718 <ベイ・シティ・ローラーズ、ウィ・ラヴ・ユゥ (下)>

B.C.R.好きなのを馬鹿呼ばわりされても、「そうですね」と同調して言い返したりできない私でしたが、内心は別な気持ちがありました。それは私がB.C.R.好きであることから受けた恩恵のことです。恩恵などと書くと大袈裟ですが、B.C.R.がカヴァーした曲を聴いてそのオリジナルを辿ったり派生したりして、いろんな曲やミュージシャンと出会うことが出来ました。ソッポを向いていたら、きっと全て素通りだったことでしょう。それと、今こうやってブログに文字をしたためていることもなかったかも(笑)。

最初にターン・オンした「バイ・バイ・ベイビー」を聴いたときに、フォー・シーズンズの1965年の有名曲のカヴァーだと知っていました。ラジオのD.J.が教えてくれたのです。同じように「二人だけのデート」が出たときには、ダスティ・スプリングフィールドの名前を知りました。こんな風に、私にとってB.C.R.は、過去のヒット曲への入り口になっていたわけです。曲を聴いて、その情報を知り、自ら動く。今ならネットを駆使すれば割と簡単ですが、当時はそれなりに思い込みが続かないと、辿り着けないこともありました。

面白いのはB.C.R.の後続グループが出た時にも、同じようにそのカヴァー曲を聴いて、昔のオリジナル曲へ向かったことです。ロンドン出身のハローのデビュー曲「Tell Him」はエキサイターズの1962年の大ヒット「I Know Something About Love」の焼き直しでした。グラスゴー出身のデッド・エンド・キッズのデビュー曲「Have I The Right」は1964年ハニーカムズのビッグヒットがオリジナル。こういうのは若い時分から不思議と素直に頭に入ってきましたね。学校の勉強もそうだと良かったのですが(笑)。

その中で一番ショックを受けたのは、B.C.R.を脱退したイアン・ミッチェルが古巣のロゼッタ・ストーンで出したセカンドシングル「二人のパラダイス」でした。良い曲だなあと感心していたら、1969年にエーメン・コーナーが唄っていたのです。ところがクレジットを見てびっくり!なんとあのルチオ・バティステイ!とモゴール(P.F.M.の前身バンドが所属していたレコード会社の社長)のライティングコンビではありませんか。1968年にイタリアで「Il paradiso della vita」で発売されていたものが、イギリスへ流れて英詞でエーメン・コーナーにカヴァーされ、約10年後にロゼッタ・ストーン・バージョンを私は聴いていたわけです。

人に「こうしなさい」と教えられてわかったことではなくて、自分で気になって調べたら思いもよらない遭遇があった。それって、ある種のカルチャーショックなのです。音楽を聴く面白さのひとつに、自分がいいと思ったものをどこまでも追いかけてゆく喜びがあります。ビートルズのような確実な評価が備わったグループを褒めるのは簡単で、誰からも非難を受けないでしょう。しかし中学生だった私には、まだエスタブリッシュメントの無かったB.C.R.の音楽を聴いて、目の前の道が開けてゆくような快感があったのです。巷でなんと言われようが、友人に貶されようが、B.C.R.を聴けば私は幸せになれたのです。自分で自分の幸福を誰が否定するでしょう?


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今もカラオケで唄ったりします(汗)。ダスティのバージョンもいいが、やっぱりB.C.R.の軽さは魅力。ギター二本でよくまとまっているなあと思う。ストリングスはもしかしたら要らなかったかも。


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B.C.R.の対抗馬と言われたバスターはリバプール出身。日本でもチョコフレークのCMに登場した。ちなみにB.C.R.はキットカットだった。曲としては「素敵なサンデー」が有名だが、私は断然このセカンドシングルが好きで…。


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ロンドンの火打石、フリントロックはドラムで子役時代を含め芸歴が長いマイクが主軸(似たようなキャリアにスティーヴ・マリオットがいる)。いろいろ買ったが、この曲が一番合っている気がする。


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件のデッド・エンド・キッズ。見るからにスコットランドの老け顔の若者で、イキっていそう。しかしこの軟弱なスタイルは、パンクスが出てきて、一発で化けの皮が剥がされてしまった。


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デビュー時はフェイセスの前座をやっていたハロー。セカンドアルバムからの1stシングルでバラード。ノリとコーラスで勝負してきた彼らには異色の曲だった。私は好きだったが、世間は好きではなかったみたいだ。


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「想い出の17歳」が有名なショーティは、コーラスがドゥーワップ風のところがルベッツみたいだった。全員162cmで来日して夜のヒットスタジオに出演した時、郷ひろみに「みんな小さくて可愛いね」と言われていた。


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アメリカのローラーズと呼ばれたルビナーズ。確かに弾んだいい曲を連発したが、ヒットというわけにはいかなかった。そういえばB.C.R.は70年代のモンキーズという感じだったな。モンキーズほどシステマティックではなかったが。


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何故かここに入って来たベイビーズ。彼らは実力があった。デビュー曲「If You've Got the Time」は音が重くて、正真正銘ブリティッシュロックの本道。この「Isn't It Time」は全米13位を記録。このあと空中分解したが、ジョン・ウエイトはソロで84年「Missing You」で1位を獲得。ジャナサン・ケインはジャーニーに引き抜かれた。


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ある意味でロックファンに有名な曲かもしれない。スティッフにいたニック・ロウが変名でリバティから出したB.C.R.讃歌。これがまたナイスなポップスなのだから、才能は隠せない。しかしお金のためとはいえ、よくやったものだ。


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こちらは日本のスタッフ陣によるB.C.R.讃歌なのだが、空振りもいいところ。どうせやるならいいものを作ってほしい。二回ぐらいしか聴いていない。


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B.C.R.がステージに登場するときにかかっていたのが、なんとこのエルガーの「威風堂々」であった。なにをするのやら…。私がこの曲を知ったのも、実はテレビで来日公演を見た際だった。今となっては恥ずかしい想い出ですわ。


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最後はやっぱりこの曲。フォー・シーズンズのオリジナルでは、シャッフルがもっと揺れている。どちらが良い悪いではないが、品でいえば大きな差があると思う。やはりフランキー・ヴァリはそう簡単に越えられる人ではない。
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by ekakimushi | 2014-06-11 21:19 | 音楽えかきむし | Trackback | Comments(0)
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