カテゴリ:絵のこと( 779 )

新刊絵本『イチからつくる カレーライス』の編集・デザインを担当していただいたのは、栗山淳さん。これまで農文恊さんの絵本を中心に、百数十册のお仕事をこなしてこられたプロフェショナルです。ご多分に洩れず、農文協さんの『そだててあそぼう』シリーズで、私は以前からそのお名前を存じていました。個性豊かな絵本作家が作画を担当されており、目を惹かれずにいられなかったからです。栗山さんは編集ワーク以前に、各絵本のテーマに合った画家を選び、依頼・調整・制作までを担っておられるわけで、絵本の世界へ参入を考えている絵本作家志望者は、その名前を知らなければモグリだと、私はかつて業界関係者に言われた事があります。


栗山さんに初めてお会いしたのは2009年の暮れでした。私が東京で個展をやった際に、絵本作家の山本孝さんがちょうど同時期に近しい場所で個展をされており、彼のオープニングパーティに呼んでいただいた折に、栗山さんにお目にかかりました。これはいい機会だと思って売り込んだものの、即お仕事をいただけたわけでもなく、2年が過ぎて2011年に再び東京青山で個展をした際に見に来ていただきました。誠実な方であることと、大の音楽好きでいらっしゃることが記憶に残っています。それから6年が経って、今回のお仕事で声をかけていただきました。正直に申しまして「まだ私のことを憶えていて下さったのか…」がオファーをいただいたときの感想です(笑)。


16年前に私は解放出版社さんから『太鼓』という学習絵本で、初めて出版物の絵を手掛けました。その制作に入る前に担当編集者さんが語ったのは、農文協さんの『そだててあそぼう』シリーズでした。既に多くの絵本が出ていたかのシリーズをモデルにして、解放出版社さんから出た『太鼓』『かわと小物』『くつ』『初めての和太鼓演奏』『学習ガイドブック』の5冊に、私は幸運にも関わることができました。とても大きな経験でした。そして内心では、早く農文協さんからのお仕事の依頼が来ないかなと、都合の良い機会を心待ちにしていたわけです。が、待てど暮らせど声はかからず(笑)。気がついたときには、自分で文も絵も担当する自作絵本の生産サイクルが始動していました。


とはいえ、栗山さんのお仕事は横目でチラチラ見ていたのです。2013年に同じ農文協さんから出た『うちは精肉店』(文・写真 本橋誠一)は冷や水を浴びたようなショックを受けました。巻末のクレジットで栗山さんの名前を見た時、「やられた!」と思った。そしてうれしかった。栗山さんの手による絵本は、作家さんへの信頼があり、作り手としての意識が高い。あやふやなところがない。端で見ていて勉強になるなあと思ったものです。そしてこのたび、念願かなってようやく御一緒させてもらったのです。電話で声を聞いた時、ああ、栗山さんだ!と感激しました。子機を持つ手が熱かった。


それはそれはうれしかった。栗山さんとのコラボで、名だたる超一流の絵本作家たちが絵本を発表しているわけだし、その末席に立ち見でもいいから加えていただけるのであれば、こんな光栄なことはありません。と同時に、解放出版社でのシリーズものに臨む前に、農文協さんの『そだててあそぼう』シリーズを羨ましく思って見ていたことを思い出しました。もしあの時の自分に何か言ってやれるなら、こう言いたいです。「目の前の坂を登れ。登ったら、新しい坂がそこにある。」


新刊絵本『イチからつくる カレーライス』は本日発売です。どうぞよろしくお願いいたします。三回連載でお送りした新刊紹介はこれにて終了です。さあ、目の前の坂を登ろうか!


f0201561_22194330.jpg



















[PR]

今から17年前のこと。2000年の暮れに『インサイド・ストーリー』という名の個展をしました。当時私は会社勤めをしながら絵を描く日々を送っており、作品発表の場といえばコンペに応募するか、個展をするぐらいしかありませんでした。そのぶんだけ個展に対する集中力は高かった。物量も根気も今の3倍ぐらいはあったに違いないと過大評価しています(笑)。『インサイド・ストーリー』はそのピークで行った個展だったと思う。国立民族学博物館にどっぷり浸かり、プリミティヴ絵画から多くの影響を受けていたこの時期、制作をする上で大きな影響を受けた極めつけが、関野吉晴さんが行ったグレート・ジャーニーなる試みでした。


関野吉晴さんの途方もない旅路であるグレートジャーニーについては下記のサイトが詳しいので参照下さい。ttps://www.1101.com/ikirubasho/talk/sekino/2015-05-19.html

関野さんが10年の歳月をかけて、南米の最南端から、人類発祥の地と言われるアフリカ・タンザニアのラエトリ遺跡までをたどった道程。それを数回に分けてテレビ放送で見た時、私は自分のルーツとはいったいどこにあって、それはどこから来てどこへ行ったのかを沈思黙考する機会を得ました。明けても暮れてもそのことばかりずっと考えていました。人類が世界各地に拡散した道のりを逆のルートで、それも人力だけを便りにして辿って行った関野さんから私が多大な影響をうけたことは言うまでもありません。そのグレートジャーニーを私なりに解釈して画面やオブジェや文字にして表現したのが『インサイド・ストーリー』でした。


これまで多くの個展をやってきましたが、私にとって『インサイド・ストーリー』を越える展示は今もできていません。丸々一年間それ以外他に何もやっていなかった。それぐらい熱を帯びていたし、関野さんのテーゼに影響を受けて我流に置き換えることで、個展作品の制作を通じて自分の核のようなものに出会った体験でした。あの個展をやっていなかったら、みんぱくやプリミティヴ・アートや、土着文化の荒々しい影響下から抜け出ることができたかどうか…。17年前に極私的なターニングポイントがあったわけです。


そして昨年の8月に関野さんと初めてお逢いすることがきました。映画『カレーライスを一から作る』の上映後のサイン会でした。直前まで何とも思わなかったのに、関野さんの姿を目にしたら、本当に心臓が舌の根元あたりまで上がってきて、卒倒しそうになりました。『イチからつくる カレーライス』の制作について二言三言お話をさせていただいただけですが、17年前骨の髄まで関野さんにイカれていた私が、本人さんと話しをする今の私を見たら、間違いなく失神しているだろうな(笑)。


17年前、飽きることなどなく、来る日も来る日もシャーマニズムの文様のような絵を描いていた時から随分長い時間が経ちました。その間、意欲や意気込みだけが先走りして、空回りや上滑りばかりの日々だったと思う。目の前に目的地の影すら現れないこともしばしばでした。創造上の影響も、良いものも良くないものも、たくさん浴びた。無駄なことばかりやっていた気もするし、何一つ無駄はなかった気もする。何が正解で何が近道なのかさっぱりわからない、価値観なんて一晩寝たらコロッと変わっていた。私は一体誰なんだろうと、知りたくて知りたくて…。


この絵本『イチからつくる カレーライス』の絵を描いている時、私の生きている時間の周囲を、縁が不規則な軌道で廻り廻っていることを、ずっと感じていました。あと4日で私は57才になります。この本は絵描きの神様が、滅茶苦茶ばかりやっている私にくれた誕生日プレゼントなんでしょう、きっと。絵を描くと、いいことがたくさんあります。絵は描かないと損だと思います。本当に。


f0201561_16311776.jpg
この人からいただいた恩恵は、言葉では到底言い表せない。
出版でご一緒させてもらうなんて、想像したこともなかった。



















[PR]

新春早々に新刊絵本が出版されることになりました。『イチからつくる カレーライス』というタイトルで、農山漁村文化協会(農文協)から1月10日に発売になります。言われる前に言っておくと、AB版という判型の36ページもので、お値段は税込み¥2,700と少々お高めです。昨年10月に出版された『はしをわたってしらないまちへ』がペーパーバッグ価格で税込み¥420で、コーヒー一杯分だったのと比べると、今回は高級レストランのランチぐらいのお値段ですが、お財布と相談せずに是非買って下さい(笑)。何卒よろしくお願いいたします。


『イチからつくる カレーライス』と聞いて、思い当たる方もいらっしゃるかもしれません。2016年に公開された『カレーライスを一から作る』(前田亜紀監督 製作・配給ネツゲン)というドキュメンタリー映画がありました。関西では昨年夏に公開され、全国で上映が続いている作品です。武蔵野美術大学の教授である探検家・関野吉晴さんが、課外ゼミで学生に向けて呼びかけた「カレーライスを一から作る」というテーマを追った映画で、野菜・米・塩作りや家畜の飼育などを学生が中心となって行い、約9ヶ月間かけて一杯のカレーライスを作るという、なんとも興味深い作品です。


絵本ではこの映画を下敷きにして、絵本ならではの視点や展開で同じテーマをよりワイドに再考しています。編は関野吉晴さんで、絵を私が担当しました。作品の性質上、文字と作画に加え、写真や映画のスチール画像が数多く盛り込まれており、本としての全体像は知識絵本の領域に近いものかもしれません。学生達が挑む原始的?カレーライスだけでなく、普段私たちが口にしているカレーライスの分析も掲載されており、映画を見られた方もまだの方もこの新刊絵本手に取っていただければ、私たちが生きている日常が何を犠牲にして成り立っているのかを感じていただけると思います。


発売は1月10日の予定なので、ちょっとフライング気味ですが、当ブログで今回より3回連続で新刊にまつわる内容を取り上げます。そしてこれも言われる前に言っておくと、毎回新刊本が出るたびに「どの本屋へ行っても、お前の新刊絵本はなかったぞ!」との苦情をよくお聞きします。配本等まで対処するのが絵本作家の仕事の範疇なのかどうか大いに悩むところですが(笑)、ネット上では書影も出ておりますので(実は1月7日現在私の元にも、まだ刷り本が届いていないのですよ💦 )、是非チェックしてみて下さい。どうぞよろしくお願いいたします。    

f0201561_22194330.jpg



[PR]

待てない性格のわりに、私は待つ生活をしていると思う。自分から他者へ向かってあれこれ急いた注文をすることもあるけれど、むしろ身の回りに準備を怠りたくないタイプです。仕事の場合は特にそうだと思う。保身の意味も含めて、体勢を万全に整えてこそ、迎え入れる、迎え撃つメンタルが生まれるように感じてきました。間違いがあるとは思いませんが、徐々に変化する心持ちも生まれてきており、わずかではありますが待つことを優先する生活が減ってきたと分析しています。


年を取って、時間が足りないことが多くなってきました。この5年ほどは、待ちをお付き合いすることで時間を失う機会が目立って仕方なかった。もちろんそれを善しとして私は行ってきたわけです。しかし待たない生活を選びたくなる心境がすぐそこまでやってきた。待つとは、一方的に他者に待たされるばかりではなく、自主的に選び取る待機も意味しています。それは活かしたい。その上で、私が待たされることでしか成立しなかった事案は、待たないことで改めていこうと思います。


待たない生活と書くと、アクションを起こして周囲に提議する姿勢を連想しますが、むしろ待ちに付随する隙間時間を放置しないことだと考えています。待ち主体の生活に少しの亀裂を入れることで、それまで整っていたバランスが崩れます。私を内包する待ちシステムの円環を歪めて、もの作り生活を活性化したいです。以前のままで全てやるとしたら、きっと飽きてくる。飽きたら、私は終わる。他のことならいいですが、もの作りに関しては、そんな終わり方は許せない。待たないことから始めよう。


f0201561_14345892.jpg
添付されている画像の無断転用・使用を禁止いたします。



















[PR]

先日伊丹市立美術館で『絵本のひきだし 林明子原画展』を見てきました。会期終了間際で滑り込みのタイミングでしたが、思うところが大きかった展覧会でした。


絵本を作ることを志した30才の頃、私は林明子さんの絵本に触れているはずなのに、あまり印象に残っていなかった。まだまだ間口も狭く浅く、絵本の味わい方も充分にわかっておらず、絵本作りに対する取り組みも全身的ではなかったです。その頃熱を上げていた作家さんの画風とも大きく違っていた林明子さんの作品が、じわりと効き出したのはもっと後のことでした。


詳しく憶えていないのですが、十数年前に林明子さんの絵本原画を見ました。大々的な福音館書店こどものとも回顧展があって、その一つとして見たものです。他に強烈な個性の作家の原画があったり、私が好きで好きで仕方ない作品の原画が数多くあったにもかかわらず、最もショックを受けたのが林明子さんの原画でした。


一枚の絵の中に込められたもの凄いエネルギーと集中力。柔和なタッチの裏側をろくに読めていなかった私はそのとき本当に腰を抜かしました。私がまだ本格的に絵本の仕事をこなし始める前だったこともあって、こんなクオリティの高い絵を描く人を相手にしてやっていかなければならない世界に自分はいるんだと実感して、言いようのない不安な気持ちになったことを憶えています。


今回数多くの林明子作品の原画に接して、全く同様の感想を持ちました。とてもじゃないが、こんなところまで階段を上がってゆけるものではない、と。見る絵見る絵全てを前にして、冷や汗をかきっぱなしでした。そして心底恐ろしくなった。たくさんのファンや親子で賑わう会場の中で、林明子さんの絵に対する何万光年もの隔たりに愕然となった。深いため息しか出ませんでした。


林さんは絵を描くのが好きで、絵本を作るのが好きなのだろう。しかし、そのことに反して、この作家は人生を絵本作りに捧げてきた、費やしてきた、もっと言えば犠牲にしてきた。そんな想いがあったなどとは露知らずの大馬鹿者の私でした。だから穏やかなのにあれほど緊張に満ちた原画の前に立ったとき、もの知らずの男は怖くて怖くて逃げ出したくなったのです。


あと何回、私は林明子さんに冷水を浴びせられることになるのだろうか。   

f0201561_20095474.jpg






















[PR]

年内も今日を含めてあと11日。来年のことを話しても、もう鬼は笑ったりしないと思います。2018年もいつもと変わらずパタパタ過ごすことになりそうです。バタバタではなくパタパタ。慌てふためくも、重さがない。軽快に振り回される様です。たぶんパタパタは来年前半のうちは止まらないでしょう。後半はなんとか立ち止まって、あたりをキョロキョロ見回してみたいな。


どこででどう間違えたかわかりませんが、このところどうもにも余裕というものがありません。ま、元々私に備わっている類いの要素ではないかもしれませんが、絶えず気ぜわしい日々が続きます。お正月を一区切りにできればいいのですが、哀しいかなそんないい塩梅の作業進行状態にありません。加えて年賀もある。どう考えてもパタパタは止まりそうもありません。


だったらもう落ち着けるまでは、落ち着かないでいよう。そんな風に考えました。よりパタパタを感じるために、来年の後半までを視野に入れて過ごすと、あきらめという名前の停留場に辿り着けます。描いた青写真通りの来年が待っているのかどうか。それは一にも二にも、常日頃のパタパタにかかっているのです。パタパタには年始も年末もない。登り坂を受け入れて、一歩一歩、額に汗をかくとします。

f0201561_12454000.jpg
添付されている画像の無断転用・使用を禁止いたします。





















[PR]

私のホームグラウンド・ギャラリー、海月文庫さんで12月16日から合同展が始まります。海月文庫さんでは毎年テーマを設けて、一年で4回のシリーズの作品展を行っています。今年のテーマは「文学シリーズ」で、今回のお題は「変身」です。カフカですな。(ちなみに今年のここまでのお題は「道草」「沈黙」「明暗」でした。)自由に参加できるスタイルの展示なので、どうぞ皆様奮ってご参加下さい。詳しくは下記サイトを参照下さいませ。

https://www.kuragebunko.com/%E5%90%88%E5%90%8C%E5%B1%95%E5%8B%9F%E9%9B%86/

でね、毎回作家さんの一人を世話人と決めて、その人が仕切る?ことになっているのですが、実は今回はそれが私なんですよ💦といっても、これといって何をやるわけでもないのですが、私が世話人をやって、参加作家さんが少なくなったとか、展示期間中の来廊者が減ったとかはつらいので、我もと思う方はどうぞ作品を持って参加していただき、興味のある方は是非見にいらして下さいね。

私も5点ほど小さいのを出す予定にしています。なにせ、参加作家が毎回異様に多い!平均で70人ぐらいはいるようです。あのスペースに、大小100点以上の作品を展示されるわけです。まさにカオスです。こんな自由で無茶な作品展は、なかなかないと思いますよ。普通の画廊さんだと、納まりが着かなくなって無理でしょうし、まずやらないでしょう。それぐらい展示作業の負荷が高い。なぜ海月文庫さんではそれが可能なのか?その謎を解き明かしに、是非いらして下さい。


12月16日(土)~22日(金) 

11:00〜19:00(最終日は17:00まで)

搬入日は15日(金)13:00〜19:00

搬出日は最終日の17:00〜20:00

世話人:中川洋典 


f0201561_08475513.jpg
添付されている画像の無断転用・使用を禁止いたします。





















[PR]

冬が来た。

今年は一足も二足も早く冬が来たので、私はうれしい。

中途半端な、生温いような冬など、何の用もない。

冬は寒いからこそ冬、寒いからこそありがたいのだ。

身体を芯から冷やすような季節だからこそ、

鍋は旨いし、風呂の湯船も心地よい。

四季には暑い寒いがあるからわかりやすい。

それを狂わすような冷夏や暖冬は遠慮願いたい。

寒い時は寒さを感じたほうがいい。

人間の身体はそういうふうに出来ている。

過剰な暖房設備に寄りかかってはならぬ。

地球温暖化という決まり文句で、多くの人間がおかしくなってきている。

確かに地球の大気の温度は上昇している。

しかし冬の厳しい寒さを感じて、

まるで予期せぬトラブルであるかのように感じるのは間違いだ。

寒い冬にもっと積極的に身を置くべきだ。


昔はドカッと雪が降った。

道も凍った。

水道管は真夜中に破裂した。

朝、顔を洗う時、あまりの水の冷たさに、

指がちぎれると思ったこともあった。

それがいろいろ便利になって、

ついでに地球までどんどん暖かくしていただいて、

身の回りからから寒さを奪い取ってしまった。


夏が暑くなるのは我慢しよう。

大雨も耐えよう。花粉も堪えよう。

だから冬を変えてはいけない。

人がいじっていいものではない。

寒いままそばに置いておくべきものだ。

本当はもっともっと寒くなるべきだ。

5月ぐらいまで冬でもいいだろう。

大阪湾が流氷で覆い尽くされるのもいいだろう。

六甲は真夏でも雪山で、琵琶湖では年中アイススケートだ。


冬が来た。

喜びの季節の到来だ。


f0201561_19023432.jpeg
添付されている画像の無断転用・使用を禁止いたします。





















[PR]

やりきれないことは山ほどあるものですが、人の逝去ほど心が空虚に感じられることはないです。知り合いの方がつい先日旅立たれました。知り合いになってまだ一年未満の人だったのに、とてももったいないことをしてしまったと思えます。もっと話しておけばよかった。どうしていつも同じ過ちばかり繰り返すのだろうかと、嫌になります。


思えばその人とは、実際に会って話した回数よりも、フェイスブックで交わした文字の会話の方に重きがあった。モニターに映った文字の隙間から、明るい人柄が漂っていました。実際にお会いして、元気な笑顔に心が溶けたものです。もう一度会って、あの笑みを見たかったな。心よりお悔やみ申し上げます。


           今日はその人が好きになってくれたこの絵からスタートです。

f0201561_17374637.jpg
「私たちの行き先を誰が知っているというのか」 




f0201561_17383780.jpg
                 「ハートがクスクス笑ってるよ」                


f0201561_17401847.jpg
         「潮の交わり」          


f0201561_17410644.jpg
         「日暮れは屋根づたいにやってくる」         


f0201561_17413865.jpg
                   「群集心理」                  


f0201561_17420871.jpg
            「ふて寝」             


f0201561_17423974.jpg
           「男は屈折した生き物」           


「えんぴつは ときどき はずかしい」 

f0201561_17430722.jpg
                  「水の中は温かい」                     


f0201561_17440160.jpg
         「トンネルを抜けるとシケだった」         


f0201561_17443157.jpg
               「潮」             


f0201561_17450537.jpg
             「情熱と希望」             


f0201561_17453581.jpg
              「私が愛したDADA 8」             


f0201561_17461988.jpg
                 「波紋」                


f0201561_17465598.jpg
   「甘い夢」    


f0201561_17472333.jpg
  「Dust My Bloom」
      
添付されている画像の無断転用・使用を禁止いたします。





















[PR]

今月は慣れない講演が3つあって、それぞれ本番以上に準備に時間を使いました。草稿したり、予行演習をしたり。慣れた人や人前力のある人なら、そんな準備はさほど要らないのではないでしょうか。そうでない男は、それなりにシミュレーションをして臨むようにしています。それでもなかなか思ったようにできない。いつもすぐに「もっと上手くできるはずだ」と思ってしまいます。もし準備をしおかなかったら、終わった後で一層の後悔や自己嫌悪が襲って来ると考えられます。一回ぐらい満足して終わってみたいものです。

今月のf.b.版つぶやき集です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【11月1日】

明日からAMI☆TAME関西ツアーです。是非とも、最高の唄と演奏を聴きにお出かけくださいませ。

私はどの日に行こうか。11月3日か、5日か、どちらかだな。

今回のライブ日程は、私にはキツい。自分がもう一人いてくれたら、そいつに作業を全部やらせて、私は四日間とも聴きに行くんだろうな(笑)。そんな都合のいい奴はどこにもいないから、一晩だけ仕事から脱走してAMI☆TAMEさんを聴きに行くんだ。



【11月4日】

セレッソ大阪、やったね。遂にクラブ初タイトル。本当は私の心が熱狂している時に取ってほしかった。すっかり落ち着いてしまった今は、しみじみうれしく思えます。きっと素晴らしい瞬間だったことでしょう。これで2005年12月4日、泣きながら歩いて帰った日の事が少しは精算できます。選手、監督やコーチ、他のクラブスタッフのみなさん、そして長年煮え湯を飲まされ続けてきたセレサポやファンのみなさん、おめでとう。



【11月8日】

朝から雨降る一日の始まりで。

せっかく起きてすぐに洗濯したのにな。

煙るような空模様を見ようとベランダに出たら、

トマトとゴーヤにまた新しい実が。

もう11月で。

いつまで実りをもらたらしてくれるのか。

灰色の天空を仰ぎ見るに。

今日も一筆一歩を。

午後は知り合いに便りを描こうと。

そんな一日の水瓶を泳ごうぞ。



【11月10日】

今日も一日ご苦労さん。ぼちぼち作業を終わろうか。

朝からいろんな刺激を自分に与えて、この時間までやり過ごしてきたけど、そろそろ飽きてきた。お腹も減ったし、眠くなってきた。

今日は金曜日、週末だ。いいな、週末って。なにかお休みっぽい響きがして。休めなくても週末は週末、妙に心が安らぐ。

今夜はズブっと寝よう。明日、朝起きたら、また気張ろう。

自分へのご褒美、なにもないけど、今日も一日ご苦労さん。



【11月13日】

初めて入った中華料理屋で晩飯を。空腹だったのでガッツリと定食をよばれたが…ちがう。ちがうねん…。こういう中華やないねん。頭の中で文句タラタラな割に、ぱくぱく食べる。

そのうちだんだんはっきりしてきた。簡単な割り算みたいな、こんなわかりやすい中華、もうええて、俺。ずっと食べたい中華て、王中の中島さんの作った中華やねん。

なんでもっと食べとかへなんだやろか、俺。これでもか!いうぐらい食べとくべきやったな。吐くまで食べとくべきやったな。悔やまれる。中華料理屋へ入るたび、いっつも後悔する。

これって、ずっと続くんかなあ…



【11月20日】

昨日は大勢の人が集まるイベントが二つありました。


一つは小学校で拙い講演をさせてもらったこと。生徒さん、ご父兄、教職員のみなさんをトータルしたら約800人。これぐらいたくさんの人数相手になると、もう緊張とかしなくなるものですね。そして子どもたちの歓声って、心がブルブルざわめきます。眠っていた細胞が覚ました瞬間を感じました。


もう一つは貴重なトークイベントを聞きに。その会場のロビーで、十数年前に仕事でとてもお世話になった方に出会ったのです。昔と同じ声で労をねぎらってもらったら、間髪入れず、涙が下痢のようにドサっと出てしまい、人前でおいおい泣いてしまった。とても恥ずかしかった。ここでも隠れていた細胞が、チラリと顔を覗かせたのでした。



【11月23日】

人に会っていなくても、「今日はいろいろあったな」などと思うのは、ネット社会に身を置くものだからだろう。


夕刻まではのほほんとした一日だったのに、そこから一気に血圧が上がりそうなメールをもらったり、喉がカラカラになりそうなニュースを読んだり。どぎついジェットコースターに無理矢理乗せられたも同然だった。


全くこの世界は、刺激が強過ぎる。もうちょっと、穏やかな時間を過ごさせてはくれないものか。

ネットの世界にそれを望むのは、無理な話しなのかな。


今晩は押し入れの中で眠りたい気分ですよ。



【11月29日】

本日午前の部の作業は、だいたい予想通りの進み具合でした。お昼ご飯は、しめじとキャベツのパスタを作って食べました。我ながら美味しかったです。デザートに大きなリンゴ一個をむしゃむしゃと。

今日の空模様はどんより曇っていて、外に出ようという気にならない。こういう日は籠もり志向と合致して、作業が思いの外進むことが多いです。狙い目かもしれないな。

さあ、午後の部開始です。晩ご飯まで気張ろうと思います。    

f0201561_07091770.jpg
添付されている画像の無断転用・使用を禁止いたします。





















[PR]