832 <マイ・モータウン・ラプソディ(上)>
このニュースを知ったとき、レコード会社のモータウンのことを思い出した人は多かったのではないだろうか。モータウン社は1971年にL.A.に移転するまではデトロイトに本社があり、数多くのタレントや裏方の雇用を作り出していた。社名がモーター・タウンを語源としていることや、社長だったベリー・ゴーディ・ジュニアが若い頃に、実際にG.M.の下請けで働いていたことなど、モータウンとデトロイトには浅からぬ関係がある。何より音楽や自動車といった若いアメリカの夢を売りにした産業を育む土地柄が、デトロイトにはあったのだろう(それと同じだけの繁栄の闇も)。市が破綻したことで、モータウンが栄華を極めた1960年代は、一層人々の間で美しく語られたことだろう。
モータウンは今も実在する企業だが、大手のエンタテイメント・カンパニーの傘下に入っている子会社の一つでしかない。音楽ファンにとっては、1960年代~70年代のソウルミュージックを連想させる。1961年生まれの私が、1960年代の黒人音楽を知るはずもなく、モータウンという個性の企業を知ったのは1974〜5年のことで、その時分にはモータウンは極普通のレコード会社の印象だった。黒人経営による会社といっても、60年代のような特徴的なモータウンサウンドといったものは70年代には失われており、マーヴィン・ゲイやスティーヴィー・ワンダーといった個々のタレントが独自の音楽を作っている、その発売元といった感じだった。