「ほっ」と。キャンペーン
わかることと、わかった気になること。この二つはニュアンスからして大きく異なっています。わかるということは体験して咀嚼して消化して解釈して、その上で理解しているから他の人にも説明できる、そんなイメージです。わかった気になるということは知識はあっても(ない場合も!)体験や咀嚼や消化や解釈が欠落しているから、説明を求められた時にネット上の文言をそのまま並べてしまい「あ、この人、わかっていないんだな」と相手に悟られてしまう、そういう有様でしょうか。

自分自身に照らし合わせてみて、今私はわかっている気になっているが、その実さっぱりわかっていないな、そう感じることがあります。そんなとき話し相手は「お前は今、わかっていないだろう?」などとはまず言いません。しかし私がわかっていないことは、しっかり悟られています。私がわかっていないことを承知の上で、便宜上わかっているものとして扱っている。一方の私はわかっていないことを悟られているのを知りながら、今更わかっていないとも言い出せず、わかった気になることでその場をやり過ごしている。これってお互いはお互いの事をわかっていることになるんだろうか?ならないんだろうか?

こういうなんとも不条理なケースが身の回りに多くあるのを感じます。言葉や態度に出して他者との相互理解を深めるのはいいけれど、ひとつひとつをきっちり馬鹿丁寧にやっていられない世の中でもあります。しかし机の上で絵を描いていて、ふと思い出すことがあるのです。あの日あのとき、私はわかっていなかったな。それを見ていたあの人は、何も言わなかった。私を見逃してくれたのか、それとも見捨てたのか、どっちだったのだろうかと。

(*日記No.445 2012年1月20日掲載のリメイクです。)


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昨年の夏にGALLER北野坂でお会いしたのが最後になってしまいました。神戸に住むポトゥア(インド式巻物紙芝居師)の東野健一さんが、この年始の6日にガンで亡くなられました。享受70歳でした。

確かあれはちょうど一年前のことだったと思う。東野さんからいつものように個展の案内状をいただいたのです。ああ、お元気に活動をされていらっしゃるんだなと、封を開ける前に勝手に思っていたのとは正反対の文面が入っていました。

「胃がんの手術のため入院をし、元気に退院できることと思っていましたが 結果としては残りの時間は6ヶ月と言う診断になり それはそれですっきりしたのですが みなさまには完全復帰を願っていただいたのですが!!人生最速のコースになってしまいました。」東野さんはそれから一年を生き、あの野太く大きな笑い声で、周囲の人々を魅了していたことと思います。

私は東野さんについて多くを語れるほどの付き合いはありません。30年近く前に初めてお会いしてから何度か、作品や舞台や言葉や態度で教わったと思っている者です。随分前ですが秋野亥左牟さんの個展を見に行った折に、ギャラリー番を東野さんがされていたことがあったのです。

そのときに二人で亥左牟さんの魅力を話し合ったことが、今も思い出されます。そしてギャラリーでお客さんを迎える東野さんの悠然とした構え。なんと素晴らしい接客姿勢だろうと感激をしたことがありました。今自分が個展をする時に、いつも真っ先に頭の中に浮かぶ理想像です。

東野さんのある個展に伺った際には、絵とポトゥアの両立について伺ったこともありました。元は絵描きの道に邁進するつもりで会社員を辞めたんだ。ポトゥアになるなんて考えもしなかったと、語っておられました。また作品の値付けについても独自の考えを持っておられ、「君の作品は値が安すぎる」と笑ってシビアに指摘をされたことがありました。

たった一回だけですが、同じ展覧会でご一緒させてもらったことがあります。そのときは亥左牟さんも参加されて、二人の姿を後ろから黙って拝見するだけでも、私にとっては大きな喜びでした。あの二人が話したり、絵を描いたりするのを見るなんて、何かしら不思議な光景でした。まだあのときは揃って元気だったのです。

昨年の夏にGALLER北野坂を訪れたとき、東野さんは床に絨毯を敷いて寝たままで、お客さんと話されていました。たぶん体が相当にしんどかったのです。ほんの少しだけ声をかけました。目を閉じて、それでもよく響く声で返してくれました。そして眠ったのです。

ポトゥアであることと、作家であることの狭間で、東野さんは表現者としての30年間を生きたのだと思う。そして自分が演じた宇宙へ、一人で帰っていかれたのでしょう。あの魅力的な笑顔を残して。

随分遅くなりました。ご冥福をお祈りいたします。

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今日は朝から、大阪市内のとある小学校で絵本の授業をしてきました。初めて会う人たちばかりでしたが、最高でした!学校で多くの子どもを相手に話すのは、正直にいって疲れるところもあるのですが、彼らの素晴らしいところは、疲労を倍のエネルギーにして返してくれることです。強い日差しの公園にいたような、頭がクラクラするほどの心地よさを味わっています。

授業といっても、子どもたちの前で絵本を読んで、感想を聞くというものです。読む絵本というのは、自分が手がけたものを選んで持って行ったので、反応が楽しみでもあり恐くもありました。2時間目〜4時間目まで、一コマつづ学年を変えて授業をしたのですが、目の前で真剣に画面を見入られると不安になります。楽しんでくれているんだろうか、わかってくれているんだろうかと。

数年前まで、年に何度か声をかけていただいて小学校へ出向いていました。時にはワークショップ的な授業をしたり、時には絵本を読んだり、時には話しだけだったり。そんな活動を10年ほど続けましたが、ある時期から、自分が発する子どもたちへのメッセージが古くさいと感じるようになり、また作業の合間で時間を見つけることも難しくなり、意図して徐々に学校から遠ざかりました。

今回は久しぶりだったのと、子どもたちの生真面目でうぶな反応に、心から楽しい思いをさせてもらいました。心配だった絵本の感想も、心が震えるぐらいありがたい言葉をいただきました。近い距離で絵本を見ようと、すぐ手前まで来る子の、真新しい目。あんなに躍動的で美しい瞳の前で、自分の描いた絵本を読めるなんて、もの作り冥利に尽きます。

この世にやってきて、まだ間もない生き物たち。笑顔の裏側に、心配事や不安を抱えているのが、透けて見えてきそう。運動場へ向かって廊下をひた走る後ろ姿は、昨日の私。校門の向こうで元気に手を振ってくれた彼らに、私ができることは何だろうか。

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今日みんなと一緒にいただいた給食。美味しかった〜っ!





















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今年も続く未公開蔵入り作品の掘り出し企画です。どうぞお付き合いくださいませ。
毎回掲載する15点、似かよった作品ばかりにならないようにしているのですが、なかなかこれが難しいです。色や手癖は持ち味として描き手の中にあるものなので、そう簡単に他人にはなれません。それで画材や気分の力を借りて、別な人になりすますわけです。見る人からしたら「全然なりすましていないじゃないか」という声も聞こえてきそうで、本人だけがその気になっているのかもしれません。でもそれって案外大切だな。


「ヌー とどまる」
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「お手伝い」
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「頂きから」
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「寄せ集め1」
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「雲がな、いごいご降りてきよってん」
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「位相4」
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「フジヤマ」
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「植物のお祭り1」
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「素早いステップ」
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「帰り道を急げ」
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「カンテグランデより濃い」
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「花園」
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「シャケのおにぎり」
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「万華鏡1」
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「セン」
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周囲に「今年を最後に年賀状を出すのを止めます」という人がチラホラいる。その心情はわからないでもない。「あんな儀礼でしかないやりとりは、無駄の極地だ」これは私がまだ二十代の頃に、五十才を過ぎた人から聞いた言葉だ。年賀状に懲り懲りの人は昨今に始まったことではなくて、昔からいたのだ。

考えてみれば確かに、全員に同じ言葉を印刷して、同じ時期にドサッと発送している郵便物なわけで、個々の便りとしてのありがた味のようなものが感じられない。もはや慣例と化しているから疑問にも思わないが、なにも一律に同様の挨拶を載せて郵便上のやりとりをする義務など、国民が負うものでもないだろうに。もしかしたら郵政が公社であった時代の国策だったのだろうか。

と、こんな風に書いていながらも、私は年賀状の伝達力が馬鹿にならないと思っている一人だ。毎年たくさんの年賀状を苦心の末に投函するが、その中には本心や下心を込めて書くものが少しはある。すると、かなりの割合で反応があるから驚く。普段なら主題として伝え難いようなことや、改めてメールで送るほどのないことでも、年賀状なら端にちょこっと書いて出せる。新年の挨拶なんかよりも、その「ちょこっと」の方がよっぽど伝えたいわけで、そういうニュアンスがよく理解される気がしている。

先日も年賀状に書いた「ちょこっと」への返答のメールがあって、やっぱりこの伝達力は侮れないなと感じた。今年の年末はしっかり準備をして、「ちょこっと」といわず、たくさんの伝え事を年賀状に書こうかな(笑)。

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