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<   2013年 08月 ( 8 )   > この月の画像一覧

つぶやく日々とか書いていながら、今月は数が少ないなあ。お盆前後はすっかりお休み状態だったし、籠もり作業の毎日でつぶやくネタが足らなかったこともあるし。ま、こういう月もありますわ。来月はもう少しいい気候になって、たくさんのつぶやきを掲載できることを願っております。今年はやせ我慢をしていたおかげで(笑)亜熱帯性動物への転換が早かった私ですが、その分夏に飽きるのも早かったようです。今ではすっかり冬が恋しい毎日です!真冬の晴れた寒空を早く見たいなあ。
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【8月1日】
暑い夏も食欲は一向に減退せず。実家から送ってもらった魚の干物を食すと、幾らでもご飯が入る。子どもの頃は当たり前のように食べていたが、海から離れて暮らすようになると、如何に質の良い魚を贅沢に食べさせてもらっていたのかに気づいた。海が近くにあるありがたさは、遠ざからないとわからない。


【8月8日】
会社勤務の場合、このお盆休みはどういう日程になるのか。余裕のあるところなら8/10~18だろう。問題はそうでない会社だ。8/13はお盆で休みが普通だろうが、私が知る二つの会社はどちらも8/14~18が夏休み。13日が出勤って、ご先祖よりも業績を大切にしろということにはなるまいか。

【8月19日】
気ぜわしく落ち着かないお盆が終わり、今朝から極平凡な日常が戻ってきてくれてうれしい。ひとつひとつのルーティンワークを滑らかにこなす心地良さ。いつもの時間の流れ方が徐々に戻ってくる安堵感。年に三〜四回ぐらい、こんな揺れ戻しを感じる機会があるたびに思う。ハレよりケの人なんだ、私は。

【8月23日】
震災後の東電やメディアの隠蔽体質で事故情報のお預けを食らった身としては、今回の放射能汚染水洩れのニュースがどれほどの範囲を誠実にカバーしているのかを疑わしく思ってしまう。相変わらず東電の緩慢な事後報告、危機意識ゼロの質疑応答で幕引きに終始するメディア。こんなんでホンマにええのか。

【8月24日】
私は走っている時、気温よりも湿度の方が影響が大きいようだ。昨日そう感じた。サウナ風呂のようなコンディションのおかげで、体重が3kgぐらい増えたような重さだった。背中から湯気が立っているような錯覚がしたが、実際に白い煙が上がっていたかもしれない。きつかったが、新しい経験でもあった。

【8月27日】
外出ついでについつい立ち寄ってしまうのが画材屋。使うのかどうかも定かではない画材をついつい買ってしまう。このおかしな癖をかかえて長い年月が経つが、治る気配もなく病は深く進行中のようでなんとかならんか。駆け込み寺じゃあるまいし、画材屋に居れば安心してしまうメンタルに問題ありですな。
会社で外回りをやっていた頃、居心地のよい喫茶店に頻繁に顔を出しては油を売っていた。あれと同じようなものか。ちなみにその喫茶店はある日突然潰れた。それで私の依存体質も強引に矯正された。ということは、画材屋が潰れたら私の病も治るのか?

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人は群れる。群れて自分を誇大に示したがる。そんなことを中学生の時分に感じたものです。上の学年の不良たちが群れに群れて、校舎を壊し生徒を脅し教師を殴る。そんな荒っぽい光景を12〜3歳の眼で年中眺めていたら、自分と違うものがはっきり見えてきた。それは美意識でした。同じような学ランを着て同じようなパーマをかけて、同じような仕草で周囲を威圧してうろつく姿。私はそれが滑稽で仕方がなかった。格好よくもなんともない。どこにもオリジナリティのない世界で悦に入って暴れている彼らを、私は軽蔑していました。

大人になっても、似たようなことはいろいろあるものです。群れて高揚して、自分が急に大きくなったような気になっている大人を見るたびに、私はあの不良たちを思い出しました。その都度私の中で、群れに加わることの不快感が湧き上がってきたものです。群れを見ると個に解体したくなる。個に戻った時、裸でどれだけ狩猟できる人格の持ち主なのか、問いつめたくなる。群れてことを起こしたがる輩の中に飛び込んでいって、群れの中の甘えた温もりを、冷徹な言葉で凍らせたくなる。時々そんな衝動を感じるのです。

私は群れに対して生理的な拒絶反応があるだけで、自分がどんな群れにも所属せずに生きているとは思っていません。ただ、苦手な群れは多い。居心地のよい群れとは、個の集まりを実感できる集団です。相手の違った価値観や美意識を尊重し受け入れられる間柄です。そこにはタフな精神が必要だし、お互いをよく耕さないとどんな種も育たない。そんな意識を持たない媚びた人間関係に無理矢理引き込もうとする力を感じると、もう反射的に逃げてしまう。たぶん絵を描いている限り、群れの中でしか生きてゆけないようないきものにはならないだろうな。なぜって、それが絵描きだから。

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昨年の11月に個展をした時、段ボールを楕円形に切って、ちょっとした看板めいた絵を10枚ほど描きました。その余韻が残っていたのか、個展終了後の2~3ヶ月の間もこのフォーマット?で更に何点か描いてみたいと思っていたのです。欲しいサイズの段ボールがもう手元に残っていなくて実際には三点しか描けなかったのですが、そのうちの一点がどうやら本当に営業活動に役立ってくれそうです。

昨年解放出版社さんから出た『おいべっさん』という児童文学小説があります。徳島県に伝わる伝統芸能の門付き芸を軸に、街に住む女の子が山奥で出会う自然や人間模様、出産を作家竹内紘子さんが感受性豊かに綴った作品です。この本の挿絵を描かせてもらったのですが、今度物語の地元である徳島県で出版社の販促機会がありそうなのです。情報だけはずっと前にいただいていたので、待ってましたとばかりにこの1月に『おいべっさん』専用の看板を描いていたのですよ。

あれからもう半年以上が経ったのですね…道理で暑いはずです(笑)。出番を待つこと7ヶ月!遂に自前の看板が旅立つことになりました。看板があると、何か湧き立つものがあると思いません?何もないよりも訴求効果は絶対にあるし、大体本の表紙や挿絵を描いたのと同じ人間が、それ専用の手描き看板を描くなんて、あまり聞いたことがありませんよ。よっぽど暇なのかなあと思われそうですね(笑)。

ともあれ販促ツールとして、現地での大いなる活躍を期待するところです。私は行くことが出来ませんが、精々目立って売り上げに貢献してほしいものです。『おいべっさん』看板、頑張ってこいよ~っ!

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ブログの上でも夏休みが終わって、ここにも日常が戻ってきました。ツイッターやfbに参加をしてはいるものの、やはりこの日記を更新することが、私にとっては日常的な姿だという気がします。お盆の間はよく動きました。お墓を巡っただけで取り立てて珍しいところへ行ったわけではないのですが、朝起きた時にいつもと違う天井が眼に入る新鮮さを味わえました。いいものですね。天井もたまには取り替えたいものです(笑)。

世間で言うお盆休み中も、断続的に作業をやっていました。こんな風に書くと、暑い最中に汗をかきながら絵を描いていたみたいですよね。そんなことはなくて、たまった雑務をこなしたり作業環境を整えたり程度なんですが。ただ実際に筆を握らなくとも、頭の中で創作のことなどをうつらうつら考えはするわけで、それが苦にならないのが私はありがたいと思います。好きというアドヴァンテージは本当に大きいな。

この先暑さが少し弱まってきたら、会いたいと思う人が何人かいます。そんなに遠くの人ではないので、その気になればいつでも会えるのですが、妙に来月か再来月あたりに会っておいた方がいいような気がする。それは決して悪い予感というのではなくて、会った時に熟した会話ができそうな時期がその辺り、そんな気配を感じるのですよ。果物と同じで、熟し切って腐るほんの直前が一番美味しかったりして(笑)。

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今年の5月20日にレイ・マンザレクという鍵盤奏者が74歳でなくなりました。60年代のロックミュージックを好きな人なら、きっとその名前を耳にしたことがあるでしょう。ザ・ドアーズのキーボードを担当していた男です。随分時間が経って今頃になってしまいましたが、今日はジム・モリソンありきのドアーズの一員という視点ではなく、ドアーズを支えた音楽監督としてのレイ・マンザレクの存在に思いを馳せながら語ってみたいと思います。

よく言われることですが、ドアーズは初期の二枚のアルバムが名作で他は劣ると。これは当たっています。が、素直に認めたくはない。1stと2ndが優れているのは、ジム・モリソンの詩人としての資質と、メロディメイカーとしての才が最もクリエイティヴであったからです。この純朴な結晶を、他のメンバーやプロデューサーやエンジニアらが一番よい形で曲にしてまとめあげ、結果的に優れた作品が出来上がったわけです。たしかにジム・モリソンの特異な個性なしではドアーズはありえなかっただろうし、あの声、あの朗読こそがドアーズをドアーズ足らしめたと言えます。

その一方で、レイ・マンザレクは「ハートに火をつけて」のイントロプレイだけで、その名を歴史に残したと思います。あの折目正しいオルガンプレイが当時のラジオリスナーに与えたインパクトの大きさは、今想像できる以上のものだったことでしょう。VOXコンチネンタル・モデルのオルガンの少々安っぽく不健康な音色!いつ聴いてもこちらの心を不安定に揺らせてくれます。ドアーズの音楽的な個性の第一歩は、間違いなくレイ・マンザレクによって描かれたものだったのです。

バンドのスタート地点が創造性の頂点だったジム・モリソンとちがって、他のメンバーは徐々にそれぞれの才能を発揮してゆきました。ロビー・クリューガーのスライドギターが曲に与えるイマジネーションは凄まじかった。またシンプルなポップミュージックを書く才に恵まれており、後期のドアーズは彼の作曲センスなしでは成り立たなかった。ドラムのジョン・デンズモアは『モリソン・ホテル』から急にテクニックが冴え渡り、サウンドが一気にタイトになりました。『L.A.ウーマン』では初期のモタモタしたイメージが消えるほどの達者振りです。

そしてレイ・マンザレク。オルガン、ピアノ、ハープシコードなど各種鍵盤楽器を駆使して、ドアーズのサウンドに決定的な色合いをつけたのは確かで、おそらくバンド内のディレクターの立場にあったのだと思う。様々なアレンジでの演出も上手い。ライブでは鍵盤でベースも担っており、宗教の儀式にも似た異様な空間演出効果にも大きく貢献していました。ベースレスというバンドの欠点を逆手に取ったライブが可能だったのは、レイ・マンザレクの活躍に負うところが大きかったと思います。あれで詩人としてのジム・モリソンのパーフォーマンスが生きたのは事実です。

世間で言われるほどジム・モリソンのワンマンバンドではなかったドアーズですが、やはりモリソンの死は厳しかった。彼の死後二枚の作品が出されましたが、リードヴォーカルをとるレイ・マンザレクが、無理やりモリソンに似せようとしているみたいで痛々しかった。アルバムもさっぱり売れず、さぞかしメンバーはがっくりきたことでしょう。結局モリソン抜きのドアーズは一年ほどしか保たなかった。その後レイはソロやバンドで活躍の場を求めますが、ドアーズで光り輝いたようなポジションに立つことは、二度となかったのでした。

その後も未発表ライブアルバムや映画などでドアーズの再評価が高まるたびに、レイ・マンザレクはスポークスマンとしてファンが望む通りのコメントをしていました。つまりジム・モリソンの謎は、この先永遠に解けないという旨の発言です。一人の破滅型の詩人、我が儘で早死にしたロックスターに振り回され続けた自身の若き日々の残り熱を私はそこに見てしまいます。きっとレイは何度もジムをコントロールしようとしたのだろうな。それが叶わなかったことを、レイは決して後悔していなかったのではないでしょうか。

ジム・モリソンの死後7年経って『アメリカン・プレーヤー』というアルバムが出ました。生前のジムが詩を朗読したテープを元に、メンバーが演奏をし編集した、非常に優れた作品です。ドアーズの魅力の本質を見事に描いた、彼ら自身の自画像のようなレコードでした。解散後のレイ・マンザレクがおそらく最も力を入れた仕事だったことでしょう。この一枚でようやくドアーズから卒業できたファンは多かったと思う。レイ・マンザレクのドアーズへの愛情として、この作品はもっと評価されるべきです。

遅くなりましたが、冥福を祈りたいと思います。

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近頃私は食事のたびに「これはビールに合いそうだ」とか「ワインと一緒に食べてみたい」などと思うことが増えてきました。アルコールの類いが全くダメであるにもかかわらず、シミュレーションだけは一人前です。たぶん実際にお酒を呑んで食べると、一気に興ざめすることになろうかと思います(笑)。味覚の世界の空想は、かなり都合良く空腹者を遊ばせてくれるものなのですね。

お酒の味がわからないまま大人になって、年を食って、気がついたらアルコールに何の縁もない人生を送っている私。何かあるごとにお酒に誘われたサラリーマン時代は、呑みもしないのに何をしに行くんだろうと思ったこともあった。(今も少しあるな。)つきあいも大切だろうし、酒の力が何かを与える時もあるだろう。お酒が呑めたら、私の人生は少しは変わっていたかもしれない。

現実には、呑めない男は呑めないままであったので、私の人生にそう大きな変化は訪れなかったわけです。お酒で人生に変化があるかもしれないなんて、きっと呑めないものの勝手な言い分でしょう。苦い酒がどれほど明日を明るくできるものか、疑わしい限りです。今から酒豪の道に踏み入るとも思えず、お酒に寄り添えない人生がこの先も続くなら、いっそ常時ナチュラル・ハイでいられたらなあと思うのでした。

とある酒好きの知り合いに言わせると、「お酒の味を知らないで生きている奴は、世の中の旨いものの半分を知らないのと同じだ」と豪語しました。トロ〜ンとした赤ら顔でそう言われても、何も言い返す術のない私は、ウーロン茶を飲みながら出てくる料理をむさぼり食べているだけでした。アルコール主義者にしてみたら、私のような門外漢はまさしく価値観から外れた存在なのですね。

でもひとつ、呑める人に教えてあげたいことがあるのです。ある頃からずっと不思議に思っていることなのですが、呑めない男の周りには、かなり呑める女がやってくる。それも相当にいける口が。私自身が感じていることで、間違いないと思います。呑めない者は呑めない者同士、というのならわかりますが、アルコールの体質強弱がまるで磁石のように引き合う!どちらかというと、強い側が弱い側を一方的に吸収合併している気もしますが(笑)。

引き合う理由は双方にいろいろあるでしょう。呑めないものにとって、呑める人の人生は時々憧れです。美味しそうに酔う姿は作法と節度さえ守れば、あれは美しいと思う。どうしてこんなことを書いているのかというと、お酒に限らず、酔うという行為がモノを作る上でとても大事なことだと感じるからです。人は酔うことで解放され延命するところがあります。酔いの延長線上にクリエイティブな活動がある、などと書くと素面の人に怒られますかね!

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知らなかったと 知らんぷりしているあいだに

どんどん 終わってゆくよ

見てない 聞いてないと しらを切っているまに

つぎつぎ 終わってゆくよ

都合のいい 自信だけを欲しがって 自分をごまかしてばかりいるあいだに

すっかり 終わってゆくよ

気づかず 動かず 感じず 考えない月日は

いくら重なっても 消えてゆくよ

人の言葉を聞いて そのまま右から左へ流すだけの 話し相手は

どれだけいても みんな去ってゆくよ

ちがうちがうと 否定しているうちに

手のひらから こぼれ落ちてゆくよ

いいわけばかりを さがしているうちに

なにもかも 終わってゆくよ

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               画像・詩の無断転用・使用を禁止いたします。
先月21日の参議院選挙はみなさんもご存知の通り、自民党圧勝という結果になりました。数や流れ、結果に至る原因推測などは、ネットや新聞やテレビといったメガメディアでたくさん報じられているので、ここでは取り上げません。それよりも今回の選挙が始まる前から、私が気になっていたことについて少し書きたいと思います。端的に言うと、企業成長を第一に、国民生活に犠牲を強いる自民の戦略に、有権者がうまく引っかかってしまった感が否めないです。


いつも選挙前には、候補者の街頭演説風景などと同じくして、テレビなどで市民の声を拾う場面が見受けられます。私が偏った報道しか見ていなかったのかもしれませんが、圧倒的に経済をよくしてほしいという有権者の願望が多かったと思います。アベノミクスの御利益に預かっていると実感できるのはまだ限られた層・分野・企業だけで、ほとんどの国民は長いデフレ不況期とどう違うのかわからないのが本音でしょう。明るい将来像が描けない不安の解消には、お金が一番効くとばかりに、実入りに繋がる経済再建を望む人が多かった、私はそう解釈しています。


安倍内閣は民主党政権が金融無政策政府だった反動をうまく利用して、瞬発的な疑似景気を演出することには成功したと思います。それが参議員選大勝の理由になったのは間違いのないところです。つまり国民にとって政策とはお金のことであり、景気回復を求めて選挙に通ったことになります。お札が目当てなだけの票が自民党に多く投じられ、政権時代にデフレ貧乏を強いた民主党には強い拒絶反応が残っていました。即効性ある経済政策が伺えない他の野党にも厳しい結果になったことからも、投票動機にはまず経済成長ありきが鮮明だったと考えます。


ただその一方で、反原発に特化した候補者が当選したり、反自民的な公約を押し通した政党に無党派票が流れ込んだりして、候補者選択の多様性はありました。本来それが当たり前だと思う。ところが現実は違いました。自民圧勝の様子は、その裏を返すと、この国の生活者が目先のお金を求めて一刻を争っている様を如実にあぶり出していたとは言えないでしょうか。有権者にとってはその優先順位において、改憲も外交も原発も増税もTPPも大きく遅れをとっているような気がしたのでした。


幾ら景気がよくなっても、果たして私らが住みやすい国になるかどうかは別です。長い不況が続くせいで浮かれ上がりたい気持ちはわかりますが、まるで経済成長を約束されたかのような未来の上に、国の膨大な借金や年金問題、雇用不況、増税問題がのしかかっているにもかかわらず、有権者たちは生活向上を求め期待したのか。適当な経済感覚で国ごと振り回された1980年代半ばのバブル期にそんなに戻りたいのか。あんな欲に目の眩んだ泡銭が光った時代、私はもう懲り懲りです。


今後国政は安定期に入ると言われています。ねじれ国会でかろうじて保たれていた民主主義機能は消え去り、安倍政権のやりやすい環境が整った今、TPPも改憲も原発も基地もすべてが独裁にならって進められないよう監視するしか我々国民には手立てがなくなってしまった。民主主義とはいうものの、国民一人ひとりの命なんかよりも国内や海外の企業利益が優先され法に守られる世の中になってゆく、そんな気がしてなりません。

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こう言ってはなんだが、京都・大阪の激戦区を共産党候補者の倉林明子氏とたつみコータロー氏が揃って勝ち抜くと予想した人はどのくらいいただろう。漁夫の利で片付けられない、政治論点の芯を感じた当選だった。