841 <あなたの日記が消えた日>*

このブログを始めたのが2009年4月。それまでは会員制ブログのmixiで日記を3年ほど書散らしていました。あなたを知ったのもmixiでした。あなたの日記を一度読ませてもらって、いっぺんでファンになってしまったのです。言葉と言葉の間から、行と行の間から、感受性の粒が滴り落ちてくるような、瑞々しさに溢れた文章でした。読んで思いました。「私はこういう人を待っていたんだ」と。


あなたの日記には、いつも言葉が品性を連れてくるのが感じられました。
慈しみに溢れていて、それでいて儚かった。
あんな風に書けるのは、きっと持って生まれた才能だろうな。

あなたの日記にはフランスの香りがしました。
フランスの映画や音楽について、豊潤な解釈と知識、それに溢れんばかりの愛情が盛り込まれていました。
日記の背後には、よく肥えた文化の土壌があるのは明らかでした。

あなたの多種多様な趣味についての日記を読むたびに、それらが咀嚼、消化、醸造された生活をなんとも羨ましいと思うようになりました。
日記に憧れるということは、その書き手を認めるということなのかもしれない。

あなたの日記を読むことで、特有の気配を感じることが好きでした。
簡素でコンパクトな世界観。
イマジネーションに満ちた静かな時間。
淡々としたテンポ。
適度に低い気温。
時に高揚、時に沈殿。

あなたの日々の出来事を綴った中には、幾つもの事件がありました。
新聞記事などで言うそれではなくて、出会い、埋もれていた想い出の発掘、ときめく気持ちが巡ってきた瞬間などの、たくさんの感性の事件がありました。
あなたに言葉には、成熟した大人の落ち着きがあると同時に、考えのまとまらない初心な子どもがいることがありました。
両方ともが私は大好きでした。


特に絵画に関する文章には言葉がなかった。きっと本当にお好きなのでしょう。人生のひとつのパーツというよりも、あなたの周囲のいろんなベクトルを繋ぎ止める輪のような役割をしていたのではないでしょうか。絵を描くことで、絵と関わることで、バラバラにならずに済む生活。そんなものを感じました。浅い知識すらない私が、美術について対等に話しができるとは到底思えないので、ただ読むだけ、ただため息が出るだけでした。それで充分だったのです。


あなたとマイミク(!)になってもらって、急に自分の生活の畑が肥沃になったような錯覚があるぐらい、その文章や言葉は私の土に滲みてゆきました。栄養満点の日記でした。そして残念なことにあなたはmixiを退会され、日記に接することは叶わなくなりました。それから一週間ほどは元気が出なかった。パソコンを開くたびに、ぼんやりしたものでした。失ったものの大きさがわかるのは、いつも手遅れになってからです。


あなたの日記の最後の日。その夜、あなたからmixi経由のメールをもらいました。急いでアクセスをすると、まだ日記が読める!あなたはmixiをまだ退会されていませんでした。こうしてはいられない。あわてて返信をすべくキーボードに向かい、なんとか伝えたいことを書き終えて返信した時、無情にも画面には「ユーザは既に退会したか、存在しないユーザIDです。」の文字が。すでにmixiを退会された後でした。タッチの差だったと思う。見送りに駅まで走っていったけれど、寸でのところで列車は出た後だった。あなたの日記が消えた日から、届けられなかったメールは今も下書き欄に残ったままです。あれからまだ5年しか経っていないのに、もう随分昔の出来事のようです。
    
(*日記No.0256 2010年9月30日掲載のリメイクです。) 

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by ekakimushi | 2015-09-24 09:02 | 絵のこと | Trackback | Comments(0)
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