィーさんで 原画展をします。本作の全原画を展示する他、発表済みのオリジナル作品も合わせて展示する予定で(←こちらは販売しますので、どうぞよろしく!)、全部で50を越える点数になると思います。もちろん本の販売もありますし、9月9日(土)16:00からは文章を担当した高科正信さんとのお話会 + サイン会もあります。少し涼しくなりかけた関西一円です。神戸方面へお出かけの際には、どうぞおいで下さいませ。


自分から積極的に原画の展示をする作家さんもいますが、身も蓋もない言い方をすれば、絵本の原画展というのは、概ね版元さんが商品(絵本)を売るためのツールとして、展示企画を主導されているのがほとんどだと思います。自分から全部を賄ってやるというのは、作者やギャラリーさん側が絵本の原画を見てほしい!と切望されるケースか、もしくは個展かなにかの展示の数合わせ的なケースが該当するのではないでしょうか。


絵本はあくまでも複製物(印刷物)が最終形です。原画や作中の文字は、紙やインクと同様に、その素材に過ぎない。私はそう考えています。それと同時に、もちろん原画を見てもらって、印刷物では味わえないものを感じ取っていただけるのは光栄なことです。なんといっても原画は一点ものですし。お客さんが原画展にいらっしゃる理由もそこにあると思います。つまり絵本の原画展を見るというのは、手に取って絵本を読むということとは、全く別な行為です。そんなこと、私がやいやい書かなくても、みなさん充分におわかりでしょうね💦


ついでにもう一つ言うと、私に関しては、絵本原画展は個展ではありません。今回はかつて個展で出した作品と同席しますが、やっぱり私にとっての個展とは、その時々の新作でまとめたものを指しています。個展ならではの、自由で気ままな世界を創る行為は、原画展には望めないと思います。なんか、来て下さいとか言いながら、原画展について否定的なことばかり書いていますよね。でも、決して原画展が嫌いなわけじゃないんですよ。なかなか(版元さん主導で)やってもらう機会がないもんで、スネているだけなんですよ(笑)。


今回の原画展は、文を手がけた高科正信さんの口利きで、ギャラリーヴィーさんにお世話になることになりました。いいタイミングでうれしいです。絵本自体は一冊420円と、コーヒー一杯分のお安いペーパーバック価格なので、みなさん躊躇せずに買って下さいね。頼みますよ。第一回目は訳の分からない宣伝になっちゃいましたね(笑)。次回は作品の創作過程をお話しします。乞うご期待を!


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先日『カレーライスを一から作る』という映画が、関西でようやく公開になりました。例の如く、大阪は十三の七藝こと、第七藝術劇場で初日の初回を見ました。上映の後、監督の前田亜紀さんと、映画の主軸である関野吉晴さんが登壇されて、約30分ほどのトークイベントがありました。関野さんは20年ほど前にテレビで「グレートジャーニー」を見て、私が強烈な刺激を受けた人物です。今回の映画も関野さんらしい、人と食の根っこを見つめた作品でした。映画館を出た後に、我が身を振り返らざるを得ない問いかけを持っています。トークショーが終わった後、パンフレットにサインをもらいました。順番待ちで並んでいる時、久しぶりに緊張と喜びとで、心臓が大揺れしているのがわかりました。握手してもらった手のひらは、やっぱり分厚くて柔らかかったです。みなさんもこの作品を見て、気づいたことを考えてみてはいかがでしょうか。

http://www.ichikaracurry.com/

では、今月のf.b.版つぶやきです。

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【8月2日】

8月は盛りだくさんな一ヶ月になりそうです。何が盛りだくさんなのかというと、野暮用が盛りだくさんなのです。だから自然と、割り切りも盛りだくさんになりそうだし、目をつぶることも盛りだくさんになりそうです。なんだそれって、結局適当にアゴで使われることばかりが盛りだくさんなだけじゃないか。そんなの、もうたくさん!なんてね(笑)。


【8月7日】

休日はあっという間に過ぎてゆく。よそ見をしていたら、休みがあったのかどうもかもわからないぐらい、素早く去ってゆく。故に私は、休みの前の夜は構えていなければならない。翌日が休みだなどと、気を抜いてはいけないのだ。「あ~、やっと休める~」とホッとして肩の荷を卸そうものなら、その瞬間に休みは一気に逃走する。この土日は完全に逃げられたな。追っかけたけど、背中も見えなかった…。


【8月9日】

昨日のブログ投稿で「空気なんか読まずに本を読め!」とか書いときながら、今日は思いっきり空気ばっかり読んでるやないか、俺。書いてることとやってることが、全然一致してないわ。

そうは言うても、やるは難し、たまにはそういうこともあるで。ストレス溜まらん程度に空気読んで生きてた方が、そら楽やしな。今日はこのへんで勘弁しといたろ。とか、平気で言い放つほどの図太さもありまへん。

今日の午後からも、まわりをキョロキョロ、周囲の顔色を伺って、小さくまとめたいと思てますんや。よろしゅうたのんまっせ♪


【8月16日】

粗野で過激なもの

あえて語らないようにしているもの

砂糖菓子のようにだだ甘いもの

コバエのようにうるさいもの

他人の顔色を伺がっているもの

噛み付く機会を狙っているもの

心地いいだけのもの

座り込んで世の中を見ているもの


終戦の日は

ネット上にいろいろなものを目にした一日だった


72年前にそこにいた人の

本当のところはどうだったのだろうか


【8月20日】

せわしい一日でした、昨日は。昼過ぎまでバタバタと作業をやって、1時間ほど仮眠。目が覚めると、そそくさと<8.初盆だRock Day 中島庸斗追悼ライブ>の会場ロウトラックスへ。うだるような暑さ。真夏のロックフェスそのものだ。

駆け込みで席に着くや否や、すぐに出演バンドの演奏が始まりました。時刻は16:30。時間は束になって飛んで行き、時計を見るとあっという間の21:00。そうか、4時間半が、一瞬のうちに身体の中を通過していったんだな。

手を見たらクレパスで真っ黒、喉はガラガラ、周囲にいるのは王中やライブで知りあった人の顔、顔、顔。ユートピアにいるような、自由な時間でした。

絵を描くのと、唄うのとで、大忙しだったから、中島さんに挨拶できなかったなあ。ごめんね。でも知ってましたよ。隣にいたんでしょ?


【8月27日】

展覧会のD.M.をたくさんもらっているのに、全然見に行けませんよ。D.M.を送ってくれた作家さん、ギャラリーさんに、申し訳なくてねえ。時間の使い方が下手なのもありますが、そもそも一馬力しかない荷車なのですよね、私は。もう2〜3馬力あればなあ。

もしかしたら先日私が出したD.M.を見て、同じように感じている人がいるかもしれない。「行けなくてごめん」と。だとしたらその場合、D.M.とは一体何の役割を果たしているのだろう。もらった人が行くことのできない展示情報を伝えて、投函先に対して本意でない気持ちを保たせているもの。それもまたD.M.のひとつの姿なんだろうか。

昔、個展を初めてやったとき、ギャラリーのオーナーさんに、D.M.を配った数の一割しかお客さんは来ないよと、言われた事があります。(実際にそうだった!)残りの9割のD.M.は、一体どこで何をしていたんだろうか。


【8月30日】

明日で8月も終わり。9月に入ると、新刊絵本の原画展がすぐに始まります。

<絵本原画展『はしをわたってしらないまちへ』>

場所:ギャラリーヴィー

   http://www.galleryvie.jp/gallery/g_info.html

住所:〒650-0022 神戸市中央区元町通3-2-15

   セントラルビル元町5F

期間:2017年9月5日(火)〜9月10日(日)

時間:12:00〜19:00(最終日は18:00まで)

〜期間中のイベント〜

9月9日(土)16:00より 高科正信×中川洋典のお話し会+サイン会 参加無料です。

展示内容は、 福音館書店『こどものとも』10月号に掲載される新刊絵本「はしをわたってしらないまちへ」(文 高科正信・絵 中川洋典)の原画全点と、私のオリジナル作品を(たぶん34点)を展示します。オリジナル作品に関しては販売をしますので、どうぞよろしゅうに。

9月9日(土)16:00からのお話会ですが、私には展開が読めません。高科さんの思うつぼです(笑)。みなさま、お待ちしております!

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好きなことでしか自分を生かしてやれないのが人間だ。そんなふうに、ふと思いました。それも何か創造につながるようなことで喜びを感じられると、人は生きてゆける生き物だ、と。なぜこんなことを思ったのかというと、たまたま会った人に生気を感じなかったからです。理由はなんなりとあるでしょう。私にその場で降りてきた考えは「この人は何かをやりたいにもかかわらず、それがどう喜びにつながってゆくのかについて無頓着だ」というものでした。何かをすることと、喜びとの間に、決定的に欠けている認識がある。それは創造だと思い当たりました。

創造といっても何も小難しいものではなくて、日常生活のところどころにある雑務ひとつにも、創造が入り込む隙間は山のようにあると考えます。掃除、料理、洗濯、買い物、近所付き合いなどは、一見創造という言葉とは縁遠いような印象がありますが、「こうやってみたい」と思いついたことで手が加わり、自分の知らない景色が現れることがあります。落書きでも鼻歌でも思いつきの俳句でも、うまくいったときや気に入ったものになったときは、必ず気持ちが跳ねてポップな心持ちになります。それは自分が自分を幸福にした瞬間だと思って間違いないでしょう。

人間が好きなことでしか生きてゆけない生き物だとしたら、それは好きなことを創造をするという行為そのものが本人の生命体にあたるわけで、こんな大事なことに無頓着でいいのか。そう気づいた私はひとことだけ告げてその場を去ろうとしましたが、それは未遂に終わりました。とっさに的確な言葉が思い当たらなかった。(こういうことが私は多い。)もしその人がこのブログを見てくれていたら、遅くなったけれどこう伝えたかったのです。今日の創造が明日の喜びにつながっている。今日の創造で明日の自分は活かされる。ま、大きなおせっかいだと言われるかもしれないな。

(*日記No.517 2012年8月15日掲載のリメイクです。)


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まだまだ先だと思っていた8月20日が、もう目の前にやってきました。先月も当ブログで告知しましたが(VOL.1009)、昨年の12月に亡くなられた中島庸斗さんを音楽で明るく!楽しく!熱く!偲ぶイベント<8.初盆だRock Day 中島庸斗追悼ライブ>があります。中島さんは尼崎の中華料理の名店王中の店主であり、同時にミュージシャンでもありました。大の音楽好きだった中島さんを偲んで、盛大に追悼ライブを行おうという企画です。チャージ¥2,000(ドリンク代別)でどなたでもお越しいただけます。是非いらして下さい。詳しくは下記詳細をご覧下さいませ。この顔ぶれ、迷う余地はないでしょう!

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<8.初盆だRock Day 中島庸斗追悼ライブ>

場所 天満橋Raw Tracks  http://rawtracks.jp/home.html

時刻 2017年8月20日(日)16:00/オープン 16:30/スタート 

料金 チャージ¥2,000(ドリンク代別)

出演 ローガンズ/ダーツ津田/尼音人

   E-Motion/信太ボーイズ

   AMI☆TAME★CHOO

   Nuts Berry Friends

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もちろん私も行きます。当日会場で、5Bの鉛筆とスケッチブックを持って、ボ〜っと立っている男がいたら、それは私です(笑)。どうぞ声をかけてやってください。みなさんにお会いできることを楽しみにしています。もちろん中島さんをご存知でない方も、遠慮は無用ですよ。知り合いであろうがなかろうが、人と出会うことは喜びであると中島さんは考えていたと思う。このライブの場が、見知らぬ人同士の明るく楽しく熱い交差点になれば、それはまさしく中島さんの願いそのものだからです。

私、思うんですが、当日客席で、ステージで、中島さんを捜してみて下さい。きっといますよ、あの人は。





















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