979 <堀尾貞治さんの作品集>*
堀尾貞治さんは現代美術作家です。世界中で着火・発熱・炎上の大活躍をされています。ついこの前までN.Y.で暴れていたかと思うと、突然大阪の下町に現れたりします。堀尾さんの描き殴ったような作品に似た作風の人がたくさんいますが、地熱の量や温度や、創作意欲の炎の燃え上がる様が大きく違う。昨年末の忘年会で50分ほど立ち話をさせてもらいましたが、顔と顔15cmぐらいの距離で話してくれるので、暖房器具がいらないぐらいに熱かった。やけどをするかと思いました(笑)。
堀尾さんは岩です。堀尾さんの手を見ると、節々がゴツゴツして、山の吹きっさらしにゴロリと転がっている岩を思い出します。それは粗野で、塩っ辛くて、パワフルで、ジンワリ温かくて、動きっぱなしです。
堀尾さんは空気です。どこにでもふらりと現れて、ふらりと絵を描いて、ふらりと去ってゆきます。空気なのでいないようですが、ちゃんといます。去ったあとも、堀尾さんの痕跡は空気のように残っています。
堀尾さんは工事現場です。いつも体の中で建設工事と解体工事が同時に進行しています。そばに寄ると、ブルドーザーやトラックやシャベルカーの音が、堀尾さんから聞こえてきます。ガガガガガ、ドドドドド…
堀尾さんと最初に話したのはもう18年ほど前のことです。私が個展をしている時に見に来られて、初対面ながら「君は絵を描くのが好きそうやから、これからもしっかりやれ!」と言ってくださり、左肩のあたりをポンポンと二回叩いて帰られました。9年前に私が別処で個展をしていたときにもまた来てくださって「君はたくさん描いていそうだから、これからもしっかりやれ!」といって、前の時と同じところをまたポンポンと二回叩いて帰られました。それが私にとって、どれだけうれしかったことか。
堀尾さんは水です。かたちにならない。今日コップの中に入っていた堀尾さんは、昨日は布のシミだったし、もしかしたら明日は玉の汗になっているかもしれない。今朝はきっと草露になって眠っていたはずです。
堀尾さんは辞書です。わからないことを尋ねると、堀尾さんから返ってくる言葉でまたわからなくなって、それを尋ねてみても、余計にわからない答えが返ってくる。あちこち巡る間になんとなくわかった気になるのです。
堀尾さんは線路です。右にも左へもずっと続いている。夏は熱く冬冷たい。堀尾さんの上を幾つも作品が通り過ぎて、磨かれて黒光りしている。しゃがんで耳を当てると、遠くでコトンコトンと音がする。何かがやってきた!
堀尾さんを語るとき、いつも具体美術協会の名が出ます。しかし私にとっての堀尾さんは、バリバリの現役であり続ける一人の現代美術作家です。堀尾さんが具体美術協会の精神を引き継いでいるという説明もあるとは思いますが、それ以上に「今」息をしている作家です。関西近辺のギャラリーで展示をされる堀尾さん。美術館での個展でパーフォーマンスをされる堀尾さん。欧米で招待作家として活動される堀尾さん。子どもの画塾で似顔絵を描いている堀尾さん。どれも今、土の中から掘り出したばかりの、食べごろの堀尾さんです。
堀尾さんは埃です。風に巻かれ舞い飛ぶ埃です。時には道の端に吹き溜まり、時には誰かの足下から空を見上げ、時には窓のガラスの上で模様を作ったり、時には私の眼の中に入ってきていたずらしたりします。
堀尾さんはコピー機です。電源とスイッチが入ったら、ずっと印刷された紙を吐き出しています。それも同じものがなくて、全部違っているから、正確に言うと壊れたコピー機です。その壊れ方があまりに素晴らしくて…
堀尾さんは郵便屋さんです。いつも作品という手紙を届けてくれます。そのため堀尾さんは一年中配達をしています。休む間もありません。そして郵便屋さんはこんなに素晴らしい作品集を届けてくれたのです。
(*日記No.458 2012年2月20日掲載のリメイクです。)