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442 <走ることについて(下)>

最初は走っていることをあまり人には言えませんでした。続くかどうか定かではなかったので、継続しそうならそのときに話せばいいと思っていました。それが一旦口に出すと、私とランニングの落差が面白かったのか、ほとんどの人が反応するのにはびっくりしました。身近で一般的な運動のせいで、誰でも一言物申したくなるようです(笑…その割にほとんど聞いていないような気がするところが私らしいのですが!)。漠然と頭にあるのは、走ることは自分以外の誰かとの共同ではない、全くのパーソナルな出来事だということです。例えば二人のランナーが同じ時間に同じ場所を走ったとしても、それらは全然別の生のあり方なのだと思います。

走っている間の時間や空間は、他の誰とも共有することができないから、ランナーは案外心地よく浸っていられるのではないでしょうか。まあ、しんどいことはしんどいはずなのですが(笑)。走っていると木霊や樹々、風や雨や光、香りや仮想が身体の中を通り抜けてゆくのを感じる時があります。いつ頃からか、この現象を愛おしく思うようになりました。走ることでなにかに出会っていると感じる瞬間です。よく言われるランナーズ・ハイにはなかなか巡り会えない私ですが、森羅万象が身体を通過してゆく一瞬にはよく出会います。それは極めて個人的な体験で、説明や紹介そのものが無力だと思うわけです。

走る前と走るようになってからとで、自分の人生を分けることが多くなりました。まるでレースで通過する時のひとつの標識のように感じます。本当は走ることに預けている労力や時間で別なことができるのかもしれない。実際にそのような忠告をもらったこともあります。健康のためにやっているわけでもなく、喜びを分かち合う仲間がいるわけでもなく。きっと私は自分が老いてゆくことに抗わなくなるのが怖いのです。あの標識を越えたら、もう気概も消えてしまうかもしれない。そうなる前に一度自分を試してみることはできると思う。標識を横目にとことこ走り始めたのは、そこが人生の後半戦のスタートを意味していたからだと思うのです。

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フランク・ショーター。1972年ミュンヘンオリンピックのマラソンの金メダリスト、1976年のモントリオールオリンピックでも銀に輝いた。現代のスピードマラソンの創始者といっても過言でないランナーで、当時のラップタイムとしては驚異的な5kmを13分台で走り出した。福岡マラソンではレース中に草むらでしゃがんで便も出したことも。彼のドリンクが炭酸抜きのコーラだったのは有名な話。
by ekakimushi | 2012-01-12 08:51 | 私のお気に入り | Trackback | Comments(0)
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