ブログやf.b.やツイッターでいろいろな情報を発信することは、自分の動向を世に流布することでもあります。先日ある人とお会いした折に、私のドタバタな行動を「大丈夫ですか?」と心配されました。あ、そうか、この人は私が無計画な動き方をしていたことを知っているんだ。両者で共有された情報があって、それを踏まえた上で会話が始まっているから、話しが早い。

常々思うのですが、私らがネット機能を使って恩恵を感じるとき、それは省かれた無駄を見るときであって、時間や手間をかけずに済む効用があったときだと思う。その人との会話にも、一から説明のやりとりをしないでも、感想だけで事足りる、そんな省かれた前提があります。近道を歩くことですんなりわかりあえたのです

近道は私らをどこまで楽に運んでくれるのでしょうね。


「海はチャプチャプ」

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「ソワソワ」

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「ざわめく庭」

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「地図」

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「二人だけのデート」

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「廃線トンネルの中から」

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「感じる下敷き4」

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「清流」

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「 レターセット」

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「バラ園」

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「浴槽」

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「島々清しゃ」

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「チェッカーフラッグ」

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「花の素顔はグロテスク」

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「お花屋さん」 
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 添付されている画像の無断転用・使用を禁止いたします。





















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先日の日曜日にギャラリーヴィーさんでの『はしをわたってしらないまちへ』原画展が無事終了いたしました。大変遅くなりましたが、来廊くださったみなさまに感謝しております。どうもありがとうございました。いつもの個展でしたらお礼のハガキを書くのですが、今回は時間を都合できずで、このブログにての挨拶で代えさせていただきます。ご了承ください。


絵本の発売に合わせた原画展というのは随分久しぶりです。そのせいか、いろいろ感ずるところがありました。ちょっと並べてみますね。


1.原画の発色と刷り本のそれとの違いを挙げる方。 

〜これは概ね原画の発色が刷り本上では再現されていないとの指摘でした。絵の具の色がそのまま印刷の色になってくれるといいのですが、印刷では基本的にCMYKの4色の掛け合わせで色を作りますから、無制限に色数をつけられる絵の具と違って、再現できない色もあります。思ったようにならない色を印刷屋さんと協議して、できるだけ近づけてゆく色校正でもかなり労力を割いたのですが、今回の絵本はそのあたりが難しかった。本来原画展は原画の良さを味わっていただきたいと思って実施するのですが、その言葉を裏返すと、原画があるがゆえに印刷物への失望に繋がってしまうことにもなると実感しました。


2.参考にと思って陳列したダミー本への関心が高かったこと。

〜何の参考かというと、ギャラリーヴィーさんで行われている絵本塾に通う生徒さんたちの、絵本制作の参考になればと思って。絵本作りをしない一般の読者の方もダミー本への関心は強く、5稿までの各ダミー本での進展に見られる変化に注目されたようです。その中で、編集者(つまり出版社)サイドからの要請に、作者側が付き合わされて描き直しているという見方が多かった。一概にそうとは言えないのです。いろんな条件で変化してできあがったものなので。しかし、ものがそこにあって、何の注釈もなければ、企業が一個人の創造性を圧しているというストーリーになって受け取られてゆくこともあるのだなと思いました。


今後再び原画展をする機会がありましたら、今回感じたことを活かして、更に良いものを目指したいと考えます。お越し下さったみなさま、本当にありがとうございました。


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(ギャラリーヴィーさんのツイッター投稿よりお借りした画像です。)



















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早いもので新刊絵本『はしをわたってしらないまちへ』特集も今日が最終回。となれば、最もお世話になった編集者さんについて語らないわけにはいきません。担当していただいた編集者Iさんとは、2009年に東京の青山にあるギャラリーオーパさんで個展をした際に、初めてお会いしました。実はそのとき、I さんの上司の方が先に見にきて下さり、福音館書店さんの名前とその方の貫禄にビビりっぱなしで、後日I さんが登場されたときは少々腑抜けになっていたのですよ。恥ずかしいなあ。しかしですよ、「福音館書店」というのは、それはもう…


文章を担当した高科さん曰く「ゴホンといえば龍角散 絵本といえば福音館」古いなあ、この人(笑)。しかしそれぐらい、福音館書店さんは、少なくとも私にとっては、超一流の作品を永きに渡って生み出してきた、絵本界の強力な泉なのです。『ぐりとぐら』『おおきなかぶ』『きんぎょがにげた』『ごろごろ にゃーん』『こんとあき』『だいちゃんとうみ』『プンクマインチャ』『やっぱりおおかみ』『エンソくん きしゃにのる』『だくちる だくちる』等々、ちょっと挙げただけでも目眩がしそうなぐらいの、キラ星の如く光り輝く古典・名作の数々!


更に言うと、私にとって福音館書店さんからペーパーバック形式のこどものともが出版になるというのは、1950年代60年代のアメリカ南部のチトリンサーキットでワンナイトスタンドを続けていた黒人ローカルシンガーが、或る日名門アトランティックレコードからシングル盤が出ることになりました、というのに等しいのです。(まさしくジョー・テックス!)え?わからないですか?そうか、、、わかる人にだけしかわからない例えですみません(笑)。そういえば同じことをI さんにも話したのですが、ほとんど意味が伝わっていませんでした💦


そのくらい福音館書店さんは、私にとっては憧れの出版社でした。その会社の編集者I さんと一から作品を創ることができる喜びは、大きなやる気に繋がっていました。幾度となく変更や訂正を提案されても、嫌々引き受けたことは一度もなかったと思う。I さんの穏やかな物言いの力も大きかった。(妙に納得してしまう!)またあくまで編集部での総意として、作品を読み取っての提案が戻ってくるので、創る側にとって外圧のように感じることが少なく、全方位型の絵本を目指して知らない間に福音館書店流ベルトコンベアに乗っかっていた私でした。


もしI さんがこの本を引き受けてくれなかったら、私はエージェンシーとして(笑)今もあちこち売り込みをせねばならなかったかもしれない。原画を描き終えたときよりも、出版物が無事仕上がったときよりも、私はI さんから一緒にやりましょうと電話をもらったときのほうがずっと嬉しかった!(心臓が一瞬不整脈を打った気がしましたもん。)3人で歩いたしまなみ海道の旅は、本当に楽しかったです。打ち合わせで何度も個展に来ていただき、原画の引き取りや返却、色校正の際もお世話になり、本当に頭が上がりません。どうもありがとうございました。感謝いたします。Iさんのおかげで、私は福音館書店さんから絵本を出したつくり手になることができました。これって、遠い昔にみた夢だったんだ…   


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楽しかったなあ。
この絵本を作っている間、ずっと楽しかった気がする。
絵本の世界からご褒美をもらったような時間だった。





















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新刊絵本特集第三回目の今日は、文章を担当された高科正信さんのことを。この人とは長い付き合いです。そう頻繁に会うわけではないですが、付かず離れずでもう28年ぐらいになります。始まりは私が28才で入学した専門学校の絵本科での、文章表現の授業でした。そこで講師として教える側にいたのが高科さんでした。既に職業作家であった彼は、児童文学に関する知識の宝庫でした。国内国外問わず、めちゃくちゃに詳しい。遅蒔きながら、私はこの人からたくさんの名作を教えてもらい、来る日も来る日も読みまくりました。


高科さんは特異な個性があって、話せば必ず愚痴やボヤキが束になって聞き手に降りかかってきます。内容は全て創作に関することです。これは今も変わりません。よく飽きないものだと思うぐらい、次から次へと出てきます。相手が初対面であろうが、児童文学に興味がなかろうが、そんなの一切関係なし。上野瞭さんや灰谷健次郎さん、今江祥智さんといった児童書黄金期を彩った巨星たちに師事したこともあって、作家たるものの斯くあるべしという意識を持った人であることは確かです。それが愚痴やボヤキとどう関係あるのかは謎ですが(笑)。


高科さんのキャリアは長い。30年以上に及ぶ作家生活で、ほぼ毎年童話、児童文学、絵本などの作品を発表し続けています。継続は力なりといいますが、私は端で見ていて、その難しさ厳しさを知ったクチです。積極的にガンガン売り込むタイプの作家さんではないので、新作の発表が大変だとよく聞きます。私には何とも言えない。一人の作り手と、企業である出版社と。その関係性は私も高科さんも同じなわけです。ただ今回は一緒に絵本を作ることになったのだから、できる限りのことはしたかったのです。


最初に「一緒にやろう」と声をかけたのは私ですし、専門学校時代から一度はお手合わせしたいと思っていた作家さんであり、もしかしたら私にとっての何か新しいチャレンジになるかもしれないと、内心期待していた面もありました。このあたりの実情は、商業出版における私利私欲にまみれていて、「純粋な心を持ってこどもの本を作る」などというようなきれいごとは、私の頭の中のどこを捜しても見つからなかったと思う。高科さんとの初めての共作絵本を、どんな形でもいいから、なんとか世に出したかったというのが本心です。


考えてみれば、高科さんからは、職業作家のリアリズムを嫌というほど教えてもらいました。彼のそういうスタンスを揶揄したり、よく言わない人がいるのは知っています。私だって全面的に同意はしません。しかし、誰が何を言おうと、この人は黙々とゼロから作品を生み出し続けてきました。そのことを私は認めています。今回の『はしをわたってしらないまちへ』で、私も高科作品の系譜の末席に加えてもらったのです。出版になってうれしいとか、感激したとかではなく、ひと安心できたと思っています。高科正信さんは、私にとってそういう作家なのです。

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早く絵本の原画を描きたいのに、なかなかラフの完成形が見えてこなくて、待ちきれずに個展で描いた品です。絵本の中によく似た場面があります。こういう先描きのフライング、よくあるんですわ、私には。(添付されている画像の無断転用・使用を禁止いたします。)





















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その日の午後、台所に置いてある小冊子の表紙が目に入りました。大きな橋が海に向かって、グィ~ンと伸びている写真でした。「うわ、これ、かっこええやないか!」と一目惚れした私は、さっそくスケッチブックにちょこちょこ橋の絵を描いて遊んでいました。決して子どもじゃないんですが(笑)、刺激のあるものを見ると、すぐに絵に落とし込みたくなるクセがあります。そのうち、橋にまつわる時間を描いてみたいと思うようになってきて、これは絵本だな、そう感じました。8年前の、2009年のことです。


橋を主軸に据えたストーリーを考えていたのですが、どうしても意識が海へ流れてしまい、橋がメインにならない。困ったな。そんな折に旧知の児童文学作家、高科正信さんと会う機会があり、軽く声をかけたのが『はしをわたってしらないまちへ』の始まりでした。2010年の夏の終わりの頃です。確か約一ヶ月ほど後に高科さんから手紙が届きました。絵本のテキストでした。私は一読して、すぐにダミー本の制作にとりかかった…と書きたいのですが、実際に描き始めたのは1年後です。やる気がなかったのでしょうか?いやいや、そんなことはないのですが💦


翌2011年に、ある絵本作家の夫婦による二人展が京都で開かれました。二人に会うのは久しぶりだったので、いそいそ出かけると、なんと私と入れ違いで高科さんが数分前までギャラリーにいて、「中川君に絵本のテキストを書いて渡したのに、何も返答がない」と言って怒っていたというのです!これはまずい!と思った私は、翌月に広島県の尾道から伸びるしまなみ海道へ、一泊二日の取材旅行に出かけました。レンタルサイクルで30キロを走り、様々なポイントを押さえてダミー本に取りかかったわけです。


ダミー本が出来上がった2012年初頭から、売り込みを開始しました。最初に3社ほど出版社を当ったのですが、どうも反応がよろしくなく、ダミー本の手直しが必要かなと思いました。微調整後に4社目でいい線までいったのですが、やむなき理由で先方が突然途中下車(笑)をしてしまいました。なんとも残念でした。それが2014年2月のことです。困ったなあと思っていた或る日の明け方に、寝床で不意に思いついたのが福音館書店さんのある編集者さんのことでした。その方とは2009年と2011年に、東京での個展でお会いしていました。


さっそくメールで連絡を取って、ダミー本を見てもらうことに。すると幸運にも作品を一緒に創りたいとの返事をいただき、2014年の6月にわざわざ神戸まで来て下さり、JR三ノ宮前にあるニシムラコーヒーの二階で、初めて三人で顔合わせをしました。今だから言いますが、私はこの時「あ、これは絶対上手くいく」と確信しました。この編集者さんが入った3人の距離感をハマったと感じたからです。ただ、ここからが長かった。編集者さんの提案で、3人でしまなみ海道を歩く一泊二日の取材に出ることになったのです。ええっ?また行くの〜?


2014年の10月のしまなみウォークに一日だけ参加した私ら3人は、30数kmを7時間かけて歩きました。完全にグロッキー状態(笑)。自転車でもしんどいのに、歩くのはそんなものではなかったです。おかげで絵本にする材料をたくさん捕獲して帰ることができました。思えばこの取材からちょうど3年が経って、よくやく本が出たわけです。全く気の長い話しですねえ。その間、たくさんの変更や修正をこなして、なんとか出版という形に着地しました。私も高科さんも編集者さんも、誰一人音を上げなかったのは、取材で筋肉痛になった者同士の、熱い連帯感があったからだと私は思っていますよ(笑)。


 

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売り込み用に描いたもの。主人公のプロポーションが、本になったバージョンと微妙に異なる。最初は6〜8才ぐらいの設定年齢でした。(添付されている画像の無断転用・使用を禁止いたします。)



   

















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