恥ずかしいのですが、自分の書いたブログの日記を、私はよく読み返します。それもうんうんと頷きながら。描いた絵を何度もこんな風に見返すことは、あまりありません。たまにアイデア探しで古いスケッチブックを取り出して開けることがありますが、わかってはいるものの、今見るとちょっとなあ…というのばっかりです。確かにおもしろいのもあるのですが、概ね困った落書きばっかりです。絵と違って、日記は読みものとして繰り返し成り立つのかなぁ。


絵はやはり自分の生っぽいところもチラホラあるので、過去の作品をじっくり眺めて楽しい、とはならないのでしょう。それにアラばかりが目立ったりして、セルフリメイクの必要をいつも感じます。日記に絵の画像を添えて掲載していますが、一枚一枚のポイントはよく憶えているものですね。描く動機というポイントです。思うにたぶんそれが生々しいのでしょう。心が動いた瞬間は時間が経っても色あせないから。


直接的であるという意味で、日記は人物像が文字によって把握し易いのではないでしょうか。のほほんとキーボードを打っていても、そこに某かの人格や生活態度や思考が表れ出ると思う。それを過去に遡って掘り起こす作業って、一体何なんだろう。自己愛か?慰めか?ああ、気色悪い(笑)。もっと理性的に冷徹に文章がすらすら書けたらなあ。絵はもっと普通に素で描いている気がします。まあ、誰しもが三島由紀夫ではないですしね。


このところブログ日記に集中していない自分を感じております。余裕が生まれたら、自由に奔放な文字を画面に踊らせてやりたいです。というわけで、今日はこんなところです。


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私はひとつ事しかできない性質の生き物なので、
二つも三つも頭には入りません。
昨日もあれやこれやとやり忘れがありました。
気がつくだけ偉いもんです。
たぶん今日も頭の中からは、
大事なものがボロボロこぼれ落ちてゆくのでしょう。
メモをつけても、
どうも上手く活用できません。
頭に入る量が限られているのか、
メモが何のことかさっぱりわからんのです。
そんな大事な時に限って、
電話をしても相手が捕まらなかったりします。
目の前で逃げられたりします。
困ったもんです。


錯乱や混乱しているわけではなく、
ちゃんと脳みそは機能しているんです。
ちょっとノッキングが多いのです。
こんな時は決まってお腹が減ります。
最近しょっちゅう空腹です。
ひとつ事しかできないから、
食事もし忘れているのかな。
ここは一丁胃袋を満腹にして、
気持ちを落ち着かせてから、
事に取りかかったほうが良さそうです。
今日のお昼は中華をガツンと食べて、
余裕のある人になろうと思います。


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のっけから麗しくない話しで申し訳ないのですが、私は腸が強いとは言えない体質で、特にトウガラシ入りの食べ物を口にすると、かなりの確率でお腹を下します。中華料理や韓国料理の辛い、しかし美味しい食べ物には危険が潜んでいると用心ながら食せねばならない悲しい体質です。そういうお店に行く時に一番大切なことは、値段や味もさることながら、お腹がグルグルっときた時に飛び込む場所の確認なのです。そう、トイレなんですよ。


トイレって、落ち着きますよね。下痢でも便秘でも普通の便でも、出ていってくれる瞬間はいいもんです。必要なものを体内に残して、不要物が去ってゆく。それが肛門から重力だけで抜け落ちてゆく快感!思わず声が出てしまいます(笑)。こんな理に叶っていて申し分ない行為を、急かされたり焦ったりするのは避けたいものです。回数としたら家のトイレが圧倒的に多いので、快適さの追求にはいろいろ工夫が大事かも。


私はよくトイレで本を読むのですが、これは排泄にはあまり良くなさそうです。どうも脳が文字に集中してしまって、肝心のトイレで用を足す行為を忘れてしまうことがしばしばです。トイレは匂いの刺激が脳を活性化するので、良いひらめきがあるとかいう話しも聞きますが、それって本当かな。あまり体験したことがないけど。前に一度トイレで絵を描いてみたことがあるのですが、まあ、感心しませんでしたね。当たり前か…(笑)


ずっと以前になりますが、手塚治虫が晩年に、トイレの天井にピエタを描くというアイデアを思いついたことをテレビで放送していました。毎日良便がスルスル出てくれるなら、絵でもなんでも描きますよ(笑)。ま、その前の快食快眠が大事なんですが。そんな私の昨日のお出ましは、ジョギングをする前の緑地公園のトイレでした。走る直前に沢山出ないでほしいのに、なぜか出るんだなあ、これが!


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昨日は御堂筋kappo2009というイベントに参加してきました。御堂筋をこの日の12:00〜16:00に限って歩行者天国にして解放し、物産展や音楽のライブなど盛り沢山な企画で大阪を発信するというもの。久しぶりに梅田から心斎橋までをユラユラ歩きました。近いような遠いようなでした。


様々な手作り出店が立ち並ぶ路沿いを歩きながら、一番新鮮だったのは御堂筋という路上からの視点でした。日頃車道に足を踏み入れることができないせいで、歩道でない地上から見る御堂筋は、銀杏並木や高さの整ったビルなどが美しかったです。天気も良かったし、いい日に恵まれたものです。


私はこれまで大阪の絵をあまり描いてこなかった気がします。実は今、大阪の匂いを持った絵を描こうとしています。御堂筋はどちらかというと淀屋橋〜本町などはオフィス街なので、これぞ大阪という感じではないのですが、ちょこっと見かける小さなお店や人間風景に、何かしら地元意識を感じたのでした。


通天閣や大阪城のような記号としての大阪ではなく、匂いや沁みのように滲み出るダウン・トゥ・アース大阪。そういうのを描きたいなあ。私が京阪神に出てきてもう30年が経ちます。大阪生まれではない私にも、自分の中で栽培されてきた大阪というものがある気がするので、少しはその枝葉を表現できればと考えています。


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散々親不孝をしたあなたに
突然 年老いた親に 
親孝行をしたいと思う日がやってきた
親を疎んじ 親を馬鹿にしていた あの日
何も知らないまま 親の人生を見下げたあなた


あなたの親孝行は あなたの親不孝を
決して上回ることができない
あなたによって ボロギレになった親は
あなたのために ボロ雑巾のように働いた


世の中が一瞬で全部わかったように思えた若い頃
あなたは 親の欠点や後悔に
自分が陥らないように 気をつけて
それで今 あなたは
親と同じ欠点や後悔を授かったことを知った


経験し 学び 考えたあなた
それでも親の想いを知ることはできない
あなたの親は去った 
もう戻らない
あなたが親にしたことは
ずっと消えない


残された家族と 元にいた家族
違うのは あなたの親がいないこと
あなたの親がいた頃
家族は薄い皮膚で繋がっていた
あなたはそれを斬ろうとした


親から根っこをもらい
この世に根付いたあなた
親から羽根をもらい 
親から旅立ったあなた
あなたは親から 全てを持って 逃げた
なのに あなたの親は 笑って眠っていた


知らなかった 
親が死ぬなんて 




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