カテゴリ:絵のこと( 830 )

昨日、本年一発目の小学校訪問をしてきました。今回は大阪府教育庁主催の絵本作家学校訪問事業、大阪府オーサービジットの一環によるものです。昨年出版になった『ミカちゃんのひだりて』をあらかじめ学校で読んでもらって、のちに作者本人がその学校へ出向くというもの。行ってきましたよ、遠路はるばる大阪府を縦断して(笑)。

訪問校では、約90人の少年少女が待っていてくれました。いつも思うのですが、子どもたちは心から弾けていますね(笑)。表情や仕草、言葉端々に、興味や関心を滲ませながら、こちらをまっすぐに見ている。ああ、なんて素敵な眼差しなんだろう。彼らと一緒なら、何時間でもいられる。恋と一緒ですね(笑)。

持参した絵本を3冊読んで、質問や感想などを聞きながら、約一時間ほどを過ごしました。帰る折には握手攻めでこちらが恐縮しましたよ。上手く話そうと思っているわけではないのに、終わってみると毎回「もっとできた」「今度こそ」という気持ちになります。向上心などというのではなく、ただ喜んでほしい、それだけなのです。

子どもたちの読書推進運動の一環として、今回は訪問したのですが、少しでも役に立てればなあと思います。けれどその前に、私たち大人がもっと本を読まないと。街中でスマホばかり見ている大人を、子どもは知っている。「そんな姿を平気で晒して、何が読書をしなさいだ」そんなパンクな声が聞こえてきそうな帰り道でした。

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今年の年賀状は苦戦しました。年末にほぼ書けなくて、概ね年を越えてから書く羽目に。時間の使い方を間違えたのが一番かな。それと、私自身の年賀状に対する執着心が、変わってきたように思います。

お世話になった人やお付き合いのある人に、年始の挨拶として年賀状を書くものだと思ってきたのですが、年々形式的な(と言うよりも、単なる印刷物の)やり取りが以前よりも増えてきたと感じます。生存確認にはちょうどいいかもしれませんが。

SNS全盛時代の今、利用者がどのように年賀状に向き合うかで、必要か不要かに振り分けられつつあるのではないでしょうか。郵便物で繋がる必要性がある相手とは、どんな人なのか。自筆で差し出すべき先とは、一体誰なのか。昨年よりも一気に50枚も投函枚数が減ったのは何故なのか。SNSの日常と、年賀状の非日常とでは、どちらが大事なのか。

子供の頃から習慣のように書いてきた年賀状も、その役目を見定める時がきたなと、私は思います。

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新年あけましておめでとうございます。本年も当ブログとのお付き合いを、どうぞよろしくお願いいたします。

この1月・2月は、講演やゲストティーチャーという名の行脚がいくつかあります。主に大阪府内なのですが、初めての庁舎や学校ばかり。初めての場所で、初めて会う人の前で話をするのは緊張するものです。緊張はするのですが、私はカチカチにはならないタチです。私が硬いと、聞いているお客さんも硬くなるし。それで座の雰囲気が硬そうな時は、なんとか柔らかくしようとして、つい躍起になってしまう、そんな困ったタチです(笑)。

自分の仕事は絵を描くことだと思っていた私に、初めて小学校でお話をする依頼をいただいた時は驚きました。もう十七年ほど前のことです。それで事前準備をしっかりやって当日を迎え、意を決して教室に入ったら生徒さんが6人しかいなかった!(笑)。手違いがあったわけではなくて、キャリア学習の一環でもの作りを志す生徒さんが6人しかいなかったのです。少ないなあと思ったのは事実ですが、だからといって手を抜いたりはしません。

私が敬愛するソウルシンガーの故ボビー・ウォーマックは、ライブでお客さんの入りが少ない時は「ヘイ、みんな、もっと前に来い!さあ、今日はこれからパーティだ!」と呼びかけて、いつも以上に唄に演奏に熱が入ったそうです。その日私は予定の時間を大幅に越えて、先生からストップがかかるまでヤイヤイ話した記憶があります。それが正しかったのか間違いだったのか、初めての経験者にはさっぱりわかりませんでした。

それから6年ほど経ったある飲み会の席で、その時の先生とばったり出会ったのです。そしてあの6人のうちの一人が美大へ進んだという話を聞きました。私のしつこい話がその生徒さんに影響があったとは思わないですし、先生もそういうことは言いませんでした。しかし、(上っ面を舐める程度だったかもしれないですが)もの作りについて熱を入れて話したことに、何らかの意味はあったような気がしているのです。

今月と来月に出会う初めての人。それが子どもであっても大人であっても、静かに丁寧に面白く話しかけたいな。そうすれば必ず伝わるものだから。


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年末にこの一年を振り返り、年明けに新しい年の目標を決める。こういう習慣が、私の中ですっかり消えました。二年前に当ブログでこんなことを書いています。

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年始年末で、何に飽きているかといって、年末にこの一年を振り返ることと、年始に一年の抱負を決めること。このふたつは今まで相当な回数をやってきて、もういい加減飽き飽きして嫌になりました(笑)。

一年の括りで特筆するようなことは、この数年何もなかったと思う。もっと長い時間の中で、緩やかな変化があって、それが後々自分をどのように変えていたのかがわかる、そんな話しだったらいいのにな。

一年はあまりに短過ぎて、目の前を通り過ぎて行った出来事や、体得できた成果などに気がつかないこともしばしば。12ヶ月がフルスピードで駆けてゆくのがわかっているのに、新年の目標なんておちおち掲げられません。掲げた本人だけが置いてきぼりを食らっている姿が目に見えるようです。

年始年末の区切りは、3年に一回ぐらいで充分。それよりも12月と1月の間を、例えば5月と6月の間を日常の歩幅で跨いでいるように、10月と11月の間を同じ水位で泳いでいるように、無理にテンションを上げ下げないで心静かに過ごしてみたい。
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本心ですね、これは。そして二年経って、着実に肉体化されてきている実感があります。一年間の時間は区切りがいいから切り替えやすい。しかし切り替えに飽きてしまっては、如何ともしがたい。多分私は、過去において、新年の抱負が何も実行されていないことに対する嫌悪があるのだと推測します。それで振り返りたくもないのです。今年もいろいろあったなあ。新しい年も無事で過ごせますように。私はこれだけで充分だ。

2018年も当ブログを読んでくださり、ありがとうございました。更新ペースが鈍っておりますが、この先ものんびり続けてゆきますよ。それでは良いお年を!



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先日の9日まで、大阪は豊中市にあるギャラリー、スペース草さんで『日本という国』なる名前の合同展に出品しました(会期は無事終わりました)。お題でわかる通り、色んな切り口が考えられ、実際に展示されている作品には、作家さんの思惑が見え隠れし、とても面白い展示になっていました。今回私は、絵を描き始めて以来、おそらく最長の作品をもっていきました。幅は50cmぐらいながら5mを超える長さで、展示に難儀しました(笑)。草さんだから展示できたようなものです。画像があればいいのですが、残念ながら撮り忘れです。もし何かの機会があれば、また展示して見ていただきたいものです。
というわけで今回は、年内最後の蔵出し画像です。37回目にして、やっと作品数が500を超えました。先は、、、長いですね💦

「カケル」

              
「夜飛鳥」

                   
「窓枠百景」

         
「パリを襲った悲劇」

        
「痛みが木霊する」

                 
「ステンドグラス」

       
「池のある公園」

  
「私が愛したDADA2」

           
「山歩く」

              
「果実酒 詩:ピカート著『沈黙の世界』」

            
「テントを開けばお花畑」

                  
「皺だらけの草むら」

                 
「ストーン」

  
「地球の夜明け」 

  
「フツフツ」
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ちょっとしたことですが、気持ちが外へ向いた気になりました。

部屋で絵を描いていると、「昨日の今頃も同じようなことをしていたなあ」「一週間前とまるでかわらないなあ」といった、停滞した意識がやってくることがあります。こういうのは珍しいことではなく、コツコツやるしか進む方法を知らない男なので、また同じ周期がやってきているんだという風に思っています。

年明けから講演をする予定がいくつかあり、出先で販売する絵本を手元に置いておこうと思って、押し入れを見たところ、ほとんどないではないですか。あ、そうか、10月の個展で大方売り尽くしてしまったんだ!急遽出版社さん数社へ、自分が携わった絵本の発送をお願いするメールを送りました。

すると、メールの返信や電話で、編集者さんから連絡をいただきました。これが今絵描き部屋に籠っている身には、細やかに、しかしじんわりと来たわけです。「久しぶりですね。いつ以来ですかね」とか、「最近は病院通いです。でも心配ご無用です。」とか、「新しい作品、読みましたよ」とか、「忘年会楽しみにしています」とか。

一緒に絵本を作った人、異動などで新しく担当になった人、ついこの間話した人、もう何年も会っていない人。編集者さんと作り手との関係は、一本の企画ごとに移ろいでゆきます。その場限りのこともしばしばです。しかしこうしてまとまって数人の編集者さんから連絡をもらってみると、必ずしも単発の仕事関連だけではない、何か懐かしみのあるやり取りや会話を味わったような気になりました。

もちろん絵本という商品の販売の一環なので、それらは仕事上の決まり言葉のような受け答えの側面もあるでしょうが、少なくとも朝から一人で絵を描いて過ごしている者には、社会性のある会話に、予期せぬやりがいを持てた(自作本を売る!)気になったわけです。我ながら単純だと思います(笑)。

彼らは、私が絵本の仕事をするまでは、出会ったことのない人たちばかりで、仕事をする中で培ってきた人間関係があって、たとえ今一緒に何かを作っていなくても、過去に作品が成就するまでの轍を共有したり、これから一仕事ありそうだったりする、そんな人たちです。こんな人たちが、ゼロから少しずつ増えてきたんだな。

ちょっとしたことなんですけどね。気持ちがいい方へ動き出しましたよ。


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年末の大掃除はできそうにもないので、小掃除に切り替えて動き始めました。しかしそれとて、いつまで続くことやら、、、。

9月の台風でベランダに置いていたプランターの土が散乱して、翌日朝から夕方まで掃除をしてなんとか片付けたことがありました。あれはきつかった。夕刻あたりから、腰は痛いわ、日光の浴びすぎで頭は痛いわ、ハードワークで全身はだるいわ、完全に身体が根をあげてしまいました。思えば最近ではあれが私の最大の掃除でした。

私はもともと掃除や片付けに執着する性格ではなく、散らかっていても平気で「慣れる」方へ流れるタイプです。絵描き部屋などは、万年カオス状態でスラム化に慣れきっています。片付け好きな人が見たら、整理整頓をしたくなるかもしれない。本人は全然したくならないのですが(笑)。

それでも不都合もあって、机の上自体が物置になっては、絵を描くスペースが狭まって作業が滞ってしまう。それどころかパソコンの前、プリンターの上、椅子の上、いたるところに訳のわからん本や資料や書き殴りが散乱していては、不便で仕方ない。もはや統治できていない有様、、、。

とりあえず、昨日は机の上をやっつけました。それはそれは、充実感がありました。それで今日はパソコン&プリンター周辺を。まだ終わっていないのですが、埃っぽいなあ。なんで埃って溜まるんだろう。妙な疑問は置いておいて、あっさりと始末してゆこう。断捨離という言葉がありますが、その前にゴミ処理ですな、私の場合は。


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昨日の図書館の会議室。私が住む街で活動されている、絵本の読み聞かせ団体やサークルの代表の方々が一堂に会し、語り発表し合うミーティングがありました。個性的な活動内容や、最近の問題点(特にスマホ依存のこと)など、リラックスした中にも熱さを感じる2時間でした。自分が21年間住んでいるところに、子どもと子どもの本に対して、かくも地道に活動されている人たちがいらっしゃるなんて、私、ついぞ知らなかった。歴史ある団体も多く、活動の継続性、後継者への受け渡し、参加者数の浮き沈みなどなどを教えてもらいました。絵本に携わる仕事をしていながら、何も知らない、(ほとんど)付き合いもないなんて、自分の生活視野の狭さに恥じ入るばかりでした。

そもそもこの企画に参加できたのは、図書館の方から連絡をいただいたからです。もしもらわなかったら、参加さえしていなかった。(Tさん、どうもありがとうございました。)そして、参加者には図書館に勤務される方、小学校の司書さん、読書会の方、市役所職員の方、絵本作家さん(←私じゃないですよ!)、書店の方など、子どもの読書を根っこから支えたいと思う人たちが、お忙しい中集まって来られたわけです。中には面識のある人もいたのですが、とどのつまりその場限りの単発的な繋がりだったのか。これではいかん。絵本に愛情と理解と持ち、読書の普及に尽力されている、まるで宝物のような人ばかりじゃないか。

自分が住んで、生活している場所で、絵本と子どもについて、私は人と出会うべきであり、言葉を交わすべきだ。初めて絵本を出版してからずっと、この街で絵本を作ってきたんだった。
そんなことすら、私は忘れていた。


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今年一番の大きな買い物は、ベッドのマットレスで決まりだと思う。

以前のマットレスはもう二十年近い使用歴があって、場所によってはスプリングがほぼダメになっていました。そんな下敷きの上に寝ていては、疲れも取れません。数年前から朝起きたときに、肩や背中が痛いなあと思っていたのですが、買いそびれて先延ばしになっていたのです。それがとある機会(つまりいい条件で買い換えられるタイミング)がやってきて、この際だから買っちゃえ!になったのです。

結果的に言うと、今年一番の大きな買い物は、今年一番の体にいい買い物でした。以前に比べて疲れはよく取れていると感じられます。朝の寝起きの体調がガラリと変わったのです。肩も背中も痛まないし、寝違えによる首が回らないこともほぼなくなりました。(経済的に首が回らないのは変わりなしですが…笑。)もともと寝るのは大好きなのですが、これまでに増して寝床が好きになりました。大事ですね、マットレスって。もっと早く買い換えればよかった!

と言うわけで、久しぶりの蔵出し画像です。

「熱帯魚」
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「飛ぶ魚 泳ぐ鳥」
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「仮面夫婦ですねん」
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「霧の連山」
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「禁止」
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「一番楽しいのは物語」
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「滴6」
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「花に見られて」
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「梁」
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「波」
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「私が愛したDADA 7」
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「おたまじゃくし」
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「トンネルを抜けると滝だった」
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「3月11日の津波3」


「ニューヨーク帰りが超一流だったのは もう20年も前の話し」

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ウラニシという言葉を聞いたことがありますか

私の実家がある舞鶴は日本海に面した港街なのですが、日本海沿岸では年間を通じて吹いている西寄りの風がこの季節になると北へ廻り、寒さと吹雪を運んできます。この風のせいで、晴れていたと思ったら急に曇って雨が降ったり、雨が降っていたと思ったら虹が出て曇から晴れ上がったりする、実に不安定な空模様が頻発します。この北西の風がウラニシです。(浦西という漢字があてられているようです。)

このせわしない天候の変化のことは、子どもの頃から知っていましたが、それがウラニシと呼ばれていることは10年ほど前まで知りませんでした。たまたま友人がネット上で使っていて気になって調べて知ったのです。それ以来ウラニシという言葉の響きにすっかり魅せられてしまい、あの不穏な気象全般はウラニシと呼ぶしかない気がしています。

くぐもった暗い空にウラニシが吹き始めると、雹が降り雨混じりの冷たい風が吹き荒れるのです。実家は海のすぐ近くで、飛び出して海岸へ走って行くと、沖の空はオレンジ色に染まっていて、その上には蜷局を巻いたような黒ずんだ雲がのしかかっていたものです。ふるさとを離れてもう40年近く経ちますが、あの光景を想い出すと、子ども心に未来への不安を感じていた舞鶴での少年時代が蘇ってきます。

(*日記No.666 2013年11月27日掲載のリメイクです。)

 
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