999 <関西弁のいやホンマ>

普段私が使っている関西弁を見直す機会がありました。使い慣れた言葉だけに、そう簡単に考察ができるわけではなくて、今後も続くことになると思います。

テレビを始めとした種々のメディアのなかで、関西弁はごく日常的に使われています。その日常的なるものとは一体何を指すのか。関西と呼ばれる地方に住む生活者にとっての方言が関西弁なのか。世間に流布され、無理矢理認知を設け、現実には今やありもしない、関西地方特有であった過去の言語が関西弁なのか。関西弁の「関西」とは、どこからどこまでの範囲をいうのか。

関西弁において、使う人間の気質は大いに考慮されるべきです。上方と呼ばれる頃からの時代性も同様です。もちろん文化全般における相互の影響力も。そして未来のことも。22世紀の梅田や天王寺で、人々はどんな関西弁を使っているでしょうか。

知ろうとしなければ何の疑問もなく過ごせますが、関西弁の基調・本質が気になり出すと、言葉の妙な変革や共通語に対する軟体的な要素など曖昧だらけで、言語が生き物である事実ばかりが跳ね返ってきます。

ま、関西弁っちゅうんは、いっつも使とる割にわからんことばっかりで、難儀な言葉やいうことですわ、いやホンマ(笑)。

 
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by ekakimushi | 2017-06-03 16:48 | 野次争論 | Trackback | Comments(0)
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