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330 <芦屋市立美術博物館の学芸員一斉退職>

少し前にネットで目にしたとあるニュース。やはり…というのが私の感想です。燻り続ける芦屋市立美術館はどうなるのでしょうか。


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阪神間で戦後、活躍した前衛美術集団「具体」のコレクションなどで知られる芦屋市立美術博物館(同市伊勢町)の学芸員4人全員が、大幅な人件費削減などに反発し、3月末で退職することが18日、明らかになった。学芸員の一斉退職は異例で、同館への寄託品の引き揚げを検討する所有者もあり、地域の文化を伝えるコレクションが散逸する恐れも出ている。(神谷千晶)

学芸員は、同博物館を運営するNPO法人「芦屋ミュージアム・マネジメント(AMM)」に所属。18日夜、芦屋市役所で事務職員を含む計5人が会見を開き、2010年度末での退職の意向を表明した。同館は1991年に開館。財政難などから2006年以降、AMMに業務を委託した。学芸員は市職員からAMM職員になって仕事を続けていた。市はさらに2011年度から指定管理者制度の導入を決定。今年1月、AMMと小学館集英社プロダクションなどを含む団体を指定管理者に選定した。AMMなどでつくる指定管理者は、10年度に約3100万円計上していた人件費を新年度から約1100万円圧縮。学芸員を4人から2人に減らし、約2000万円に減額する方針を決めた。約18年勤めた同館統括リーダーの明尾圭造さんは会見で「人件費や事業計画をめぐり、相談がないまま話が決まっていった。地域の歴史や文化に対する責任を考えると非常に残念だが、AMMに対する不信感が募っており、今後の運営には参加できない」と退職の理由を説明した。一方、AMM側は「限られた予算の中で運営して行かなければならず、(退職は)残念だ」と話している。

学芸員4人全員の退職に、芦屋市立美術博物館に貴重な作品を寄贈・寄託している地域住民らが不安を募らせ、作品の引き揚げの検討を始めた。同市で昭和初期に活躍し、前衛的な「新興写真」運動で知られた写真家・ハナヤ勘兵衛の作品を寄贈した遺族は「地元の文化をよく理解してもらい、長年、信頼関係を築いてきた学芸員がいなくなることは非常に不安だ」と話し、作品の引き揚げも検討。遺作は芦屋の地域文化事業に生かしてもらいたいのだが」と複雑な心境を語る。江戸期の古文書や絵図などを寄贈した同市三条町の住民組織「三条会」の松本源一郎会長(69)は「週明けにでも地域のみんなで集まって話し合い、返却を求めるかどうか決めたい。今後の運営方針について、市はもっと丁寧に説明してほしい」。元「具体美術協会」メンバーの美術家、堀尾貞治さん=神戸市兵庫区=も「寄託作品は返却してもらう方向で考えている」としている。同博物館は関係者に対し、寄託し続けるかどうかなど聞き取り調査を続けている。
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この出来事の背景には、数年前財政懸念によって芦屋市立美術館の存続が危ぶまれた折の運営転換が横たわっています。その時の記事がこれです。



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関西の4月以降の最大のトピックとしては、やはり芦屋市美術博物館の運営が芦屋市文化振興財団(同財団は本年3月31日に解散)から非営利組織である芦屋ミュージアム・マネージメント(AMM)へ委託された事件であろう。公表された情報によれば、年間運営費が前年度の三分の二となり、運営スタッフが半数の六名になったという。私が個人的に知る同館の学芸スタッフも何人かが他館や大学等に移ったのだが、同職員の他の選択肢としては、市職員の嘱託事務として3年の保証を得るか、美術館に残る場合はAMMの単年度雇用の職員ということだったらしい。同館に対する芦屋市の方針というのが「直営の業務委託」という語義矛盾に満ちたもので、あくまでも善意の団体であるAMMという受け皿があっての発言だと受け止めるほか解釈のしようのないような態度である。

これは異聞として受け止めてもらってもよいのだが、指定管理者制度によって民間企業に運営が委託された小規模の博物館相当施設では、その民間企業の赤字を出す部署として最初から計上され、積極的な運営が為されないままに、職員も極端に削減されて開館休業状態の施設もあるいう。民間の営業論理のようなものを当て嵌めれば、そのような事態も当然のこととして予期されたことであろう。同様の事例を美術館相当施設で見聞きしたことはないが、もし仮にそのような極限的な状況が発生した場合、数少ない職員とコレクションで何が行なえるであろうか。

そのような問い掛けへの回答というわけではないであろうが、滋賀県立近代美術館で2月11日から4月2日まで開催された「センシビリア」という展覧会では同館のミニマル・アート系のコレクションを用いて、関西圏のアーティスト・ユニットであるソフトパッドが脚色した展覧会が試みられた。極端なライティングや作品の映像化に対しては賛否両論あったように思うが、そのような展覧会の企画自体に対する評価はともかく、美術館の極北的な状況が予想される今日において、極めて興味深い現象として感じたのは私ばかりではあるまい。因みに、同展を企画した学芸員は、個人的な理由で1月に退職し、それを引き継いだのは元芦屋市美術博物館の学芸員である。

それにしても、このような状況に大きな影響を及ぼす民意とはいったいどのようなものであろうか。公共施設の管理・運営を公共団体が指定する民間の指定管理者に代行させる制度、いわゆる指定管理者制度等によって税金がより有効に活用されるようになることを望まない者はいないであろう。実際、私の勤務している美術館でも、学芸スタッフ、及び常勤事務職員以外は、すでに競争入札によって民間の指定管理者に代行されている。要するに、今問われている「民間委託」の問題となっている部分は、学究的な雰囲気の展覧会は非効率的であり鑑賞者を多く動員できる内容ではないので、より集客を見込めるような内容で低コストの企画を打ち立てることのできる民間の業者に委託する、ないしは民間の業者に学芸スタッフを管理させる、ということになるのであろう。

芦屋市美術博物館の場合は、民間の業者ではなく、善意の非営利団体によって運営されるようになった点が異なるとはいうものの、実に実験的な段階に入っていることがここに明らかであろう。もちろん、そのような形式的な変容ではなく、自己規制によって実験的な展覧会が漸減してきていることは言うまでもないことであり、それは他館に例を引くまでもなく、勤務している国立国際美術館においても、独立行政法人化以降は集客の見込めるようなコレクションを有する海外の美術館展を続けて開催するようになっている。結果として多くの観衆を集めたことが民意に沿ったということになるのであれば、これが現在の日本の世相を反映した美術館の姿なのであろう。

しかしこのような状況は、この国で作家活動を行なうことを考えている者からチャンスを奪っていることでもある。そして結果的には自国の文化度を遅滞させることにも繋がるであろう。ここまで考えると、これが民意なのだろうか、という疑問も自ずから導き出されてくる筈である。
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全く別な話しなのですが、数日前に近鉄小坂駅から歩いて20分ほどにある画廊喫茶美術館(!)へ行ってきました。お世辞にもアクセスがよろしいとはいえない場所で、須田剋太さんの作品が数多く展示されています。喫茶店とはいえど贅沢な作りで、室内での大声でのおしゃべりや携帯電話での会話は厳禁。いろんないきさつから作家自身から作品を譲り受け、それなら作品用にと建物を自費で建てて運営されていらっしゃるそうです。作者、そして鑑賞者が幸せになる作品の預け先とはいったい誰なのか。芦屋市立美術館の件との対比の中で見えてくるものがあまりに多いと感じます。


330 <芦屋市立美術博物館の学芸員一斉退職>_f0201561_8441539.jpg

by ekakimushi | 2011-03-02 08:50 | 絵のこと | Trackback | Comments(6)
Commented by ひとみ at 2011-03-02 14:35 x
近所だけれど、数回しか行ったことないです。
抽象美術に覚えの良い美術館だなぁ~との感想でした。
西宮市の大谷美術館などは具象展示が多く、
芦屋市立美術館との対比が面白いですね。
大阪に芸術は育たないのかなぁ~芸術に理解のある
政治家も少ないんやろうね。
小坂にそんな場所があったとは!
あの辺りには司馬遼太郎さんの記念館もありますね。
司馬さんの小説に須田さんが挿絵をたくさん
描いてはったけど・・・・関係有るのかしら?
Commented by ekakimushi at 2011-03-02 17:23
関係あるようです。司馬さんの散歩コースにその喫茶店があって、それで懇意になられて話しが進んで、ということだったと記憶しています。線が素晴らしくて、ため息ものでした。

芦屋市立美術館は記憶に残る展覧会がいくつもある場所なので、現在のような有様は胸が痛いです。時々あそこを我が身に置き換えて考えることもあります。
Commented by ishitake at 2011-03-02 20:14 x
経済と芸術。
体と心みたいなもんで、
二つがあって成立するようなもんだと思うんですがね。
予算を削減するのは仕方ないけど、それ以外に何をどうして
その予算を増やそうとしているのか全く不明瞭な事が多いように思う。
地元の信頼を失い、
寄託作品が減り、
美術館の企画力が無くなる。
来場者が減る。

そんな構図は想像できるだろうに。

ただ、やはり必要なのは、
相互理解、相互作用だろう。

世の中、負の連鎖は続くのだろうか。そういう訳にはいかない。
Commented by ekakimushi at 2011-03-02 21:23
ここまで酷いことになると、箱もの行政の最悪の陳列物になってしまうのかもしれませんね。上手く回転しているミュージアムもあるのですから、どこかで歯止めをして、運営努力が出来る土壌へ戻ってほしいのですが…。ishitakeさんのような人材がヘッドになるというのはどうでしょうか!
Commented by ishitake at 2011-03-02 23:08 x
そうですね。
でも、最初はやはり具体もあり、
違っていたはず。
思想はなかなか受け継がれないんですかね。

ヘッドすか。
声をかけていただければ、
頑張りたいですね(笑)
でも、もめちゃいそー。

美術館は、遊園地と同じなんですがね。
Commented by ekakimushi at 2011-03-03 07:46
美術館は作家や協会と同等にあるべきだと思います。単なる陳列棚と化しては、磁場にはなりえないですし、箱があって作品が置いておりました、では人は寄ってきません。精神が宿った場所、先を見据えた戦略のある運営が不可欠なのではないでしょうか。
芦屋市立美術館の未来に障害となっているものは何なのか…