152 <音楽えかきむし〜1979年(前)>
予備校へ通うために、生まれて初めて実家を離れ、京都市内で下宿をしたのですが、最初の夜の寂しかったこと!18歳でしたが、心の中は幼稚園児みたいなものでしたね(笑)。幸い同じ下宿で友人ができ、お互いの趣味を話す間柄になると、おもしろいことにみんなが洋楽の大ファンだったのです。そしてこれも同じように、それぞれがラジオとカセットテープに依存した生活を始めんとしていたのです。下宿浪人生にレコードプレーヤーやステレオなんて、もってのほかでしたから。
お気に入りのラジオ局はもちろんFM大阪!(AMは中学校でほとんど卒業していたかな。)その頃は関西でのFM局は、NHKFMとFM大阪の2つのみでした。NHKはまだクラシック主体の旧態依然としたプログラムで、エア・チェック(今では死語か…)には、CMがないぶんNHKFMの方が向いていましたが、なにせ保守的というか、聴きたい番組自体が少なかった。それに比べるとFM大阪はまだ開けていました。ライトな番組内容で、流行の音楽をどんどん流していました。それがちょうど私たちのニーズに合っていたのです。
1979年の曲を思い出すと…スーパートランプ「ロジカル・ソング」、ダイアー・ストレイツ「サルタンズ・オブ・スウィング」、バッド・カンパニー「ロックンロール・ファンタジー」、J.D.サウザー「ユゥ・アー・オンリー・ロンリー」、ポール・マッカートニー「カミング・アップ」、オーリアンズ「ラヴ・テイクス・ザ・タイム」、スティーヴィー・ワンダー「センド・ワン・ユァ・ラヴ」、キッス「アイ・ウォズ・メイド・フォ・ラヴィン・ユゥ」、ELO「シャイン・ア・リトル・ラヴ」、エアロスミス「リメンバー」ああ〜きりがない!
と、ここまで書いて、どうにも終らなくなったんで、次回に続きを書きます。ホント、きりがないです(笑)。
待っていたのがドアーズ、あれは決定打でした。
あのままラジオを聴いていたら、80年代の流行音楽を受け入れていたのでしょうかね?考えただけでもおぞましい!
『The Wall』は1980年のイメージがありますが、発表は1979年なんですよね。『In Through the Outdoor』が出たときは、ものがわからん人らが騒ぎ立てていましたが、30年も経つと明らかになるものですね。ズバリ、不要です。