941 <京都の印象>*

京都。なんと優雅で魅力に満ちた名前。私の出身地の舞鶴は同じ京都府にありますが、いろんな意味で京都は舞鶴とは別物でした。

幼い頃から親に連れられてよく京都へ出てきていました。列車で約3時間ほどかかったもので、本当に遠かった。まだローカル色が残っていた先代の京都駅に着くと、駅前の京都タワーがド~ンと目に入ってきて、その下の塩小路通りを路面電車が行き交いして。酔うぐらいのたくさんの人が駅から京の街へ繰り出して行ったのです。その光景に私は一気にヒートアップして百貨店の屋上へ駆け上がって、様々な乗り物にこれでもかというぐらい乗りました。ああ懐かしや…

中学生や高校生になると、親戚の家に泊めてもらって、京都をあちこちフラつくようになりました。小さな港町の舞鶴とは違って京都は大きかった。社寺仏閣の数や規模も半端ではなかったし、あらゆる情報の先端が集まっているような気がしました。模擬テストを受けるという名目で京都へ出てきて、当時河原町にあった京都スカラ座で見た『未知との遭遇』は忘れられない体験でした。帰りに四条通りにあった藤井大丸の1Fのマクドナルドへ初めて入って、ビックマックとボテトをお土産に(!)買って帰りました。それを4等分に切って、冷えたままで「旨いな、これ!」と言いながら家族4人で食べたのでした。

浪人生として一年間過ごした京都は、その良さを存分に見せてくれました。一年の寒暖の差が厳しいおかげで、四季の美しさが目に沁みました。出町柳界隈から北山を望む景色にはいつも心が和みました。学生の街としての顔も持つ京都の、どこかバンカラで自由な気風がまだその頃は残っていたと思います。京大北門前の進々堂という喫茶店に初めて入ったとき、あの長いテーブルと長い椅子にカルチェラタンの香りをかいだ記憶が今も生々しく残っています。あのとき、私の前に髪の長いきれいな女性が座っていました。まるで映画のような光景でした。

大学を卒業して就職で京都に戻ってきてからは、美しいばかりではない京都の側面を見せてもらいました。私ももう大人になっていたし、きれいごとばかりで世の中が回っているなどとは思ってもいませんでしたから、京都の行政・経済・宗教・裏社会の力関係がみっともない姿を曝しても直視できました。ちょうどその頃に岡崎にある京都国立近代美術館ができました。そのこけら落としの『カンディンスキー展』が私にとって大きな転機になりました。社会人としてデビューしてから、ちょうど五年間。京都の街にいろいろ教わったのですね。

その後も機会があるたびに京都を訪れます。つい先日も行きました。百万遍交差点に立って回りを見渡すと、街全体は激しく変わった気もするし、全く変わっていない気もします。今出川通りを自転車で行き交う学生たちの姿は、私が京都のラジオ局近畿放送で大好きだった深夜放送を聞いていた40数年前の様子そのもののような気がしたのでした。絵を描くことになるきっかけを創ってくれた街、京都。大阪の喧噪、神戸の陽光、奈良の穏健。どの街も魅力的ですが、自分に対する街の影響力という点では京都は舞鶴と双璧です。

京都。なんと優雅で魅力に満ちた名前。芯が強くて、濃い血が流れている街。

(*日記No.413 2011年10月27日掲載のリメイクです。)


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by ekakimushi | 2016-10-18 13:38 | 絵のこと | Trackback | Comments(0)
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