1051 <厄介なメディア>
何でもありとはSNSの世界のことだと思う。書き連ねる人のパーティが、あっちこっちで繰り広げられている。賛美に批判、悲嘆に憤怒、興奮に沈殿。私が今まで行ったことのない広場で、ありとあらゆる感情が渦巻いている。それを逐一読解していたら、目眩がする想いを抱く。厄介なメディアに手を出したものだ。
以前知り合いで、SNSに時間を奪われると言って、さっさと辞めてしまった人がいた。そういうことができる性格の人だったのだ。私に同じことができるだろうか。その人ほどスッパリには無理だ。しかし、幾らかのことを間引いて付き合うことも考えないと、一日の時間は簡単に消えてゆく。そういう厄介なメディアなのだ。
昨今、テレビや新聞の報道は、SNS化したもの成り下がっていはいないか。ニュースや情報を見極めるべきフィルターを発信者側が持たない点でよく似ている気がする。手短な目の前のわかりやすさに飛びつく視聴者にも、SNSに飼いならされた習性をみてしまう。厄介なメディアはどこまで日常を浸食してゆくのか。