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米国ブラックミュージックの世界。裾野は広く、歴史は長く、底は深く、水脈は無数。二十代の後半になって、私は古いソウルやリズム&ブルーズを好んで聴くようになりました。当時の(1980年代の)ロックやポップスにはどうしても馴染めなかったし、ラップやヒップホップに心酔するほど私の耳は若くなかった。何が一番心地いい音楽なのかを探したら、それが古いブラックミュージックだった。オールディーズ・ファンといえば聞こえはいいですが、二十代にしてコンテンポラリーな音楽についてゆけなかったのです。

周回遅れのランナーみたいな音楽ファンだった私にとって、タジ・マハール師匠の音楽に出会ったことは大きかった。ただ単に古い音楽を繰り返し演っているだけのベテランではなく、過去のコモンストックを基に現在進行形のブラックミュージックを編んでいる、コンテンポラリーな作家だからです。この人の作品を聴いているだけで、今の世界の潮流となっている音楽のリスナーになったような気分がしたものです。最新型のフォルムも、最新鋭のエンジンもない車ですが、乗り心地は間違いなく最高級。そんな音楽を作り続けている師匠に「ブラボー!」の掛け声を捧げたいです。

タジ師匠は(正直言って、意外にも)ブルーズミュージシャンとしてキャリアをスタートさせています。1968年の1stアルバム『Taj Mahal』は、スリーピー・ジョン・エステスのブルーズのカバーなどが収められたものですが、若いせいか、余計な力が入ってぎこちない。この作品でタジ師匠を見限ったリスナーもいたと思う。しかしそれは大きな間違いです。この後から師匠はゆっくりと舵を切り始めたのです。次作『The Natch'l Blues』(アール・パーマー参加!)では自作が増え、いわゆる黒人ブルーズミュージシャンの括りからはみ出してゆく萌芽が見受けられます。

3rdアルバム『Giant Step/De Ole Folks At Home』は素晴らしい作品。何度聴いたかわからない。決して忘れられないギタリスト、ジェシ・エド・デイヴィスを擁するバンド編成のものと、タジ師匠の弾き語りパーフォーマンスとが収められています。重要なのは後者。かつて存在した黒人芸能の姿をスタジオで再現したものになっています。(古いミュージックピクニックの写真を裏ジャケットに配した意味を考えてしまう。)このように、表現者としてのタジ師匠にファンが敬意を抱くのは、現代社会に対する問題意識が常に高いことにあり!

ベイエリア音楽界の主、ビル・グラハムが深く関わったであろうライブ『The Real Thing』は、1971年発売当時の緩くも熱気に満ちた空気と、進歩的なタジ師匠の音楽性&娯楽性とがブレンドされた一枚。ほぼ同じメンバーでスタジオ録音をしたのが1972年『Happy Just To Be Like I Am』。原曲を自由自在にアレンジしたカバー曲や、出自をテーマに据えた塩っ辛い自作曲などで固めた力作。ギターにホーシャル・ライトが加わり、師匠を取り巻く最強の布陣への第一歩が始まったと思っております。


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件の『ディ・オール・フォークス・アット・ホーム』サイドのジャケット画像。白い聴衆の前で黒い音楽一座がミュージックショーを披露する。これを見るのと見ていないのとでは、奏でる音楽の印象が異なる。師匠がバンジョーを多用するのは、ここに出処がありそうだ。

























この夏が始まる直前に、部屋着(というより作業着)をユニクロで仕入れて使っています。絵の具を使う際には、遠慮は無用とばかりに、着用しているものがよく絵の具だらけになります。今回買ったものも、知らないうちになぜか股間に赤い絵の具が付いています。おかしいなあ。誰が勝手に付けたんだろう(笑)?

夏場の作業着はまだいいんです。冬のものは袖がもう哀れです。ユニクロで買ったヒートテック、どれもこれも全部右手の袖や肘が絵の具だらけで、見るも無残です。荒っぽく使っているわけではないのですが、絵の具でカピカピになった衣類を見ると、すまねぇなあと思います。

絵の具の中でもアクリル絵の具は厄介です。一度付くと、なかなか取れない。生地によっては簡単に取れるものもありますが、私の持っているヒートテックは古いタイプのも多くて、絵の具の染み入り具合がいいのか、何度洗濯をしても取れないので諦めました。まあその方が、汚したっていいやと、リラックスして使えるし。

絵の具が服に付くぐらいは、使っていれば普通にあることです。もう随分前のことですが、午前中に気張って作業を進めて、自分でも納得の行くところまでできたので、服を着替えて食事&買い物がてら外出をしたことがありました。お昼は王将で食べ、スーパーで買い物をして、そのあと喫茶店にてコーヒーで一息。

家へ戻って、さあ、午後も気張るぞと洗面所へ手を洗いに行った時、鏡を見てびっくり!口元の右下辺りから右の頬を通って、右目の真横辺りまで、緑色のアクリル絵の具で、派手にフェイスペインティングされていたのです。誰が描いた?あ、私か…。絵の具と筆をどう使ったらこんなことになるんだろう。

この顔で外出して、王将でカウンターに座ったのか。スーパーのレジの人、なんて思っただろうな。そういえば喫茶店では、誰も近寄って来なかったような気が…。あのやらかしは、今も思い出すだけで赤面してしまう。同じようなことを何度もやっていないかどうか、時々不安になりますよ。


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大阪府教育庁が主催するオーサービジット事業という企画が毎年あります。数名の児童書作家を大阪府下の小学校に招いて、あらかじめ著作を読んでもらった上で、その著者と会うという企画です。この催しに昨年度は光栄にも参加させていただき、大阪府下の児童たちにお会いすることができました。うれしかったし、楽しかったなあ。

昨年度で私の役目はおしまいだと思っていたのですが、驚いたことに今年も声をかけていただき、令和元年のオーサービジット事業のメンバーに加えてもらいました。二年続けての作家さんはあまりいないと思います。しかも私の場合、課題の作品が昨年と同じ『ミカちゃんのひだりて』なので、少々恥ずかしい気がしています。ま、黙ってりゃわからないだろう(笑)。

選出された作家さんの本を大阪府下の小学校の生徒さんが読んで、是非うちの学校来てほしい!となったら、招待状を作成してくれるのです。昨年は4通いただきました。その中から一つの学校を選んで、日取りを決めて訪問するという段取りです。来てほしいというリクエスト、たくさんあればいいな。ゼロだったら辛いな〜(笑)。大阪府の小学校のみんな、よろしく頼むぜ♪


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選んでもらってこんなことを言うのもなんですが、このチラシのセンス、ちょっとどないかなりません?伝えるべきことがちゃんと伝わるように整理しないと。大阪府教育庁の美的感覚を侮られます。


























映画のオールドスクールファンにはお馴染みの「午前十時の映画祭」が、今年度をもって終了します。10年続いたこの素晴らしい企画が来年度からは見られなくなるのかと思うと、この先一体どこであのような名画群に接したらよいのか、路頭に迷う気分です。お客さんの入り自体は悪くないそうですが、過去の作品を上映する際に生ずる膨大な手続きが主催者にとって負担らしく、10年の区切りをもって終了することになったそうです。この企画が始まった当初は焦りましたよ。なにせ憧れの名画をスクリーンで見られるのですから。

先日実に久しぶりに『ブルースブラザーズ』を観てきました。面白かった。ロードショー公開された折に2回観たっきりでした。その頃の友達がこの映画を大好きで、同じような黒のスーツを手に入れて、粋がって大学の構内を闊歩していました。作品そのものは結構粗っぽい作りだった印象を持っていましたが、今回もほぼ同じように感じました。ただ、学生時分から随分時間が経って、出演者の多くが亡くなってしまったのが大きな違いです。四十年以上も経てば、仕方ないか。お客さんのほとんどが私よりも年上だったし。

話を<午前十時の映画祭>に戻すと、これからのラインナップで観たいと思う作品がいくつかあります。ルキーノ・ヴィスコンティ『ベニスに死す』、ジョージ・ロイ・ヒル『スティング』、フランク・ダラボン『ショーシャンクの空に』は絶対見逃すまいと狙っております。他にもロバート・ワイズ『ウエスト・サイド物語』、デヴィッド・リーン『アラビアのロレンス』、黒澤明『七人の侍』は大きな画面に飲み込まれたい欲望をそそる大作で、映画ファンというより映画館ファンの私にはたまりません。

今新作として上映されている作品にも、もちろんよいものがあります。過去の名作と言われる作品にも、どこが名作?と感じるものがあります。それら全部を含めて、あの暗い劇場の中で体験するのが映画の醍醐味だと私は思っております。とはいえ、映画館の減少や、シネコンに代表される均一化したヒット作ばかりの上映傾向など、なかなか映画ファンにとっては映画館での鑑賞を至上主義とするのは難しい時代です。「午前十時の映画祭」は、そんな意固地な映画ファンにとっての駆け込み寺だったのです。


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本作を観終わった後、三人の老人客がブツブツつぶやきながら、よろよろ退場していった。
「死んだなあ、J.B.もレイ・チャールズも」「ジョン・リー・フッカーもやで」「ダック・ダンかて逝ったで。アリサもこないだなあ」
次はあんたらの番か?いやいや、そんな怖いことは申しません💦





















何年か前に、f.b.にお墓の掃除のことを書いたことがあります。こんな内容でした。

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実家のお墓は山の中腹にある。街中にあるお墓と違って、田舎の墓地なので、獰猛な蚊や蜂がうようよ。最近では熊も出るらしい。プラスこの暑さ。毎年お盆前のお墓掃除とお盆のお墓参りには、万全の準備で臨まないと痛い目に遭う。今どきのピカピカの墓石ではなくて、苔満載の古〜いお墓である。雑草もタフで、除草剤を撒いてもそう簡単には枯れない。しかも近場に水がないので、山のふもとの水道までバケツ二つを抱えて何往復もするから、立派なトレーニングだわ、これは。今年も汗をかきかき、なんとか役目を終えた。帰りに飲んだイオン水は、ちょっと草の味がした。
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今年も同じように行ってきました。ヤブ蚊に悩まされ、尋常でない汗をかき、雑草と格闘してなんとか終えました。お墓に覆い被さるような雑木の枝を、毎年少しづつ切っていたのですが、今回幹から枝分かれしたところをバッサリ切り落としたら、随分空間がひらけた気がしました。これで落ち葉も減るだろうな。

いつもと同じことを繰り返しているようですが、様子が少しずつ変わってきていることもあります。山の道中にある荒れ果てた無縁仏の数が毎年増えてゆくのです。事情もあるだろうし、確かに不便な場所にあるお墓なのですが。幼い頃から通い慣れた山道と自然の中で、年に一回だけの掃除をするぐらいのことは、まだ私にはできそうです。

お墓の手入れをして守ることを避けるのが、今の風潮のようです。便利便利で全て良し、そこからはみ出る墓掃除、敢えてせずとも生きられる、と。確かに、墓掃除はスマホではできないだろう。そんなことを考えて下山していたら、明らかに業者さんと見られる一行が、ある区画のお墓掃除を一手に引き受けて行なっていました。墓掃除の代行業務でした。知らなかった。現実にいろんなことが変わってきているのですね。


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その日外出先でお昼を食べようと思って、出先近所の商店街をウロウロしていたら、自然派カフェを売りにしたこじんまりしたお店があったのです。揚げ物料理が続いていたので、油っぽい食事は外したかった。暑かったこともあって迷わず入りました。自然派ですから間違いないと思って。

お店の中は木の風合いを生かした作りで、ロハス趣味全開で。クーラーも程よく効いて快適な空間です。カウンター席に座って日替わりランチを注文。夏バテする前にしっかり食べて栄養を摂らないと。お盆に載って出てきた小皿料理とご飯、味噌汁、それにメイン料理のお皿。ああ、やっとお昼にありつける。

一口味噌汁を飲んで?となったのです。これ、エラく味噌濃いな。自然派テイストは薄味と決めてかかっていたので、少し驚きました。もう一口飲む。いや、ちょっと、これ、濃すぎるで。かわなわんな。玄米ご飯を食べて、次はメインの豚肉と野菜の塩炒めを。ううっ、塩の量多過ぎやて、これ!

具材の量に対して塩が無茶に多い。こんなん塩味と違う、塩責めや。この店、大丈夫かいな。頼むで、しかし。そう思ってマカロニのサラダを。うぐっ、カ、カレー辛い!お、おい、どんだけカレー粉をまぶしとるんじゃ。辛口どころやないぞ、これ。飯を食べないと、濃い味付けばかりで、舌と喉がおかしなる。

自然派で食材の原産地にもこだわったお店やいうのはわかるけど、味付けが全然自然派やあらへんがな。人に厳し過ぎるで。食べてる最中から、どんだけ水飲まなあかんねん。勘弁してくれや、もう。我慢して食べてるけど、後で喉が滅茶苦茶乾くやろなあ。今は真夏やで。殺生やわ、こんなん。

最後にデザートで抹茶プリンを。これはなんぼ何でも大丈、う!ううっ、ちょ、ちょっと、これ、お砂糖どんだけ入れてはるんですか?なんで、こんな甘せなあかんの?この店の持ち味か?普通はないんか?虐待とどう違うんや?どこが自然派やねん、出てくるもん全部体に悪いやないか!

斯くして、二度と来る事は無いと思いながら、ニコニコのんびり笑顔の店員さんにランチ代1000円をお支払いして、自然派カフェを出たのです。帰り道、予想通り喉が渇きに乾いて、自販機で二回水分補給をする羽目に。誰ですか、自然派だから間違いないなんて。ええ加減な。まあ、今日のとこはこの辺で勘弁しといたろ💦



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