先日伊丹市立美術館で『絵本のひきだし 林明子原画展』を見てきました。会期終了間際で滑り込みのタイミングでしたが、思うところが大きかった展覧会でした。


絵本を作ることを志した30才の頃、私は林明子さんの絵本に触れているはずなのに、あまり印象に残っていなかった。まだまだ間口も狭く浅く、絵本の味わい方も充分にわかっておらず、絵本作りに対する取り組みも全身的ではなかったです。その頃熱を上げていた作家さんの画風とも大きく違っていた林明子さんの作品が、じわりと効き出したのはもっと後のことでした。


詳しく憶えていないのですが、十数年前に林明子さんの絵本原画を見ました。大々的な福音館書店こどものとも回顧展があって、その一つとして見たものです。他に強烈な個性の作家の原画があったり、私が好きで好きで仕方ない作品の原画が数多くあったにもかかわらず、最もショックを受けたのが林明子さんの原画でした。


一枚の絵の中に込められたもの凄いエネルギーと集中力。柔和なタッチの裏側をろくに読めていなかった私はそのとき本当に腰を抜かしました。私がまだ本格的に絵本の仕事をこなし始める前だったこともあって、こんなクオリティの高い絵を描く人を相手にしてやっていかなければならない世界に自分はいるんだと実感して、言いようのない不安な気持ちになったことを憶えています。


今回数多くの林明子作品の原画に接して、全く同様の感想を持ちました。とてもじゃないが、こんなところまで階段を上がってゆけるものではない、と。見る絵見る絵全てを前にして、冷や汗をかきっぱなしでした。そして心底恐ろしくなった。たくさんのファンや親子で賑わう会場の中で、林明子さんの絵に対する何万光年もの隔たりに愕然となった。深いため息しか出ませんでした。


林さんは絵を描くのが好きで、絵本を作るのが好きなのだろう。しかし、そのことに反して、この作家は人生を絵本作りに捧げてきた、費やしてきた、もっと言えば犠牲にしてきた。そんな想いがあったなどとは露知らずの大馬鹿者の私でした。だから穏やかなのにあれほど緊張に満ちた原画の前に立ったとき、もの知らずの男は怖くて怖くて逃げ出したくなったのです。


あと何回、私は林明子さんに冷水を浴びせられることになるのだろうか。   

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年内も今日を含めてあと11日。来年のことを話しても、もう鬼は笑ったりしないと思います。2018年もいつもと変わらずパタパタ過ごすことになりそうです。バタバタではなくパタパタ。慌てふためくも、重さがない。軽快に振り回される様です。たぶんパタパタは来年前半のうちは止まらないでしょう。後半はなんとか立ち止まって、あたりをキョロキョロ見回してみたいな。


どこででどう間違えたかわかりませんが、このところどうもにも余裕というものがありません。ま、元々私に備わっている類いの要素ではないかもしれませんが、絶えず気ぜわしい日々が続きます。お正月を一区切りにできればいいのですが、哀しいかなそんないい塩梅の作業進行状態にありません。加えて年賀もある。どう考えてもパタパタは止まりそうもありません。


だったらもう落ち着けるまでは、落ち着かないでいよう。そんな風に考えました。よりパタパタを感じるために、来年の後半までを視野に入れて過ごすと、あきらめという名前の停留場に辿り着けます。描いた青写真通りの来年が待っているのかどうか。それは一にも二にも、常日頃のパタパタにかかっているのです。パタパタには年始も年末もない。登り坂を受け入れて、一歩一歩、額に汗をかくとします。

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何でもありとはSNSの世界のことだと思う。書き連ねる人のパーティが、あっちこっちで繰り広げられている。賛美に批判、悲嘆に憤怒、興奮に沈殿。私が今まで行ったことのない広場で、ありとあらゆる感情が渦巻いている。それを逐一読解していたら、目眩がする想いを抱く。厄介なメディアに手を出したものだ。


以前知り合いで、SNSに時間を奪われると言って、さっさと辞めてしまった人がいた。そういうことができる性格の人だったのだ。私に同じことができるだろうか。その人ほどスッパリには無理だ。しかし、幾らかのことを間引いて付き合うことも考えないと、一日の時間は簡単に消えてゆく。そういう厄介なメディアなのだ。


昨今、テレビや新聞の報道は、SNS化したもの成り下がっていはいないか。ニュースや情報を見極めるべきフィルターを発信者側が持たない点でよく似ている気がする。手短な目の前のわかりやすさに飛びつく視聴者にも、SNSに飼いならされた習性をみてしまう。厄介なメディアはどこまで日常を浸食してゆくのか。


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私のホームグラウンド・ギャラリー、海月文庫さんで12月16日から合同展が始まります。海月文庫さんでは毎年テーマを設けて、一年で4回のシリーズの作品展を行っています。今年のテーマは「文学シリーズ」で、今回のお題は「変身」です。カフカですな。(ちなみに今年のここまでのお題は「道草」「沈黙」「明暗」でした。)自由に参加できるスタイルの展示なので、どうぞ皆様奮ってご参加下さい。詳しくは下記サイトを参照下さいませ。

https://www.kuragebunko.com/%E5%90%88%E5%90%8C%E5%B1%95%E5%8B%9F%E9%9B%86/

でね、毎回作家さんの一人を世話人と決めて、その人が仕切る?ことになっているのですが、実は今回はそれが私なんですよ💦といっても、これといって何をやるわけでもないのですが、私が世話人をやって、参加作家さんが少なくなったとか、展示期間中の来廊者が減ったとかはつらいので、我もと思う方はどうぞ作品を持って参加していただき、興味のある方は是非見にいらして下さいね。

私も5点ほど小さいのを出す予定にしています。なにせ、参加作家が毎回異様に多い!平均で70人ぐらいはいるようです。あのスペースに、大小100点以上の作品を展示されるわけです。まさにカオスです。こんな自由で無茶な作品展は、なかなかないと思いますよ。普通の画廊さんだと、納まりが着かなくなって無理でしょうし、まずやらないでしょう。それぐらい展示作業の負荷が高い。なぜ海月文庫さんではそれが可能なのか?その謎を解き明かしに、是非いらして下さい。


12月16日(土)~22日(金) 

11:00〜19:00(最終日は17:00まで)

搬入日は15日(金)13:00〜19:00

搬出日は最終日の17:00〜20:00

世話人:中川洋典 


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冬が来た。

今年は一足も二足も早く冬が来たので、私はうれしい。

中途半端な、生温いような冬など、何の用もない。

冬は寒いからこそ冬、寒いからこそありがたいのだ。

身体を芯から冷やすような季節だからこそ、

鍋は旨いし、風呂の湯船も心地よい。

四季には暑い寒いがあるからわかりやすい。

それを狂わすような冷夏や暖冬は遠慮願いたい。

寒い時は寒さを感じたほうがいい。

人間の身体はそういうふうに出来ている。

過剰な暖房設備に寄りかかってはならぬ。

地球温暖化という決まり文句で、多くの人間がおかしくなってきている。

確かに地球の大気の温度は上昇している。

しかし冬の厳しい寒さを感じて、

まるで予期せぬトラブルであるかのように感じるのは間違いだ。

寒い冬にもっと積極的に身を置くべきだ。


昔はドカッと雪が降った。

道も凍った。

水道管は真夜中に破裂した。

朝、顔を洗う時、あまりの水の冷たさに、

指がちぎれると思ったこともあった。

それがいろいろ便利になって、

ついでに地球までどんどん暖かくしていただいて、

身の回りからから寒さを奪い取ってしまった。


夏が暑くなるのは我慢しよう。

大雨も耐えよう。花粉も堪えよう。

だから冬を変えてはいけない。

人がいじっていいものではない。

寒いままそばに置いておくべきものだ。

本当はもっともっと寒くなるべきだ。

5月ぐらいまで冬でもいいだろう。

大阪湾が流氷で覆い尽くされるのもいいだろう。

六甲は真夏でも雪山で、琵琶湖では年中アイススケートだ。


冬が来た。

喜びの季節の到来だ。


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