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歌にはいろんな主題や訴えがあります。ラブ・ソング、社会に向けたメッセージ・ソング、この世を楽しく生きるダンス・ミュージック。そんな中にワーキング・ソングなる部類のものもあると私は思うのです。働くことに対する感情を歌にして伝えることで、働き手である聞き手との間で共有されるシンパシー。厳しい労働を歌を唄うことで乗り切る術とするもの。ワーキング・ソングは社会に出て働く人に向けられているからこそ、切実に共鳴するのだと思います。ノンビリした学生さんには、なかなかリアルにはわからないかもしれない。私が初めてワーキング・ソングを意識したのも、やはり働き始めてからでした。


ご多分に漏れず、私が勤めた先にも、わからず屋の上司がいました。文句ばっかりのお客さんがいました。ふて腐れた同僚がいました。立場上、面と向かってこちらの言い分を伝えられない時、それはそれは腹が立ったものです!わかるでしょ(笑)?そんな時に、それまでちょいとヘヴィなポップ・ファンク・ナンバーとして聴いていたスティーヴィー・ワンダーの「悪夢」という古い曲が、突然私の心のうちを代弁してくれるワーキング・ソングに衣を替えて、私に語りかけてきたのです。ビックリしましたよ!いままで聴いていた曲が、急に親身になって耳に届くようになったからです。


「悪夢」
原題「You Haven't Done Nothin'」  
          詩:スティーヴィー・ワンダー
         訳詩:西尾紀子/大坪圭子

お前がどんなに熱意をこめて語ったって
そんなものちっとも俺達の心の慰めにゃあならないぜ
お前がいくらえらそうに演説をぶとうと
俺達は聴く耳を持たないぜ

とにかく お前のごたいそうな歌い文句はもう聴きあきたよ
正義の為に戦うって? もうたくさんさ
俺達の本心を聞きたいなら教えてやろう
「お前は口ばかり達者だが、実際には何もしてやしないのさ!」

笑いものにされて つらいかい?
だけど 自業自得ってもんだろう
もう まるくおさめるなんてことはたくさんさ
俺達の欲しいのは真実だけだから

とにかく お前のごたいそうな歌い文句はもう聴きあきたよ
正義の為に戦うって? もうたくさんさ
俺達の本心を聞きたいなら教えてやろう
「お前は口ばかり達者だが、実際には何もしてやしないのさ!」

悪夢にうなされて目醒めれば
悪夢よりひどい現実が待っている世の中なんだぜ
もし 人の心を読みちがえるようなことがあれば
氷みたいに冷えた心は元どうりにはなりゃあしない

お前は一体いつまでそんな戯言をくり返すんだい
正義の為に戦うって? もうたくさんさ
俺達の本心を聞きたいなら教えてやろう
「お前は口ばかり達者だが、実際には何もしてやしないだろう!!!」


元々この曲は1970年代初頭のニクソン政権に対するスティーヴィーの批判が込められているらしいのですが、そんな社会性を持った意図とは全くかけ離れた、極東の駆け出し一社会人の仕事に対するストレス代弁ソングになってしまった!夜遅く会社から帰ってきて、ヘッドフォンで延々聴くのです。すると昼間あれほど怒り狂っていた自分の心が、徐々に鎮まってゆくのがわかりました。ソウルフルとは気持ちを高揚させるだけでなく、落ち着かせる時にも用いられる形容詞だったのですね。今も「悪夢」を聴くと、その頃の憤怒がチラチラ顔を覗かせるのがなんともおかしくて(笑)。

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このシングルのB面に入っていた「ビッグブラザー」も政治家不信を唄った曲。当時のスティーヴィーは若気の至りでとても尖っていて、影響力も大きかった。
気温が上がってきました。今はまだ湿度が低くて心地いいですが、これからジメ〜ッとした梅雨がやってきて不快指数が高くなるとすぐに夏本番です。地球はもう以前のような温度の星ではなくなったようで、日本でも12ヶ月のうち4〜5ヶ月ぐらいは夏のような気がします。とするなら夏を快適に過ごせるようにしないと、日本には住めなくなるわけで、それは困る!そこでそろそろ夏の支度をし始めました。もう終った方もいらっしゃるでしょうね。私の場合、これでも早い方なんですよ。


寝具や衣類の夏期モード化を済ませるだけでもかなり違うような気がする。まだ日によっては時間帯次第でひんやりすることもあるので幾分控えめに整えていますが、巷で噂のスーパークール・ビズにも手を染めようかな(笑)。その他、部屋の片付けや窓周辺、ベランダの掃除も不可欠。こうなるといつもの整理下手なだけの生活が丸分かりちょっとで恥ずかしいな…。けれどやらないと、これから何ヶ月かは亜熱帯に住むことになる身としては、立ち行かなくなる。


暑い夏に絵を描くことを考慮すると、時差作業というのも考えてもいいのかも。朝早い時間から起きて絵を描くことは、充分可能だし。会社でもないのに、猛暑対策を一人でやろうとしている気もしますが(笑)、実は昨年はいい加減飽き飽きしていたんですよ、夏に。いつまで経っても秋が来ないもんで。今年は同じ轍は踏まぬように、せめて絵を描いている間は、グッと居心地のよい生活になるよう工夫したいなあと思っております。手始めに今日は朝からハワイアンが流れています!

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すっかり暖かくなった朝。冬の朝大好き人間としては、この暖かさがなまぬるくて、どうにも馴染めない。ついつい厚着をして暑い!といって脱ぎ捨てて、気がついたら風邪をひいていたということが過去に何度もある。そんな5月。起床から朝食終了までの一連の流れは毎日ほとんど同じ。まるで村上春樹の小説の主人公のようなルーティンワーク。


今日は買い物付きギャラリー巡りに出るので、できるだけ効率的な午前中を過ごそうと計画するが、こういうときに限って、非効率的な出来事がしゃしゃり出てくるものだ。実は昨日から腹具合が悪い。元々腸が強くないのか、よく下す体質で、軟化にもほどがある!というような便が、牛のよだれのように次から次へと…この辺で止めとこう…


掃除、買い物、お昼ごはんをパッと済ませて、のはずが、いつまで経ってもトイレから出られないもんで、結局家を出たのは13:00過ぎ。歩いていても体が浮く。芯がない感じ。一路高槻へ向かう。ギャラリーマーヤさんで石川武志さんの『ボクノマチvol.4』を見る。東京での展示から地続で見ると、微妙な変化がわかる。小品がいい。


梅田から谷町線で谷六下車、徒歩2〜3分の楓ギャラリーさんへ村田肇一さんの陶展『The Little things 5』を見る。かつてアフリカで陶芸をされていた村田さん。今回も小さくてユーモラスな動物達の数々。ざっと250体ぐらいはあったのでは?表情が全部違って、ひとつひとつにそれぞれ個性がある。いつもコツコツ作っておられるなあ。


今日は気温と湿度が高い。空模様もひと雨来そうだ。急ぎ足で空掘り商店街を抜けて、art galleryそらさんへ。ギャラリー内には誰もいないのでひとり静かに見る。NECO×INU展とのこと。たくさんの絵描きさんが出展されている。たぶんほとんどが若い作家さんだろう。育てる意志を持ったこのギャラリーの色がよく出ている。


地下鉄で移動。堀江のARTHOUSEさんへゆく。入っていきなりオーナーの吉竹さんに委託販売本のネット掲載用のデータを求められる。助走なしの会話は活きがいいな。イラストレーターの中川貴雄さんと人形作家のChibiRu さんによるコラボ企画「オモチャバコ 2」を見る。イマジネーションの行き来や交信がある。いい展示だと思う。


家を出たときからどうも靴が足に合っていない。この靴は底がすり減ったので販売店に預けて、底だけを張り替えてもらったのだが、未だにクッションが堅く歩き辛い。おまけに上の革部分が伸びてきて靴底と乖離し始めてきた。それで両足のふくらはぎや太ももに不要な負担がかかる奇妙なウォーキング・フォームになっているようだ。


ジュンク堂堂島店で本を購入。品名は内緒(笑)の超有名本。前からほしかった〜。次に新装開店したJR大阪駅へ。お気に入りのコーヒー店でオーガニック・コロンビアの豆を買う。マイ・フェイヴァリット!そのまま構内のイカリスーパーでデチェコのフィットチーネを。きしめんみたいだな。次いでヨドバシカメラでパソコンプリンタの消耗材を購入。ううっ、一気に荷物が重くなったぞ。足が痛いよ〜。


というわけで、コーヒー豆を買ったにもかかわらず、よく行く阪急梅田駅構内のサンドウィッチ主体のチェーン店でお茶休み。ああ〜、落ち着く。結局ギャラリー巡りといいながら4つしか見れなかったな。靴が良くなかったし、暑くて汗が出ると途端にひんやり冷えたりする気候も。やはりこの季節は苦手だ。暑いか寒いかはっきりしてくれ!


家へ帰って風呂掃除。中腰や無理な小回りで結構キツい運動だ。きれいなったのがうれしい。掃除は結果が目に見えてはっきりしているから、わかりやすい家事だ。精神衛生にもいいと思う。少しの間机に向かってラフ描き。このところラフばっかり描いているので、絵の具を塗りたくりたくなる。筆にも寂しい想いをさせているし。


ようやく晩ご飯。やっとありつけた。トマトピューレの煮込みハンバーグで、これは旨いな!空きっ腹に滲みてくる。食べる時刻の遅いのが気になるけど、これは仕方がない。月末にハーフマラソンのレースがあるので、食べ過ぎないように調整。食事終了と同時に眠気が。スズキコージさんの『エンソくん きしゃにのる』そのまんまだ!


きれいにしたお風呂に入って、寝る前の読書を。映画を先に見てしまった『阪急電車』。いかんいかん、登場人物がみんな映画仕様で浮かんでくる。もったいないことをしたな。大学の頃を想い出す舞台に心を躍らせながら、消灯0:20。今度久しぶりに阪急今津線に乗ってみるか…

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『プンク マインチャ』はある時期取り扱いのない本となっていました。1970年代中頃から1992年までの10数年間、重版中止状態が続いたのです。推測にすぎませんが、おそらく売れなかったのでしょう。その間にどういうことがあったのかは分かりませんが、時期的に日本経済が登り調子で、バブル期を迎えていた頃と丁度重なります。そして大不況となり失われた10年が始まろうとした年に、『プンク マインチャ』の新装版は発売されたのです。


版元の営業努力が足りないと福音館だけを責める気は毛頭ありません。それを云うなら、こんな素晴らしい絵本を買ってこなかった日本の読者にも大きな責任があります。売りやすく当たり障りのない商品を連作にして、次から次へと世に出す出版社、それを有り難がたがる書店、自分で感じて考えて判断しない、歯抜けの幼児みたいな大人たち。『プンク マインチャ』は業界内の負のサイクルの中で、長い間無視されてきたのだと思う。


時が経ち、偽物が消えて本物が生き残ったとするなら、『プンク マインチャ』は20年前に不死鳥の如く蘇り、作品本来の生命力を失うことなく、今も本屋さんの絵本棚に永遠の指定席を持っています。最後の見開き場面で、カラスから娘の死を聞きながら、櫛で髪をとぐ継母の姿。喪失してからでないと我が身を振り返ることができない人間の性が、深いため息とともに冷ややかに描かれています。秋野亥左牟一世一代の名場面は、今も語ることがあまりに多いです。


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なんちゅう濃い面子!向かって右は仙人のような秋野亥左牟さん、左は画家にしてポトゥア(インド式紙芝居師)の名手東野健一さん。真ん中の大喜びの人は…あれ?ウチの女将さんがなんでここに!
秋野亥左牟さんにお会いして、『プンク マインチャ』についてお聞きしたことがあります。亥左牟さん曰く「あれは僕が描いたんじゃないんですよ。」えっ?なんでもお寺のような場所に籠って、ロウソクの火で一人絵を描いておられたそうです。そのうち、自分の手が知らない力でどんどん動かされて絵が出来上がったそうなのです。まるで『プンク マインチャ』の世界を地で行くような、アミニズム信仰を公言されている亥左牟さんらしい出来事です。


この作品が描かれる前に亥左牟さんは、ネパールのカトマンズに住むネワール族と交流を持ち、その生活が遺憾なく絵に盛り込まれています。扉ページを開けた瞬間、ひんやりしたヒマラヤの空気を感じ、どこからかお香の薫りがしてきます。読み進むとどのページにもチベットの密教画のようなニョロニョロした線が毒蛇のようにおどろおどろしく、密かな性感帯のように官能的で、洞窟の反響音のように延々と続くのです。見る者はその美しいうねりに巻き込まれるのです。


日本画の顔料で描かれているにもかかわらず、物語の舞台やテーマに何のズレも感じさせないのは、双方が伝統的であり、土着的であるからです。顔料の効果で表現された絵肌の美しさには、心底酔ってしまう。13年前に初めて原画を拝見したときに、何十メートルも離れたところから私を呼んで感応させたあの絵肌。周囲など目に入らず、走り寄って間近で見た。後頭部はズキズキ、涙はボロボロ、ため息スーハー。私はきっと絵に深酔いしていたのです。

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福音館「こどものとも」1968年2月第143号で初出の時の表紙。原画を見たことはないけど、こっちも凄いな。見てはいけないものを見ている気になる。
ただいま東京のポレポレ座なる場所で個展『アキノイサム絵画展2011』を開催中の秋野亥左牟さん。見に行きたい。なんでも『プンク マインチャ』が描かれた頃の、つまり1968〜9年頃の巻物まで展示されてあるそうな。ううっ、見たい!秋野さんの絵はいつもこんな感じで待ったなしの気分にさせられます。あの魅力に接した人ならわかるでしょうね。かくいう私も亥左牟さんをアイドルと言ってはばかりません。もう好きで好きで…


亥左牟さんの絵本の中でも今なお燦然と輝くのが『プンク マインチャ』です。ネパール民話を大塚勇三さんが再話され、亥左牟さんが絵をつけられました。初出が1968年なので、もう40年以上前に作られた作品ですが、1969年第二回世界絵本原画展金碑受賞という肩書きがほとんど意味を持たないぐらいに、とてつもないとんでもない絵本です。こんな絵本に出会ってしまって、私は本当に幸福だったのだろうかと、時々自問することがあります。


私が『プンク マインチャ』を手に入れたのは1992年だったと思う。版元の福音館によって長い間の重版中止を経て新版発行された直後だったはずです。あれからもう随分時間が経ったけれども、初めて見たときの驚きをはっきりと憶えています。こんな絵本があるのだという驚き。その絵の斬新さに対する驚き。文章を含めて、こんな世界があったのだという驚き。そして写真で見た秋野亥左牟という画家の佇まいへの驚き。それらが憧れに変わるのに、そう時間はかからなかったのです。

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朝起きて、顔を洗って歯を磨く。パンツ一枚になって、蹲踞して大きく息を吸う。まるで修行僧みたいな一日の始まりです(笑)。誰に教わるでもなく、いつの頃からかこんな風にして朝の始動開始の合図になりました。息を思いっきり吸って、大きく吐き出すことで、寝床の中でのまどろんだ空気が身体から抜けてゆくのが、私はたいそう気持ちがいいです。一種の気分転換ですよね。もちろん今朝もやりましたよ。みなさんも是非試してみてください!


私がぼんやりしているうちに、新緑の美しい季節がやってきました。先日京都の古いお寺へ行った時に、瑞々しい若葉を目にして、きみどり色の重なりに生きものの力を感じました。今日は生憎の雨ですが、今の時期は雨がまた木々の緑に映えて、きっと居心地のいい演出となってくれることでしょう。植物が穏やかに息をしているのがわかる気がするのですよ。外の景色をかように感じるのは随分久しぶりのことだなあ。いつ以来だろう。


せっかくいい季節なので、なんとか暮らしやすい環境を整えようと、作業部屋の片付けをしています。片付けては散らかし、の繰り返しなのはよ〜くわかっておるのですが、如何せん苦手な部類のことなので、やる気になるときが限られているのですね。思いついた時にやっておこうというわけです。不都合が多発している部屋なのですが、少しは過ごしやすいように能動的に。たぶん、そのうち、また荒れ果てるんだろうけど、荒れっぱなしというのもちょっとねえ。


様々なことが走り出す前の、まるで準備期間のような今。一年でそう何回もない身の回りの手入れが出来そうです。机の上をきれいにして、エンピツを研いで、本を元にあった場所へ戻して、もらった便りに返事を出して、積み重なったCDを整理して、掃除機をかけて、要らないものを捨てて。落ち着いたら大きく息を吸って大きく吐き出しました。それは椅子に座って、机の上でやっていることとよく似ている。息も絵も、大きく吸いこんで大きく吐き出すのですね。

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仕事ヲ ガンバッテモ

叱ラレテ バッカリヤ

「モウ 会社 ヤメロ!」 
 
ト 言ワレタ日

家ニ 帰ッテ

夜中過ギマデ 絵ヲ 描イタ

『明日カラ 会社ニ 行カンデ エエワ』

トイウ名ノ 絵ヲ 描イタ

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昭和50年春場所千秋楽の優勝決定戦。大関貴ノ花が横綱北の湖を寄り切って初優勝した瞬間、大阪府立体育館は嵐のように座布団が舞った。テレビを見ていた私と家族はとてつもなく興奮した。あんまり興奮しすぎて、私は歯が痺れた。母は晩ご飯を作るのをすっかり忘れていた。父はお風呂を沸かしっぱなしだった。それぐらい待ちに待った瞬間だったのである。好きで好きで仕方なかった先代の貴ノ花は、なかなか優勝できなかった。それが毎場所歯がゆくて…。あの当時の角界にも八百長はあったのだろうか。こういう時、好角家なら「なかったと思いたい」とコメントするべきなのだろうが。


大相撲の八百長問題は大きな注目を浴びた。少なくとも3月11日のあの日が来るまでは。ことの発覚した経緯がとにかく最悪だった。野球賭博問題で警視庁が押収した携帯電話に、八百長を示唆するメールのやりとりが残されていたのだ。力士自らの自白でもなく、角界の自浄作用が機能したわけでもない。単に別件から洩れ出てきただけなのだ。こうなると信用も何もあったものではない。もう日本大相撲協会は逃げられなくなってしまった。後はみなさんがご存じの通りである。すっかり遅くなってしまったが、長年取り組みを楽しんできた大相撲ファンとして、思ったことを書いてみた。


八百長相撲とは、星の貸し借りや買い取りを元にした、あらかじめ勝ち負けの決まった筋書きのある相撲を、土俵上の二者間で了解してあたかも真剣勝負のように企てた行為だ。つまり二人で成立してしまう詐欺なのだ。二人がともに口を割らなければ、絶対に分からない。口約束なのでその証拠が残るケースなどなかった。今回のメールによる立証など例外中の例外だろう。そうやって八百長は「注射」という隠語で角界の中に蔓延ってきた。日本大相撲協会はこれまでは八百長を認めていなかったから、無気力相撲と分けて考えてが、今回の一連の会見の中で、無気力相撲を八百長とみなすとしている。


かつて無気力相撲と協会の組織に認定された取り組みがあったことは、案外知られているようだ。(昭和47年の大関琴桜と大関前の山の一戦。)無気力相撲の定義を私は知らないのだが、気力や気迫に満ちていない取り組みを無気力相撲とするなら、そんなものは山ほどお見かけしてきた。力士のフィジカルやメンタルのコンデション次第で、取り組みレベルは如何様にもアップダウンするものだろう。大負けしている力士が優勝争いをしている力士以上に闘志に満ちているはずもない。それは野球でもサッカーでも同じだろう。最下位続きだった頃の阪神や、J2へ降格するときの京都サンガが、闘志満々のプレーばかりだったとは思わないのだが。八百長と無気力相撲を同じとすると、多くの力士がその候補に挙げられてしまう可能性がある。


無気力相撲とは全く別に、花相撲というものがある。大相撲の地方巡業や海外巡業には、勝ち負けは二の次とする娯楽興業的な側面もあり、勝敗に拘らず、お客さんに如何に喜んでもらえるかを用意された取り組みがある(福祉大相撲や大相撲トーナメントもこの中に入れたい)。その分、勝負に徹した本場所の張りつめた空気との間に差があるものなのだが、この花相撲も八百長と勘違いされがちだ。勝ち負けが最優先されるスポーツや格闘技として大相撲というよりは、巡業元との興行的な兼ね合いが生んだ娯楽が花相撲であり、これを八百長というのはあまりに牧歌的だろう。


八百長はあった。協会や特別調査委員会による断罪を怖れた力士が隠すクロの取り組みは、他にもあると考えられるし、今後これまでのグレーの範疇を明確に立証するのは不可能だろう。協会が幕引きをどこでするにしろ、ファンが土俵に疑いの目を持って見る機会は増えるだろう。取り組みの真剣度は増すだろうが、土俵上で血を流せば桟敷席が納得するというものではない。再三八百長相撲を告発している某週刊誌などは一層攻勢に出るだろう。ああ、嫌だ嫌だ。私はこの一件でこれまでの全ての大相撲を否定しようなどとは全く思わない。前述の先代貴ノ花を始め、かつての富士桜(現中村親方)や安芸乃島(現年寄高田川)、現役力士の稀勢の里の相撲には、一点の曇りもない。命を張って土俵に上がった力士かどうかぐらい、自分の目でわかるのが大相撲ファンというものだと私は思う。
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  魁傑や鷲羽山のこんな姿をいったい誰が見たいと思うだろうか。