昨日、本年一発目の小学校訪問をしてきました。今回は大阪府教育庁主催の絵本作家学校訪問事業、大阪府オーサービジットの一環によるものです。昨年出版になった『ミカちゃんのひだりて』をあらかじめ学校で読んでもらって、のちに作者本人がその学校へ出向くというもの。行ってきましたよ、遠路はるばる大阪府を縦断して(笑)。

訪問校では、約90人の少年少女が待っていてくれました。いつも思うのですが、子どもたちは心から弾けていますね(笑)。表情や仕草、言葉端々に、興味や関心を滲ませながら、こちらをまっすぐに見ている。ああ、なんて素敵な眼差しなんだろう。彼らと一緒なら、何時間でもいられる。恋と一緒ですね(笑)。

持参した絵本を3冊読んで、質問や感想などを聞きながら、約一時間ほどを過ごしました。帰る折には握手攻めでこちらが恐縮しましたよ。上手く話そうと思っているわけではないのに、終わってみると毎回「もっとできた」「今度こそ」という気持ちになります。向上心などというのではなく、ただ喜んでほしい、それだけなのです。

子どもたちの読書推進運動の一環として、今回は訪問したのですが、少しでも役に立てればなあと思います。けれどその前に、私たち大人がもっと本を読まないと。街中でスマホばかり見ている大人を、子どもは知っている。「そんな姿を平気で晒して、何が読書をしなさいだ」そんなパンクな声が聞こえてきそうな帰り道でした。

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今年の年賀状は苦戦しました。年末にほぼ書けなくて、概ね年を越えてから書く羽目に。時間の使い方を間違えたのが一番かな。それと、私自身の年賀状に対する執着心が、変わってきたように思います。

お世話になった人やお付き合いのある人に、年始の挨拶として年賀状を書くものだと思ってきたのですが、年々形式的な(と言うよりも、単なる印刷物の)やり取りが以前よりも増えてきたと感じます。生存確認にはちょうどいいかもしれませんが。

SNS全盛時代の今、利用者がどのように年賀状に向き合うかで、必要か不要かに振り分けられつつあるのではないでしょうか。郵便物で繋がる必要性がある相手とは、どんな人なのか。自筆で差し出すべき先とは、一体誰なのか。昨年よりも一気に50枚も投函枚数が減ったのは何故なのか。SNSの日常と、年賀状の非日常とでは、どちらが大事なのか。

子供の頃から習慣のように書いてきた年賀状も、その役目を見定める時がきたなと、私は思います。

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新年あけましておめでとうございます。本年も当ブログとのお付き合いを、どうぞよろしくお願いいたします。

この1月・2月は、講演やゲストティーチャーという名の行脚がいくつかあります。主に大阪府内なのですが、初めての庁舎や学校ばかり。初めての場所で、初めて会う人の前で話をするのは緊張するものです。緊張はするのですが、私はカチカチにはならないタチです。私が硬いと、聞いているお客さんも硬くなるし。それで座の雰囲気が硬そうな時は、なんとか柔らかくしようとして、つい躍起になってしまう、そんな困ったタチです(笑)。

自分の仕事は絵を描くことだと思っていた私に、初めて小学校でお話をする依頼をいただいた時は驚きました。もう十七年ほど前のことです。それで事前準備をしっかりやって当日を迎え、意を決して教室に入ったら生徒さんが6人しかいなかった!(笑)。手違いがあったわけではなくて、キャリア学習の一環でもの作りを志す生徒さんが6人しかいなかったのです。少ないなあと思ったのは事実ですが、だからといって手を抜いたりはしません。

私が敬愛するソウルシンガーの故ボビー・ウォーマックは、ライブでお客さんの入りが少ない時は「ヘイ、みんな、もっと前に来い!さあ、今日はこれからパーティだ!」と呼びかけて、いつも以上に唄に演奏に熱が入ったそうです。その日私は予定の時間を大幅に越えて、先生からストップがかかるまでヤイヤイ話した記憶があります。それが正しかったのか間違いだったのか、初めての経験者にはさっぱりわかりませんでした。

それから6年ほど経ったある飲み会の席で、その時の先生とばったり出会ったのです。そしてあの6人のうちの一人が美大へ進んだという話を聞きました。私のしつこい話がその生徒さんに影響があったとは思わないですし、先生もそういうことは言いませんでした。しかし、(上っ面を舐める程度だったかもしれないですが)もの作りについて熱を入れて話したことに、何らかの意味はあったような気がしているのです。

今月と来月に出会う初めての人。それが子どもであっても大人であっても、静かに丁寧に面白く話しかけたいな。そうすれば必ず伝わるものだから。


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年末にこの一年を振り返り、年明けに新しい年の目標を決める。こういう習慣が、私の中ですっかり消えました。二年前に当ブログでこんなことを書いています。

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年始年末で、何に飽きているかといって、年末にこの一年を振り返ることと、年始に一年の抱負を決めること。このふたつは今まで相当な回数をやってきて、もういい加減飽き飽きして嫌になりました(笑)。

一年の括りで特筆するようなことは、この数年何もなかったと思う。もっと長い時間の中で、緩やかな変化があって、それが後々自分をどのように変えていたのかがわかる、そんな話しだったらいいのにな。

一年はあまりに短過ぎて、目の前を通り過ぎて行った出来事や、体得できた成果などに気がつかないこともしばしば。12ヶ月がフルスピードで駆けてゆくのがわかっているのに、新年の目標なんておちおち掲げられません。掲げた本人だけが置いてきぼりを食らっている姿が目に見えるようです。

年始年末の区切りは、3年に一回ぐらいで充分。それよりも12月と1月の間を、例えば5月と6月の間を日常の歩幅で跨いでいるように、10月と11月の間を同じ水位で泳いでいるように、無理にテンションを上げ下げないで心静かに過ごしてみたい。
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本心ですね、これは。そして二年経って、着実に肉体化されてきている実感があります。一年間の時間は区切りがいいから切り替えやすい。しかし切り替えに飽きてしまっては、如何ともしがたい。多分私は、過去において、新年の抱負が何も実行されていないことに対する嫌悪があるのだと推測します。それで振り返りたくもないのです。今年もいろいろあったなあ。新しい年も無事で過ごせますように。私はこれだけで充分だ。

2018年も当ブログを読んでくださり、ありがとうございました。更新ペースが鈍っておりますが、この先ものんびり続けてゆきますよ。それでは良いお年を!



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忘年会が続いています。飲めない男と分かって誘われて、そうと知って出かけてゆくのです。二十代の頃はなぜか酒の席の大はしゃぎが好きでした。それを邪魔臭いもんだなあと思うようになったのは、いつの頃からか。お酒の強要は確かにあったし、よくある「飲めない君は人生の半分を損している」といった類の講釈を浴びることもあった。しかしそれでお酒の場を遠ざけるようになったわけではないです。

最大の理由はお金だったと思う。お酒をがんがん飲む人と、全く飲まない私とが同じ割り勘料金になるのは納得がいかなかった。ある日本酒を味わう企画があった折に、こっぴどい割り勘負けをしてから、ほとほと馬鹿馬鹿しくなりました。そんな席へ飲めもしないで出かける私が悪いのですが、その時はお誘いの断りをできなかった事情があったはずで、そうでなかったらまず行きません。酩酊者ばかりに囲まれた帰りの電車は、それはそれは長かった。

お酒の席に出かけるようになったのは(声をかけてもらって、ですが)、五十代に入ってからでしょうか。考え方に少し余裕が持てるようになったのかもしれません。よろしくない飲み方をする人との同席が減ったことや、私自身がワインなら少しは飲めるようになってきたことも理由の一つです。それでも酒席の一番の楽しみは、会話です。先日も私より30歳ほども若い方との忘年会で、面白い話や生き生きした表情を楽しむことができました。

お酒のない生活が当たり前の私は、お酒の席をどのように過ごすかに、案外知恵を絞ってきたのかもしれません。


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