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思い出したように掲載している<えかきむし蔵出し画像>。
今回の作品の中に「カッコーの巣の上で、チーフはいったいどこへ行った」というタイトルのものがあります。『カッコーの巣の上で』とは1975年のアメリカ映画で、本国でも日本でも大いに話題になりヒットしたので、ご存知の方も多いと思います。(作品説明は省きます。)ラストシーンで、ジャック・ニコルスンが演じるマクマーフィーを窒息死させたチーフ(ウィル・サンプソン)が水飲み台を持ち上げて窓にぶつけて壊し、精神病院から脱走してゆきます。若い時分は、このラストに、自由を求める人間の意志を見て頷いたものです。
数年前に久方ぶりにこの映画を鑑賞しました。そして思った。チーフはあの後、いったいどこへ行ったんだ?おそらく彼は、どこへも行っていないのではないかと。彼は逃げたのではなく、一回りして、戻ってきたのではないかと。
初見から40年ほど経って、映画を通して見える世の中が大きく変わってしまった。そんなことを感じた作品でした。

梅雨時の蔵出し画像41回目です。


「イソギンチャクたち」
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「グニャセン」
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「大山からの帰り道」
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「皺だらけの金網」
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「ブーチーのグラサン」
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「作品展2」
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「青い門」
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「書物で知り 行動で学ぶ」
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「フルチン(フリチン)」
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「掛け布団」
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「池には金魚が」
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「木漏れ日」
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「カッコーの巣の上で、チーフはいったいどこへ行った」
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「奥穂高の流れ星」


「お弁当箱散らかった」
添付されている画像の無断転用・使用を禁止いたします。






















何某かの締め切りがあると、それをクリアしないうちは大きな気晴らしは難しいです。かといって、締め切りや納期にだけ沿って生きていたら、自分の生活やリズムなんか簡単に狂ってしまう。どこかで効果的な息抜きを入れ、うまくやりくりして生きてゆかないと。

SNSを見ていると、なんとも羨ましい休日やOFF会などの気分展開模様を目にします。鮮やかな画像と弾ける文字で楽園気分が伝わります。私も一度くらい、その手の内容で、当ブログを更新してみたいものです。でもそんな機会もあるでなし、それでは上げようもないか(笑)。

先日のこと。私の住んでいる市が発行する広報誌の、リレーエッセーのコーナーに寄稿掲載をしてもらいました。名前や顔写真が載っているので、ローカルながら見た人からは反響があるに違いないと思っていました。これはこれでいい気分転換になるぞと決めつけていましたよ、私は。

その広報誌は6月末に各戸に配布されたのですが、びっくりするぐらいに反応がない。無風。初老のおっさんがたまたま広報誌に載った、そんなところでした。トホホ…。気分転換を期待していたのに、これではいつもとなんら変わらぬ同じ日常じゃないか。

しかし考えてみれば、その寄稿も締め切りを乗り越えて提出したものでした。文章を書き、タイトル文字を作り、誌面に載せる画像を用意して、自分で気晴らしの素を作って仕込んでいたわけです。それが蓋を開けてみれば空振りに終わったとあっては、虚しすぎる!せめてサイトぐらい見ておくれ(笑)。https://www.city.toyonaka.osaka.jp/joho/kouhou/kouhou/koho_pdf/07.files/13_P44_P45.pdf


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貼り貼りして作ったタイトル文字。
夜中までかかって、気張って作ったのになあ。
ああ、やがて哀しき気晴らし工作💦




























大人になったら仕事に時間を費やして日々を送ることになります。仕事のことを書こうと思ったのは、先日会社勤めの人から仕事話を聞かされ、思うところがあったからです。「自分で問題解決をする気概が全くない人がいて…」とのこと。まあ、珍しい話じゃないですよね(笑)。そんな、いわゆる愚痴を聞いて、ふと私は20年ほど前の自分のことを思い出しました。私が会社勤めと絵本の仕事の二本立てをやっていた頃のことを。

初めての絵本の仕事は、言われたことだけをやっていたらいい、そんな仕事なわけがなかった!矢継ぎばやにアイデアを求められ、見えるようにして、きつい判断を下されました。絵本制作がやりたいことではあっても、そのやり方には不満がいっぱいあった。しかし私は従うしかなく、その枠内であってもわずかな創造性を駆使して、提案し協議しぶつかり、最終的に出版に漕ぎ着けたことを色濃く記憶しています。

同時期に会社でやっていた仕事では、先の話と全く同じような「気概のない人」と一緒に物事を進めていました。なぜ大人のやる気を起こすことにまで気を配って仕事をせねばならないのか、私は内心大いに怒り狂っていました。絵本の仕事で出版社から私に求められる姿勢と、会社で目の前にいる社員さんの労働姿勢とがあまりに乖離しすぎて、自分の中で分裂しそうでした。あれはしんどかった。しんどいながらに考えた。

仕事をするとき、大人は自分を使って、自分を開発し、自分を発見していかないと。気概とか意欲とか前向きとかいうものは、受け身のままでは見つけられない。生きがい?そんなの、到底無理!自分で考えず動かず、指示を待っているだけでは。そんな結論でした。間違っていなかったと思います。なぜなら絵を描き絵本を作ることの中で、受け身のままでできる仕事など何もなかったからです。生きがいを感じる仕事って、大抵そうじゃないでしょうか。

同じ仕事というワードに関して20年前に感じた大きな落差、狂うようなあの怒り。それをフリーで活動するようになってからは、感じることがなくなりました。自分の性に合っているのでしょう。一人であれこれやるのが。怒るのも喜ぶのも好きなだけ自由だし(笑)。少なくとも他人のやる気のなさは仕事の守備範囲外です。さて、件の気概のない社員さんですが、その人に何か掴んでもらうには、絵本を作る仕事をしてもらうのが一番いいのではないかと、私は話の相手にお勧めしました。


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ある社会や集団、組織から展望を持って自発的に脱する際に「卒業」という言葉を用いる事があります。「卒業」が意味するところは何なのでしょうか。「ここで学べることはしっかり学んだ」「次のステップへ上がるには環境を変えることが必要だ」「個のベクトルに従って生きると、いつまでも同じ場所にはいられない」等々。私の解釈が的確かどうかは疑わしいのですが、今まで自分が所属したところから出てゆくにあたって、割と未練なく去る印象があります。将来に対する明るい見通しを胸の内に持っているからでしょう。「卒業」の先に待っているのは、全てが船出です。私が文字通り学校から「卒業」したときも、その先にあったのは進学であったり就職であったりしました。後ろを振り返る前に、未来に繋がる予感に惹かれたものです。


「卒業」は聞き様によれば、今までの活動を見限った、過去を上から見下ろしたような傲慢さとして使うこともあります。その根底には、不本意から本意への変身願望があるような気がします。冒険心に満ちた若者は機会を見つけては「卒業」してゆきます。「卒業」を繰り返すことで本当に化けてゆく人もいれば、「仮卒業」を繰り返すだけで本意からどんどん遠ざかってしまう人もいるのでしょう。内なる「卒業」の瞬間がわかるのは唯一本人だけで、実際に決定し自分を先へ押し出すのも、本人にのみ可能です。学校の「卒業」のような形式的規範に則った団体行動ではなく、人生で自己を真っ当に生かしたい願いから生まれた「卒業」が理想だと思います。そのせいでしょうか、人の老いは「卒業」しないことから始まるような気がしてなりません。


(*日記No.727 2014年7月24日掲載のリメイクです。)  


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一番最近の卒業って、フルマラソンかなぁ。10年やったけど、もう二度と戻るところではない気がする。





















先日のこと。朝ご飯を食べながら朝刊をひろげていたら、第15回大阪こども「本の帯創作コンクール」の全面広告ページがありました。「へぇ〜」と思って見ると『ミカちゃんのひだりて』の書影が出ていたので「えっ?」読んでみると「本の帯創作コンクール」の課題図書に『ミカちゃん〜』が選ばれていた!ありがたいことです。日頃のアンテナが鈍いのか、私、新聞を読むまで全く知りませんでした。


本の帯創作コンクールの名前は知っていましたが、内容についてはまるで、、、というのが本当のところです。今回初めて新聞やサイトで詳しいところを知りました。応募は2部門あり、課題図書部門は低学年(1・2年生)の部、中学年(3・4年生)の部、高学年(5・6年生)の部が対象。自由図書部門は小学生全学年対象とのこと。課題図書はそれぞれの学年に6作づつ計18作品が選定されています。(詳しくは下記サイトをどうぞ。)

http://www.osaka-books.ne.jp/index.php?c=4-5


読書感想文を書くのが嫌いな人も、本の帯を作ることで、感想文とは違ったアプローチをしてくれるのではないか。主催者側のそんな意図も浮かんできそうですが、何にしろ読書推進を目的とされる企画なので、たくさんの応募者があることを願っております。そしてできれば『ミカちゃんのひだりて』を購読していただき、ネタにしてもらえれば言うことなしです(笑)。


今年の初めに当ブログで書いたことなのですが、子どもの本離れを憂う声はずっと以前からありました。帯のコンクールも、そのことに対する行政や、教育関係者・書店業界からのアクションであり、そのことになんら異議はありません。問題は別なところ、つまり子どもたちが実際に目にしている大人にあります。暇さえあればスマートフォンにのめり込んで、読書から遠く離れて行ってしまった人たち。まず「本の帯創作コンクール」に参加すべきなのは、そんな大人たちではないかと思うのですが。


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